第13話 覚悟
放課後になると、茨園さんは走って教室を出ていってしまった。きっと、また別の冒険に出るのだろう。
ランクはSだったかAだったかのはずで、その実力があれば冒険者たちからも引く手あまたのはず。学校に友達がいなくても、外では案外たくさんの仲間に囲まれて楽しく過ごしているのかもしれない。
「ふんっ」
「ぬぁっ」
リムに脇腹をつつかれた。普通に痛い。
「そんなにあの子が気になるなら、あの子のところに行っちゃえばいいのに」
「だーからー、そういうのじゃないって。リムならわかるだろ?」
「わかるけどわからない」
「なんだそれは……」
俺が茨園さんを気にするのが、リムは気に入らない。茨園さんに対して恋愛的な感情は持ち合わせていないが、リムがご立腹なら、関心を持たない方がいいのだろう。
「ん」
「ん?」
差し出されたのは、リムの左手。学校内ではあまりイチャイチャ感は出さないようにするということだった気がするが、気が変わったらしい。
俺はリムの左手を取り、手を繋ぐ。これだけで機嫌が直るなら安いものだ。
「……これだけで満足してるとは思わないでよね」
「さいですか……」
安くなかった。もっとリムのためにできることを考えないとな。
「お前たち、本当に仲いいよなぁ。どうやったら出会って一週間でそんなにラブラブになれるんだよ。コツがあったら教えてくれ」
呆れ顔で藤吾が溜め息をつくが、そんなのがあったら俺の方が教えてほしい。
「本当にねぇ。わたし、恋愛に飢えてたつもりはなかったけど、二人を見てると羨ましいわ」
富良野さんも呆れている。その発言に深い意味はあるのだろうか? たとえば、隣の藤吾ともっと仲良くなりたい、的な。
「ほら、武、今日はまどかと用事があるんだからさっさと行くよ。二人とも、悪いけど今日は別で帰るね」
「おお、わかった。また明日なー」
「うん。また明日」
俺とリムが先に教室を出て、残る二人もぼちぼち帰り支度。この二人、どうなる
だろうな。
教室を出て、リムが俺を引っ張っていく。どこに向かっているのかと思えば、ちょうど双山さんが教室を出てくるところに出くわした。検索能力もあるんだったな。双山さんのクラスを聞いていなくても、これくらいは当然か。
「や。一緒に帰ろうか」
「あ、うん。出迎えてくれありがとう。でも、私がこのクラスって、よくわかったね」
「まーねー。それより、早く行こ。武が我慢できないって」
「え? トイレか何か? 先に行ってもいいよ?」
「……武、どうしよう。まどか、思ってたよりもウブで冗談が通じない」
「変な冗談を織り込むな。俺は何も我慢してない」
「うっそだぁ。あたしの目は誤魔化せないって、何度言わせる気? 最後の授業の時から上がったり下がったりしてるの、知ってるから」
「や、やめろ! こんなところで!」
「え? え? な、なんの話をしてるの? 上がる? 下がる?」
「やめてくれ双山さん。君のような人が、リムの言葉をリピートしてはいけない」
「え? え?」
「何よ、まどかには随分優しいじゃないの」
「そういう話じゃないって」
「わかってるけどね。ま、いいわ。早く行こ」
リムがまた俺の手を引っ張る。それに従って、俺も双山さんも歩き出す。
「えっと……いったいなんの話だったのかな?」
「それはもう忘れてくれ。お願いだから」
不満げだったが、再度問うてくることはなく、双山さんはおとなしくついてきた。
今朝、白二丘駅で俺たちを見たと言っていた通り、双山さんの家はリムの家とそう離れていなかった。
ただ、リムの家には弟がいるので、そこでは俺のスキルは使えない。また、双山さんは一人っ子なのだが、母親が五時頃に帰宅するらしい。
それで、いつもの通り、一駅隣の俺の家に寄ってもらうことになった。俺の両親は八時頃まで帰ってこないので、それまでは何をするのも自由だ。
俺の家に着いたのは、午後五時前。スキルを使うのには十分な時間がある。
なお、俺の家は、十階建てマンションの七階。3LDKの一般的な一室だ。
「男の子の家って、初めてだ……」
双山さんが、玄関先で緊張の面もち。
「安心して。武、エッチ関連は全部デジタルだから、部屋からは何も出てこないよ」
「そ、そうなんだ。えっと、それは、安心なのかな?」
双山さんが首を傾げる。俺にもよくわからん。
「……リム、俺のプライベートを出会って間もない女子に暴露するなよ」
「隠しておきたいことでもないでしょうが。武の検索履歴を全部まどかに教えてあげようか?」
「それは冗談にならないからやめてくれ」
「……宮本君、リムの尻に敷かれてるね。頑張って?」
「おう……。大丈夫だ。これくらいどうってことない」
ある意味、全部知られているというのも気楽なもんさ。そのうえで好意を持ってくれるのだから、素のままでいればいいのだと思える。
「そっか。相性がいいんだろうね」
「かもな」
リムは、既に家の勝手を熟知しているので、さっさと俺の部屋へ。俺の部屋は、基本的な家具と漫画があるくらいで、何かのグッズとかポスターはない。漫画もアニメも好きだけれど、関連商品を集めるタイプではないのだ。
「どう? 武の部屋、イカ臭いでしょ」
「え? え? そ、そうかな?」
「部屋に入った瞬間にセクハラ発言するな。双山さんも、匂いを確認しなくていいから!」
「え? セクハラ発言……?」
「……わからないなら、わからないままでいてくれ」
「武、まどかに永遠の処女でいろって言いたいの? 魔法少女じゃないんだから、それは可哀想でしょ」
「そこまでのことは考えてないよ」
「あ、あの……二人はどういう話をしてるのかな?」
俺たちの会話に、双山さんは十歩分くらい遅れている。どうも、漫画にも性的なことにも、双山さんは疎いらしい。
俺は漫画、アニメ共に好きで、リムは好みのものがあれば嗜む程度。元々色々知っていたが、俺と交流を始めてから俺好みの漫画などをよく見るようになった。俺は少女漫画や乙女趣味なものは苦手だから、リムの方から歩み寄ってくれるのは本当にありがたい話。
「……とりあえず、イカ臭いっていうのはね」
「リム、解説すな。恥ずかしいわ」
「高校生ならこれくらい知っておいていいでしょうが。わけもわからず、教室で『イカ臭いってどういう意味?』とか訊かれたらどうする?」
「……今よりまずいな」
「でしょ? 年齢にあった知識はちゃんと教えてあげないといけないの」
「確かになぁ……」
「で、『イカ臭い』っていうのはね……」
必要な知識だというのはわかる。だが、自分の部屋でそんな解説をされるのは気まずい。
「あ、そ、そういう話、だったんだ、ねぇ……。へ、変なこと訊いて、ごめんっ」
「ついでに、男の子は魔法少女に対して処女性を求めるところがあるの。男を知らない無垢な存在が、健気に魔法少女として頑張る姿に興奮するんだ」
「待て。興奮するというのは偏見だ。俺は別に興奮するから魔法少女を嗜んでいるわけじゃない。健気に頑張る姿を見て癒されているだけだ」
「……同じでしょ」
「全然違うっ」
「ふぅん。ま、魔法少女談義は、今度二人きりのときにね。それより、まどかの方のイベントを進めよう」
「イベントって……。ゲームじゃないんだから……」
「はいはい。じゃ、まどか。おっぱいを揉まれる覚悟はできてる?」
リムの真正面からの問いに、双山さんは表情を固くする。
深呼吸の後、ゆっくりと頷いた。
「……大丈夫。宮本君、お願い」
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