第13話 最後の粘り。

 燃えて凍って、神獣は地に倒れた。膝を突いた。どうにか、正気は保てているらしい。

 振り返ると、更科と美鈴と美沙都、三人ともいた。


「……なんで、ここにいる」

「追いかけてきました。生きていて良かったです。先輩」


 頭がガンガンする。すっからかんだ。半日は休みたい。

 だけど。まだだ。


「観月」

『あぁ。微弱だがレーダーに感あり。神獣は生きている』

「だろうな」


 神龍を倒した時の手ごたえが、無かった。剣を構えなおす。まだ、いける。

 それに合わせるように、神獣は咆哮を上げた。


「でやぁー! ……くっ」


 美沙都が殴りつけるが、意に介さず、さらに咆哮を上げた。


「……傷が」

『あぁ。反応もまた強まってきている』


 だが、今押し切れば。回復する前に。炎と氷、剣が再び輝きを増す。

 その時、神獣が咆哮を上げる。その反応に呼応するように、後方から砂煙が迫ってくる。眷属を呼び戻したのか。


「このタイミングでか……!」


 さらに神獣は噴き出た血を、先程斬り倒した眷属に振り撒いていく。

 傷が治り、微動だにしなかった倒された眷属が、ピクリと動く。


「復活、だと」

「やらせない!」


 美鈴が素早く斬りかかり、止めを刺し直していく。

 しかし、神獣の身体から、血と一緒に、何かぼとぼとと固体が落ちる……あれは。


「美鈴!」


 美鈴が後ろに避けると同時に、固体に……神獣の身体がから出てきた眷属に、飛ばした斬撃が衝突した。


「身体の中にまで眷属を飼っているのか」


 まだ手の内を隠しているなんて。

 ちらりと後ろを確認する。


「うおおおおぉおお!」


 美沙都が、こちらに向かってくる眷属の大軍を吹っ飛ばしている。だが。衝撃から逃れた眷属が……。


「美沙都ちゃん!」


 更科が素早く割って入り、美沙都の隙を突かれるのを許さない。


「綾乃センパイ。溜め直すから、五秒稼いで」

「任せて!」


 美鈴も大軍の相手に戻る。だが、三人では。


『四季、ヤバいぞ。神獣が!』


 くそっ。だが。どうすれば。


「先輩。背中、預けてください。私達に」

「だが」

「先輩は、神獣をお願いします」


 迷っている暇ではない。だが。


「隊長がすぐに倒してくれますから。気楽にやります」

「美鈴……」

「タイチョー。……悔しいけど、頼むわ」

「美沙都……」

「さぁ、先輩。後ろはもう大丈夫です。だから、思いっきり、前に!」

「更科……」

「ふすぅ。先輩、いい加減、私も名前で呼んでください!」


 ったく。こんな時によ。


「はいはい。頼んだぜ、綾乃」


 そうだな。隊長は、部下を守るだけじゃ、駄目だよな。

 信じるんだよ。仲間を。


「さようなら……ん、これは」


 なんだ、このエレメントは。


「光……?」


 二振りの剣に白い光が灯る。


「よくわからないけど!」


 一気に近づいて振り抜いた光は、神獣の身体を割いた。切断面は焼けている。光で焼ききったのか。


「! これなら!」


 後ろから聞こえる戦いの音。振り返らない。信じる。僕がこいつを倒しきるまで、きっと!

 今なら、何でもできる。どんな敵だって、倒せる。 

 すっからかんの筈の心から、どんどん湧いてくる。輝きが増していく。流し込め、全部! 光の刃は天高く伸び。大地を照らす。


「終われええええ!」


 振り下ろされた刃は神獣の身体を両断した。

 だが、まだだ。神獣を倒した瞬間に戦いが終わるわけじゃない。神龍を倒した後も、三日は空戦型の存在は確認されていた筈。

 振り向きざまに、それぞれが交戦していた眷属を光で薙ぎ払う。


「よし。生きているな」


 やはり、眷属はまだ動けるか。僕の仮説が希望的観測の可能性もあるが。


「油断するな! まだ続くぞ!」


 さぁ、最後の戦いだ。粘りどころだ。


「……全員で、生きて帰るぞ!」

「ふふっ。了解」

「了解です」

「よしっ。リョーカイ」


 こちらに向かって走ってくる眷属は、僕たちを無視して、横を通り抜け神域の奥の方へ走っていく……?

「えっ、撤退?」

『そのようだ。防衛大隊と交戦していた奴らも撤退していく』


 頭を失った途端退いていくとか、マジで軍団かよ。


「おう、観月。途中から何一つ声かけてくれなかったじゃねーか」

『君が聞いていなかっただけだろ』

「マジで?」


 本当に暴走寸前まで行ってたのか……。


『そっちにヘリを送る。全員、医務室行きだ。医療班。空いてる手があったらヘリポートに向かってくれ』

「うぐっ」


 フラッと来た身体。誰かに支えてもらう。視界にぼんやりと見えるのは、綾乃の顔だった。


「先輩! 大丈夫ですか? 聞こえますか? 私がわかりますか?」

「駄目だ、力が入らない」

「うえっ、あたしも」

「美沙都、こっちに。綾乃先輩は、隊長をお願いします」

「うん」

「すまん」

「良いじゃないですか。たまには頼ってください」


 頭が重い。ヘリの音が聞こえる。担架に乗せられる。こうやって現場を離れるのは、初めてだ。神龍との戦いより、きつかった気がする。あの時は、自分で帰れた。

 それから僕は、三日眠ったらしい。

 



 目が覚めて一日経って、僕は隊の部屋に出勤した。


「あっ。先輩。身体は大丈夫なのですか?」

「元々被弾したわけじゃなくて、エネルギーを使い過ぎただけだからな。綾乃の方は?」

「私は、飛んできた石が当たった程度ですから。そんなに戦ったわけでもありませんし」

「美鈴もそんな感じ」


 綾乃の隣でマグカップを持っていた美鈴はコクっと頷く。


「美沙都は……流石にまだ復活してないか。意識が戻ったとは聞いているが。全開の一撃を何回も放ったら、そうもなる」

「そう。だから美沙都は普通。隊長はおかしい」

「僕はまぁ……慣れだ」


 だから美沙都もすぐに復活が早くなる。


「参謀本部から、全員復帰したら支部長室にと通知が来てます」

「あぁ……」


 そろそろ神獣の討伐確認の調査隊が出る頃でもあるだろう。

 その時だ、内線が入ったようで、綾乃が受話器を取った。


「ん? はい、こちらフェンリル遊撃隊、更科です。はい……はい。了解です。先輩、緊急招集です」

「何事だ?」

「その……先程調査隊が神獣の討伐確認のために出たのですが。その報告で。内容は参謀本部で話すそうです」

「わかった。行ってくる」





 先輩が出て行った部屋。私と美鈴ちゃんは不思議な沈黙の中にいた。

 でも私は、確認したいこと、というかまぁ、そんな感じのことがある。だから、沈黙で重くなる口を、全力で押し上げた。


「その、美鈴ちゃんってさ」

「はい」

「先輩……四季隊長のこと……好き、なの?」

「? 好きですよ?」


 羨ましいくらい艶のある、ストレートな黒髪をふわりと揺らしながら、美鈴ちゃんは首を傾げた。


「ふぇっ」

「尊敬しています。あんな風に戦えたら良いなと思います」

「あっ、そういう……」

「? 答え、何か間違えました? 綾乃先輩はどういう好き? なのですか?」


 なんだろう、墓穴を掘った気がする。

 ……良いや。正直に言おう。


「好きって、その。お付き合いしたいとか、恋人になりたい、とか。のつもりで聞いたんだよ」


 美鈴ちゃんはますます、わからないという顔で首を傾げる。


「? ……わからない。お付き合いとか、恋人とか、考えたことない。それって、どういう意味があるんですか?」

「えっ、えーっと。ほら。なんだろう。んーなんて説明すれば良いんだろ……手を繋ぎたいとか、キスしたいとか……ずっと一緒にいたいとか」

「キス……。手を繋ぐ? なんでそれをしたくなるのですか?」

「……好きだから」

「んん? んー。ずっと一緒にいたい……は、わからなくもない気がします」


 ずっと好きだった。でも。先輩には有希先輩がいた。

 少しだけ、嫌になった。

 空いた席にこれ幸いと座ろうとしているみたいで。だって私は、あの二人を、みてきたのだから。


「私、最低だ」

「? 急にどうしたのです?」

「ううん。うん。大丈夫だよ」


 乏しい表情に心配の色が混ざったのを見て、私は笑って見せる。有希先輩のように、いつも穏やかに笑っているなんて、器用なことはできないけど。


「あっ、私、報告書提出しに行かなきゃ」

「わかりました。では、美鈴はここで待ってます」


 やらなきゃいけないことを頭に羅列したら、後は突撃するだけ。仕事で頭を埋めるんだ。

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