第51話 仕切り直し。

 雷撃を飛ばした。雷撃を飛ばした。当たって、当たって、もう一撃。反撃の隙を許すな。

 雷撃を飛ばして、もう一つ飛ばす。

 絶対に勝つ。そして、生き残る。生き残って、先輩を、守る。


「守るんだ!」


 特大の雷撃! いける。まだまだ、いける!

 私は、先輩を守るために、戦う! 憧れの先輩からもらった未来。それを使って、先輩に、未来を! 

 その次の瞬間だった。巨大な水柱が、これまでの戦いを、全てを嘲笑い否定する一撃が、海に炸裂した。


「みんなっ! すぐに、すぐに、あの水柱が上がった場所へ。救助してください。神魚は私が抑えます。だから、すぐに!」


 殺させない。死なせはしない。私に目標をくれたあの人を。生きる意味をくれた人を。

 ただの反感だけで家を飛び出した私に、道を示してくれた人を。




 水の流れを掴む。美鈴のおかげで掴んだその感覚。

 神魚の巨大な身体が動くたびに起きる大きな流れ、その中でも自分が起こしたい行動に適した流れを選ぶ。考えることは多い。だが。

 やらなきゃ死ぬって、なかなか辛いものがある。

 そんなものだらけだけどさ、戦場なんて。

 水の流れに乗る、勢いをつけて、神魚を直接斬る。これが分身なのか、本体なのかわからない。叩きつけた一撃は神魚の背びれに。

 まぁ、碌なダメージに……くっ。

 マズい、引っ張られる。くそっ。欲張り、過ぎた。

 神魚の方に、元の場所に戻ろうとする水に、引っ張られる。否、ここで特大ダメージを……!

 その時だった、海に、風穴が空いたのは。同時に、身体が、神魚から離れるように引っ張られる。

 水面の方に。誰かに抱きとめられた。


「隊長。お待たせしました」

「はぁ、はぁ、美鈴、か、はぁ」

「……息を切らしながら名前を呼ばれるのは、少し危ない気がします」

「すまん」


 正直、そろそろ息継ぎしたいところだったから、助かった。


「では、戻りますよ」

「えっ?」

「スゥッ……美沙都!」


 上から攻撃の気配が、美鈴が剣先を向けると、目の前の、剣先が向けられたところを中心に、水が弾いていく。そこに、風とエネルギーが収束していく。


「だぁあああああっ! 妹に、タイチョーに、手を、出すなぁああああああああ!」


 そして、海面が爆発した。身体が一気に持ち上げられて、気がつけば、眼下に駆逐艦が見えていた。

 まだそんなに経っていない筈なのに、随分と懐かしい移動方法だな、なんて。




 「ん……んん、う、ここ、は」

「気がつきましたか? 有希先輩」

「あやめ、ちゃん?」


 確か、凄い量の水に飲み込まれて……。それで……。うえ、色々濡れて気持ち悪い。


「ほかの、みんな、は?」

「先輩と、美鈴ちゃんは現在、神魚に水中戦を挑んでます」

「……えっ?」


 ガタンと隣で音が聞こえる。


「美沙都ちゃん!」


 顔だけ動かして見ると、みさとちゃんが、大槌片手に海に飛び込んでいった。


「っ……くっ」


 彩芽ちゃんが珍しく顔を歪めた。頭を抑えている。

 確かに状況は良くない。でも。

 落ち着いて。こういう時こそ、冷静に。大丈夫……大丈夫。三人は、生きている。わたしには、それがわかる。


「あやめちゃん」

「なんですか」


 震える声には隠し切れない怒気が孕まれている。


「選んで。遥君達を連れ戻して仕切り直すか、ここから援護して決めにいくか。間違いなく、わたしたちまで飛び込んじゃ、駄目だよ」

「そんなこと、……そんなこと、わかっています」

「ならよし、だよ」


 そうだ。あやめちゃん。感情に飲まれたら、この状況。負ける。だから。


「まずは呼吸を整える。それから心を整える。目を閉じて、開いて、視界が広くなったのを感じるまで、それを繰り返して」


 有希先輩の声が、耳から脳に染み込んでいく。


「はい、吸って、吐いて。大丈夫。大丈夫。あやめちゃんは落ち着いて、この状況を打開する方法を、考えられる。だから、大丈夫。遥君もみんなも生きているから大丈夫」


 息を吐いた。目を開いた。視界がゆっくりと広がって、頭にまで酸素が行き渡った気がする。変に力んでいた心臓、どこか詰まっていたような肺が楽になって。力が抜ける。抜けすぎて足腰に力が入らなくなった。


「よしよし。じゃあ、考えよう。どうすべきか」

「……はい」 


 目的を、思い出した。

 そうだ。私はまず、神魚を倒して、その後の世界で先輩達が生きられるようにするんだ。だから。


「……まずは、仕切り直します。先輩達を船に上げます……そのためには、神魚を拘束……でなければ、一時的に動けない状態に、でも、私の雷撃では、水中にいる先輩を巻き込んでしまう……他に、方法は……」

「彩芽ちゃん」

「大丈夫です、今、考えています……はぁ」


 私の手にあるのは槍。銀の槍は高くなってきた陽光に照らされて煌めいている。

 私ができることは雷撃を操作すること。けれど……。


「まずは、彼らを船に上げます」

「うん」

「……戦闘機、ううん。駄目だ。空戦軌道で水流を躱しきれるとは思えない、狙い撃ちにされたら終わる。ヘリでは遅すぎる……道だ、道を探せ……勝ちに繋がる」


 戦術担当官として、今この状況を打開する方法を……。どんなか細い可能性でも、つかみ取るんだ。


「どうすれば……でも……」

「こらっ」


 ピシっという音が自分の頭から下。思わず額を抑えて後退ると、有希先輩がデコピンをした格好だった。


「わたしを忘れないでよ」

「……すいません」


 でも、二人でも足りない。

 有希先輩が慌ててないという事は、まだ三人は大丈夫。だけど、余裕ぶって無いのは、互角、渡り合えている程度で、決め手に欠けているということ。

 その状況をひっくり返すのには、私たちでは足りない。


「何か……何か」


 ……なにか、私は、どうしたら、良い?

 空母はひっくり返った。双眼鏡を覗けば、派手に船底が破られ、ブクブクと沈んでいく様子が見える筈だ。その衝撃の波は、半径十キロの範囲で用意した戦闘エリアのほぼ端にいるこの船も大きく揺らした。

 乗ってる船がひっくり返ったのだから、当然、集まった心成兵器使いたちも、無慈悲に、地球上に存在する法則に従って、海に叩き落とされた。帰ってくる人は殆どいないだろう。

 状況は、あまりにも、詰んでいる。

 詰ませた筈なのに、チェスの盤面をひっくり返して、勝利宣言をされるくらいのことが起きているのに、その上で駒を並べ直すなんてできるわけが無い。


「先輩達を、船に、上げるために、隙を、作る、には」

「よし、繋がった。……まぁ落ち着きなよ、あやめちゃん。みさとちゃん。そう、戦わなくて良い。一回合流だって……そう、うん、そこから一キロ先のところに気配があるから。うん、美鈴ちゃん、遥君の回収お願いね」

「えっ?」


 有希先輩が、無線で話している。

 その時だ。唐突に海面が爆発して、海から何かが飛び出してきて、私達が乗っている駆逐艦に着地した。

 三人とも、よろめくことも、ゴロゴロ転がることも無く、平然と着地した。


「有希、着替えが、欲しい。濡れた服、意外と重い」

「ん。あるよね?」


 有希先輩も、濡れて張り付いた服を不快そうにしながら絞る。


「は、はい……あります、けど」


 ……そっか、美沙都ちゃんなら、できる、のか。

 美鈴ちゃんはピタリと、四季先輩の一歩後ろを当前のように顔陣取った。何だろう、なんか距離が近い、気がする。気がする程度だ。

 ……こんな時に何を考えているのだ、私は。


「……すいません」

「急にどうしたよ?」


 私はどうしてか頭を下げた。でも、すぐに理由は胸の内に湧いた。


「私には、どうにもできません。私一人では、どうにも、何も、できないので、助けて、ください」


 返事がない時間が、五秒、十秒と警戒して、恐る恐る、顔を上げると、先輩は困ったような顔をしていた。


「僕には、彩芽が何を言っているのか、わからないよ」

「えっ?」

「助けるも何も、僕らは同じ戦場で、同じ隊として戦っている。助けるも何もありはしない。さっきまでの援護、的確な援護、助かった。ありがとう」

「あ……」


 なんでだろう。どうして、こんな時に、私……。


「おいおい、泣くなよ。有希、ハンカチとかあるか?」

「ごめん、びしょ濡れのしかない」

「あーったく、ほら、一回落ち着け。な?」


 ポンポンと背中を優しく叩かれて、殆ど抱き着くような格好になった。びしょ濡れだ。……なんだろう、この匂い。欧州でも、そこはかとなく感じた。


「潮の、匂い」

「ん?」

「いえ、なんでもありません。ただ……」


 どうしてか、そんな言葉が頭に浮かんだ。知らない筈なのに、どうしてか、その言葉がぴったりな気がして。零れるように、口に出していた。


「……私まで、ずぶ濡れですね」

「全員、お着替えですね」

「……一分で着替えだ!」

「了解!」

「うん!」

「了解です」

「リョーカイ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る