第14話 新たな任務。
「報告は私、伊吹からさせてもらうが。我々が神獣の死体を遠くから視認した時、上空を高速で移動する物体を視認。それは神獣の死体に急降下し、捕食したのを確認した」
「その捕食したって奴が、記録に残っている神龍と酷似していたんだよ。これは俺の分隊全員で確認した」
伊吹の後ろで腕を組み、その時のことを思い出しているのか、渋い顔をしている御門。支部長も同行したようで、静かに頷く。
「神龍」
赤い鱗に東洋の昔話に出てくる、蛇のような体躯。空を悠然と泳ぎ、天気を操り、口から息吹を吹き出し攻撃してくる。
「あれが神龍なのかはまだ確認はしていないから現状、直接生きてる姿を視認したのは、君だけだからね。残念ながら、捕食してすぐに去ってしまったから映像も取る暇が無くてね。比較できないのが残念だよ」
「だが、神龍を殺したのは確認したはずだ」
「その通り。だから困っている。まず神獣は捕食されていたところを見るに、仕留められたと考えるべきだ。地上の急速な浄化現象も確認されている。これは神龍討伐による、空の急速浄化と関連付けてみることができる」
伊吹はそう言いながら渋い顔で、スクリーンにレーダーの画面を映し出した。
「これは観月管制官に出してもらったものだが、ここが神獣を討伐した場所、これは先日、神獣との戦闘時の反応」
巨大な赤い丸が表示された画面。そのの下の方に無数の赤い丸、これは防衛隊が交戦していたエリアか。
「こちらが先程観測された反応。そしてこっちは、旧フェンリル遊撃隊が、神龍と交戦した時の反応。どれも反応の強さはほぼ同じだ。残念ながら現状、神域の最奥までのレーダ―施設は破壊されたままだから、追えてはいないよって」
伊吹がちらりと平等院中将に視線を送った。話が見えてきた。
平等院中将が重々しく口を開く。
「貴官の部隊。フェンリル遊撃隊で神域の奥地まで趣き、真実を確かめてもらいたい。それと同時に、破壊されたレーダー施設の応急処置をしてもらいたい」
「了解」
即答すると、部屋中の視線がどうしてか集まって来た。
「先の戦いであれだけ部下を死なせまいと動いていた君が、どういう風の吹き回しかな?」
「軍人として当然のことです。ただし、唐木美沙都上等兵の回復がまだです。恐らく明日には復帰すると思われますが、出発は三日後。よろしいですか?」
「構わん。現状、頼れるのは君たちの部隊だけだ。どこも損耗が激しい。幸い、眷属の襲撃はここ数日一件もない。万全の態勢で望みたまえ。なお、今回は場合によっては神龍と戦闘になる。よって、君たちの部隊だけで調査のみだ。神龍と遭遇した場合、逃げることを優先せよ」
「了解」
「話は以上だ」
「失礼します」
「四季大佐。あの戦い、貴官にとって得るものがあったようだな」
振り返った所に投げかけられた言葉は平等院中将のものだ。
一つ息を吐く。
「それはわかりません。ですが、小官にとってあの三人は、優秀過ぎる部下であると認識しただけです」
「というわけだ。中止された調査任務を改めて行うこととなった」
「了解しました」
「ん。了解」
彩芽も美鈴も、特に驚いた様子もなく頷いた。
「どちらにせよ、誰かが行かなきゃいけない場所ですから」
「君らは、本当」
「むしろ先輩、私達を連れて行ってくれるんですね」
目が泳いでしまったのは、自分でもわかった。
「……何も言わずに行って、無理矢理追いかけて来られるくらいなら、最初から手元に置いておいた方が、安全だからな」
「ふふっ。なるほど」
彩芽が楽し気に笑う。美鈴も、少しだけ口角が上がっている。
「それくらいの信頼は得られたと理解しておきます」
「隊長。どうぞ。勉強してきた。紅茶の淹れ方」
「あぁ、サンキュ」
貰った紅茶の葉の処分に困っていると話したら、美鈴が淹れ方を調べて来たと。
「あとは美沙都か」
「美沙都上等兵。失礼する」
そう一声かけてベッドとベッドの間を遮るカーテンを捲ると、美沙都はベッドの上でぼんやりとした目で天井を眺めていた。
栄養補給の点滴に繋がれている。明日には退院できるらしい。
気だるげに顔を動かし、僕の姿を視界に入れると、自嘲するような笑みを浮かべて。
「なんだよ、復活するのまで、あたしより早いのかよ」
「慣れだ。すぐに君もこうなる」
「へっ」
「……本題、入って良いか?」
なんかよくわからないがそうした方が良い気がした。
そんなわけで、同じ説明を彼女にも行う。
少し悩んで、美沙都はぽつりと。
「あたしは、行かねぇ」
「そうか……ん? 行かねぇ……いきなり予想外のこと言うなぁ」
……いや、わからん。なぜ急に?
「なぜだ?」
「足手纏いに、なる」
悔し気に顔を歪め、絞り出すようにそう言った。
「……なぜそう思う?」
「あたしが弱いからだ!」
「何をもって弱いんだ?」
じっと美沙都の顔を見る。瞳を覗いたところで、何かに落ち込んでいることくらいしかわからないけど。ふと思い出すのは、有希はいつも、僕の目を見て話をしていたことだから。
「あたしの攻撃は、あの神獣って奴に、全然効いてなかった」
「そうだったな」
「でも、隊長は、一人で倒した」
「結果だけ見ればな」
なるほど、言いたいことは見えてきた。しかしながらそれに対する感想は。
「短絡的だなぁ」
ベッドの上で憮然とした表情で、腕を組んでそんなことを言っているが。
「僕からすれば、君ら全員危なっかしいぞ」
「じゃあ、何で連れてくんだよ」
同じ隊だから。仲間だから。そんな風に言って連れ出すのもきっと正解なのだろう。だが、僕は敢えてこう言う。
「君が部下で僕が上司だからだ。僕は君たち全員の生き死に、この隊にいる間の行動、成功、失敗。その全ての責任を負う。それが隊長だから。僕は君たちが生き残るための力を付けさせる責任がある」
美沙都は静かに目を逸らす。
「わけわかんねーよ」
零れた言葉に、素直に頷く。。
「あぁ。僕も何言っているのか全然わからない。だが、これだけははっきりと言う。君は強くなれる。保証はしない。だが、素質があるのは、間違いない。今弱いのが悪いのか?」
「あぁ」
即答で頷く美沙都にさらに追いついの問いを投げかける。
「今弱いから、明日の自分を諦めるのか?」
「そんなわけ……」
「そう言うのならば、黙って調査任務に同行しろ。いじけて逃げる暇なんて、お前にはない!」
守るだけでは駄目だ。
僕の手に、この東京地区は余り過ぎる。
部下三人ですら、守り切れるか、怪しかった。だから。
「僕に付いて来い」
僕は英雄だ。だけど、僕も一人の兵士だ。
「敵は倒せても、何も守れなかったら、意味が無いんだ。全てを失っても勝ち残るなんて、許されないんだ。だから、僕の後ろで、僕が守らなきゃいけない奴、代わりに守っていてくれ。それが、君のしばらくの仕事だ」
「……あたしの方が強くなってから文句言っても、知らねーぞ」
「おう、慣れるもんならな」
そうだ、その目だ。
真っ直ぐな、挑む者の目。
「退院したら隊の部屋に来てくれ」
「リョーカイ!」
僕は、間違っていないだろうか。隊長として、正しいだろうか。
医務室を出たところで、彩芽がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あっ先輩。……今度は、何を悩んでいるのですか?」
「あ?」
「マフラー。しわになるので、あんま強く掴んじゃ、駄目ですよ」
「……そうかよ」
看護師が一人、二人、僕たちの横を通り抜けた。
口を開こうとして、やめた。何を言えば良いのか、わからなかったから。
「ん? 彩芽?」
何を言えば良いかわからない僕と違って、何か言いたげで。ようやくまとまったのか、スゥっと息を吸ったのが見えた。
「先輩。その……私は! ……すいません。何でもないです」
「なんだよ」
彩芽はペコリと頭を下げて、医務室に入っていく。それを見送ってさて、準備しなければ……。
と思ったら、医務室の扉が開き、彩芽が出てきた。
さっきまでのおどおどした様子はどこにもなく。いつもの、少しやかましく、勢いよくな彩芽だ。
「あっ、先輩。言い忘れていましたが、物資班と打ち合わせしてきたので、足りないものがあったら明日までに。あと、前回の行程プランを参照しつつ、いくつか緊急用の回り道も地図上ですが見繕ったので、これも確認してください」
「……勢いで生きている割に、完璧な事務仕事を……」
この短時間でよくもまぁここまで。
「まぁ、緊急用の回り道とは言いましたが、先輩……神龍、いたら倒す気ですよね」
じっと逸らすことを許さない眼は、有希を思い出した。
正直に言うこと以外、許されない。
「……流石に逃げるよ。今回は引きつけておかなきゃいけない眷属がいるわけでもない。人に余裕があるのなら、大人しく討伐隊を組んで出直すべきだ」
と、言ってみるが、彩芽は微かに息を漏らして、口の中でもごもごと、何か言葉を練って、でも、何か思い直したように、飲み込んで。
「独断専行だけは、勘弁してくださいね?」
なんて、困ったような笑顔で、そう言った。
「わかってるよ」
そう。わかっている。だから、迷っている。
僕が神龍を倒すべく、立ち向かったら、ついてくる。
僕はあいつを目の前にして、逃げることを、大人しく撤退することを、選べるのだろうか。
挑んで勝てるか、微妙だ。勝つ可能性はちゃんとある。結果として、勝負の結果だけは、勝ったことがあるのだから。
だが、同時に僕は、部下を全員失っている。
同じ失敗を、繰り返さないとは、限らないのだ。
「今回は、神龍討伐が目的じゃない」
だが、早めに倒さないと。空を奪い返される。安定した輸出入の経路を、奪われる。
「どちらにせよ、倒さないといけない相手だ」
「そうですね。覚悟だけは決めておきます」
「そうしてくれ……すまないが、用意する車両の荷台、少し、大きめにしてもらっても良いか? あと、食料も、少し多めで。」
「わかりました。伝えておきます」
一人で訓練場に来た。目的は一つ。
あの時、神獣を倒した時のあの光のエレメント解放。あれを再現するためだ。眷属の模型と向き直る。
戦闘の中での感情の昂ぶりを流し込んで発動させているから、この場でできるとは思っていないが、感覚を思い出すくらいはしたい。
あの時、僕は何を感じた。あの何でもできるという感覚はなんだったんだ。
自分と向き合う。あの時の感覚を思い出そうとするが。流し込むべき感情がわからない。
あれなら、神龍も問題無く、倒せるはずだ。だから、感覚を掴みたいのだが。
「……どうにもならんか」
あの力。あの力を使いこなせれば。
「……いや」
今ある手札で、どうにかするしかないだろう。使えるかもわからない力に期待するなんて、神頼みに等しい。
大丈夫。僕なら、勝てる。きっと、勝てる。
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