第4話 ほぼ全部見た

「平良さん」

「はい。なんでしょうか」

「……とりあえず、顔を上げてください」

「いえ。宮本君が承知してくれるまでは頭を下げ続けます」

「ええ……?」


 クラスメイトの女子に頭を下げられる俺、の図。監視カメラはないらしいけれど、見回りの店員さんはいるし、それ以外でもお客さんはちらほら。個室だし、窓の一部にぼかしが入っているとはいえ、外からはきちんと中の様子もうかがえる構造になっている。傍から見れば、俺が女子高生をいじめているように見えるのではなかろうか。


「えっと……で、でも、俺のスキルは……」

「承知の上です。覚悟はできております」

「……そうか」


 俺のスキルは、相手のおっぱいを直に揉みほぐすことで効果を発揮する。使ったことはないが、表示したスキルの説明にそう書かれていた。

 つまり、平良さんは、俺に胸部への接触を許さなければならない。やり方によっては目視できない状態でもスキルを行使できるだろうが、なんだかむしろやらしい感じになるし、とにかく接触は免れない。


「平良さんは、嫌じゃないの? 好きでもない相手に、おっぱいを触られるなんて」

「……抵抗が全くないと言えば嘘になります。初めては、好きな相手がいいと常々思っていました。しかし……宮本君なら、許せます」

「な、なんで俺なら許せるんだよ。俺のこと、まだ何も知らない……」

「いいえ。あたしは、宮本君のことを、もしかしたら宮本君以上に、存じております」

「存じておりますか……」


 同級生からそんな言葉を聞くことになるとは……。じゃなくて。

 そうか。『鑑定』スキルを持っているから、俺の性格とか過去とかも見てしまっているのか。

 それは非常に恥ずかしい気分にはなるが……とにかく、平良さんからすると、俺のことはもう旧知の仲と言っても差し支えないのだろう。普通に一緒の時間を過ごすより、平良さんは俺のことをよく知っている。


「勝手に宮本君のことを洗いざらい見てしまって申し訳ありません」

「洗いざらい見たのか……。流石にそれは恥ずかしいな」

「ですが、宮本君のほぼ全てを知って、あたしは直感したことがあります」

「ほぼ全ては見過ぎだろ……。少しは自重してくれ。スキルの濫用は犯罪扱いなんだから……」

「宮本君は、素敵な人です」

「……ほ? お、俺のどこを切り取ったら、そんな判断にたどり着くんだよ? っていうか、とりあえず顔を上げてくれ。じゃないと、スキルは使わない」


 ここでようやく、平良さんが顔を上げくれる。そして、ただひたすらに、まっすぐな瞳で俺を見つめてくる。


「自分自身では、まだ自覚がないかもしれません。でも、宮本君は、できることならたくさんの人を救いたいと思っている人です。例え、どれだけ自分を犠牲にしたとしても。

 冒険者になりたいと思っていたのは、もちろん私的な欲望もあったでしょうが、もっと深いところでは、ダンジョンのせいで苦しんでいる人を、世界中から無くしたいという熱い思いがあります。

 ……十年前、まだ世界がダンジョンの出現に対応できていなかった頃。スタンピード現象で町にモンスターが溢れたとき、大勢の人が亡くなりました。あたしはそのとき、運良くスタンピードの地域から離れていたので、影響を受けずに済みました。何か恐ろしいことが起きているらしいという情報だけを見聞きして、それが自分の身に降りかからな方ことに安堵していただけです。

 でも、宮本君は、違ったんですね。自分が被害に遭わなくて安心したということじゃなく、自分が、皆を救うための力を持っていないことを、心底歯がゆく思っていました。

 それは、戦隊ヒーローなんかに憧れて、皆を守る正義の味方になって、大活躍したいわけではありませんでした。

 苦しんでいる人のことを想像し、どうにかして助けて上げたくなって、ただただ被害者を救いたいと思っていました。

 両親は、宮本君が怖くて泣いているのだと勘違いしていましたね。でも、宮本君は、自分のふがいなさに、憤っていました。

 もしかしたら、当時の気持ちは、今は忘れてしまっているかもしれません。

 でも、そんな熱い想いが、今でもちゃんと息づいていて、宮本君を形作っています。

 宮本君は、冒険者として活躍して、ちやほやされたいと願っていたわけではありません。それは、自分の本当の気持ちと向き合うのが気恥ずかしくて、もっともらしい理由で偽装しているだけです。

 宮本君は、本当に心優しい人。宮本君の過去と、その隠れた心情を知って、あたしは宮本君を尊敬するようになりました。

 ……それにほら、あたしがこんな風に宮本君のほぼ全部を見てしまったと言っても、怒りもしないでしょう? 自分が恥ずかしい思いをするくらい、どうでもいいっていう器の大きさの現れです。

 そんな宮本君だから、あたしは自分のスキルについて、初めて仕事関係者以外に話そうと思いました。それに、宮本君になら、おっぱいを揉まれるくらいはどうってことないと思いました。

 そして……宮本君とは、これからも末永く関係を持ちたいと思っています。

 どうか、あたしを宮本君の傍にいさせてください。

 最悪、おっぱいのことはダメでも、一緒には、いさせてください」


 その想いがまっすぐ過ぎて、直視するのが辛い。

 それでも、平良さんの真剣さを考えると、目を逸らすこともできなかった。


「……傍にいさせてください……か」


 そんなことを言われる日が来るとは思っていなかった。むしろ、俺の方から誰かに土下座してお願いする日が来ることしか想像できなかった。

 平良さんが言う十年前の出来事も、うっすらと覚えている。

 そして、今でも、あのときの悔しさを味わわなくていいように、この身を捧げて戦いたいという気持ちがあるのも事実。

 誰にも、そんなことを言ったことはない。偽善者だとか、結局はただのヒーロー願望だとか言われて終わる話だとわかっているから。

 こんな身の程知らずの夢物語を、一切笑わずに肯定してくれた平良さん。

 それだけのことでも、俺は平良さんのことを好ましく思っていた。


「……わかった。平良さんがそこまで言うなら、やってみるよ」

「本当!? ありがとう! 宮本君はダンジョンから世界を救う救世主っではないけれど、あたしを救ってくれる救世主だね!」


 平良さんが両手を上げて喜びを表現する。弾ける笑顔も眩しすぎて、俺は視線を逸らした。

 妙な始まりだけれど、平良さんとは仲良くやっていけそうな予感がする。

 俺のことをほぼ全部知られるのは恥ずかしい。だけど、ほぼ全部知ったうえで傍にいることを望んでくれる人なんて、もう心の底から大切にするしかないよね。


「では、早速!」


 平良さんがブレザーの上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始める。


「わ、わ、ちょっと待った! ここ、カラオケだよ! 外から中は見えるんだよ! 脱いじゃダメだって!」

「でも……うーん、じゃあ、こうしよう。宮本君、モニターの横に来て。そこだけは外からの死角になってるから」

「ああ……うん」


 指示通りの位置に立つ。さらに、平良さんが俺に背中を寄せてぴたりと張り付く。


「……正面からは恥ずかしいから、後ろからお願い」

「お、おう」


 至近距離から平良さんの甘い香りが漂ってくる。密室で、女の子にぴたりと密着されている……。頭がおかしくなりそうだ。


「裾の下から、手を入れてね。あと、ブラ、外してくれない?」

「ええ!? 俺が外すの!?」

「ホックが後ろだし、服を着たままじゃ外せない。だから、頼むね」

「うん……」


 さぁ、とんでもないことになった。思わず下半身が大きくなり始めて、平良さんの下半身を密かに押してしまいそうになった。

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