第15話 穏やかな旅路。

 「あー。本来なら、ひと月程休暇を与えられるところ、我々はこれより、暗黒大陸とも言うべきところに行ってこいという命令が下った。新雪に最初に足跡をつけることは、子どもなら誰しもが憧れることであろうが、諸君はどうであろうか……うむ。よし、行こうぜ。だめだ、堅苦しい演説向いてないわ」

「みたいですね」


 美鈴の容赦のない一撃にはデコピンで返してと。

 東の空が明るみ始めた。美沙都がごしごしと目元を擦る。


「そんじゃ、まぁ。行くか。観月、どうだ?」

『こちら観月。観測可能範囲には眷属の一体もいないよ』

「了解。それじゃ、しばらくは気楽な旅路だな」


 助手席に座る。後ろに美鈴と美沙都。燃料、食糧その他必要な機材は後ろの荷台に積んである。

 ハンドルをしっかりと両手で握った彩芽。ちらりと、こちらを見る。


「眷属と遭遇した場合、まずは僕が前に出る。その後は状況に合わせるということで。そこは彩芽が判断しろ。いざという時は、撤退の判断を選べる覚悟をしておけ」

「……了解」

「なら良しだ。全員で帰るぞ。フェンリル遊撃隊。出撃!」

「! 了解!」


 エンジンの音。ギアが切り替わる感覚。

 青い空、黒くない大地。不安定な道を逞しく進んでいく。ここがこれから植物やら人の建築物やら、色々な物に埋め尽くされるのだろうか。

 観測範囲の外も、前よりもあっという間に着いた。警戒しなくて良いというのは、随分と楽だ。何もないことが偉大で、これからここにできるものに思いを馳せるのも、結構良いものだ。


「このペースで行けば、神域の奥には一泊して明日の昼には着くな」

「ですねぇ」


 見事に気配がない。そのことが、少しだけ不安を仰いだ。


「……そろそろ第一ポイントか」


 破壊されたレーダー施設。神獣が今回の大規模攻勢を悟られないように破壊したと考えるべきこと。改めて考えると、恐ろしいことしてきたな。

 さて、応急処置だが。


「この黒い箱みたいな奴、繋いで電源を入れれば良いだけ、か……これ? をこう? 美鈴は、わかるか?」

「わからない。ちなみに、美沙都に聞くのはやめた方が良い」

「あ?」

「美沙都に頼んだら、壊れて返ってくる」

「あぁ……」


 ちらりと、長身のボーイッシュな部下を見て、一つ頷く。


「みーれーいー……! タイチョーも納得すんなよー!」


 さて、騒ぐのは良いのだが。


「説明書、わかりづれーな」


 ここにはいない技術班に文句を言いながら、頭を掻いた。


「……先輩。ちょっと見せてもらっても?」


 レーダー施設の状況を記録していた彩芽が、上からヒョイと覗き込んでくる。


「あぁ、ここを、こう? そんで……こう、して、電源オン!」


 手早くコードを繋いで、スイッチを押すと、モーターが回る音とピーピーと電子音が鳴る。


「先輩、観月管制官に繋がるか試してもらって良いですか?」

「あ、あぁ」


 通信機をオンにして、試してみる……。


『こちら観月。フェンリル遊撃隊の諸君。ご苦労。こちらでも確認したよ』

「あぁ。繋がったのか。ナイスだ。彩芽」

「いえいえ」

『……うん、やっぱりちょっとラグを感じるね。早く技術班を送り込みたいところだよ。さて、一応、レーダー上に反応は無い。しばらくは悠々と進めると思うよ。ただ、旧型を直しただけの予備機だから、あまり信用しないでくれ』

「了解。よし、さっさと次、行くぞ」


 それから、次のレーダー施設までもスムーズに移動。今日だけで三か所に仮の設備を設置、起動することができた。

 夜は野宿だ。

 交代で見張りをする。一応。仮設備のレーダーの範囲内をキャンプ地としたが、それでも油断はできない。

 焚火の傍に座り、心を束ねる。束ねた心は刃に成りて出でる。

 心成兵器……二本目……出せるな。そのことに安心した。

 神龍、あいつだけは、殺さなければならない。

 有希。今度こそ、終わらせるよ。


「隊長」

「あぁ。次は美鈴か」

「ん。襲撃が来たらすぐに起こす」

「頼んだよ」


 美鈴はじっと、僕の心成兵器を眺める。


「どうした?」

「どうして、二本。出せる? おじいちゃんは、一人一本って」

「あぁ」


 そうだ。心成兵器は、本来、一人一本。心は一つなのだから。でも。


「二本目、出そうと思ったら、出せてしまったんだ」


 理由はわからない。ただ。


「守りたかった人がいてね。その時は、守れたんだ」

「その時は……? あの、今は……」

「死んだよ。守れなかった」

「……ごめんなさい」

「気にしなくても良い」


 何と無しに頭に手を伸ばしてしまった。美鈴は小柄だ。座っていても、立っている美鈴の頭に手が届いてしまう。


「あ、あの」

「すまん……そういえば」


 神獣が血を振りかけた眷属が復活したことを、思い出した。それを仕留めたのは美鈴だったはずだ。

 僕の全力の斬撃を至近距離で直撃して、生き残れる眷属なんて、そうはいない筈だ。


「あれは、生きていたのか?」

「復活しかけていたのは、間違いない。微力だけど、抵抗はされた」

「そうか」


 蘇生、神獣の血には、蘇生させる力があると考えても良いのか。


「神龍……」


 神龍の復活が、神獣の仕業と考えるなら……。その近くにいた筈の有希達は……。


「いや、都合の良い妄想だな」

「……隊長、少し休むと良いです」

「そうする」

「美鈴に、任せて」

「ん」


 小さな手が、頭をポンポンと。励まそうとしているのはわかった。でもな。


「君が僕にお姉さん振るなんて、まだまだはえーよ」


 寝る場所は車の中。狭い車、それぞれの座席でシュラフに入ってアイマスクを着ける。

 寝心地の悪さよりも疲れが勝ったようだ。すぐに意識が闇に飲まれた。

 

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