第12話 神たる獣

 「凍てつけ!」


 地面を叩きつけられた前足、それにより襲い来る衝撃を空中に避けて。ここひと月、働くことを拒否し続けた殺意の氷を叩きつける。


「通らないのか。やはり、こいつ」


 神龍の時もそうだった。攻撃が通らず、避け続ける場面がしばらく続いた。でも。そろそろ、限界だぞ。最大出力を放ち続けるのも。

 着地したところを狙う体当たりを避ける。逃がさないとばかりに前足が地面を叩き、地を揺らす。

 その巨体を使った攻撃、とにかく範囲が広い衝撃波を利用した攻撃。その全てが、敵を地上にいることを許さない。

 距離を取れば奴は咆哮を一つ。

 それを合図に、どこに潜んでいたのか、眷属が三体、こちらに向かってくる。


「邪魔だ!」


 斬撃を飛ばして迎撃する。こいつ、神龍よりも面倒だな。

 ……こう考えるべきか。神龍が天を支配し、空戦型の眷属を束ねていた。奴は空戦型の眷属を指揮したりしなかったが。代わりに天気を操作してきた。こいつは、陸戦型を束ね、指揮して、大地を支配しているのか。


「何をやっている……?」


 俺が斬り殺した眷属の中で、手近な奴を……取り込んでいる? 食っているわけでなく、身体の中に押し込んで、それがずぶずぶと沈んでいくのが見えた。

 前足を地面に叩きつける。大地が揺れる。大丈夫、この程度なら。

 衝撃を躱し、直接切りつける。高威力の至近距離からの飛ぶ斬撃を合わせた一撃だが、くそっ、通らない。硬い。手応えが無い。


「いや、違う」


 俺は、あの時。僕は、追い詰められて。

 まだ全開じゃない。まだ先がある。


「負けるわけには、いかない」

『四季、一回退くんだ。今ならそいつ一体撒けば逃げられる』

「僕がここで退いたら」


 既に、群れの大半を後ろに通してしまっている。だが、こいつ一体を通すより、マシだ。


「ぐっ」 


 前足を強く振り下ろされ、大地が揺れる。溶岩が噴き出る。赤く熱された岩が飛んでくる。

 さらにその巨体を十全に使い、飛び上がる。空が暗くなる。降ってくる影。


「くっ」


 ギリギリ影から離れて、飛び上がる。それと同時にその巨体が地面に叩きつけられ、砂煙、衝撃波。それに続いてさらに大量の溶岩が噴き出る。氷の刃を振るい、向かってくる溶岩を一か八か。冷気に当てられ赤々とした溶岩が黒い岩になり地面に落ちていく。

 その時だった。何か強い風に引っ張られるような……何ッ。

 神獣は大きく息を吸い込んでいる。それに引っ張られる。体勢が、くそっ。

 人は地面の上で生きる生き物。何も掴むもののない空の上じゃ。

 ちらりと下を見る。飲み込まれたら、流石に終わりだな。人一人分の身体よりも大きな歯が見えた。その奥。どこまで続いているのだろうか。


「……負けるのか」


 絶望するのは、全部負けてからで良い。

 だけど、どうしてだろう。絶望というのは、どういうものなのだろう。

 有希、何で君は、僕にこれを、このマフラー託したんだ? 絶望の中で、僕をどうして、希望と呼べたんだ?


「先輩!」

「隊長!」

「タイチョー!」


 なんか聞こえるんだけど。死にに来たのかよ。くそっ。


「……殺される前に、殺さなきゃな。部下は、生きて帰さなきゃ」


 冷えて、冷えて。冷える。

 殺意の氷を振るう。空気中の水分を凍らせ、即席の踏み台。間に合え。全力で蹴り、吸い込んでくる範囲から逃れ、られた! どうにか地面に着地する。

 神獣と向き合う。奴の目は、油断なくこちらを観察する目。

 己の強さに驕らず、あらゆる敵を全力で潰しに来る。真の強者。


「俺は部下を生きて帰すために、お前を、殺す」


 心を、研ぎ澄まし、昂らせろ。あの時のように、全てを、込める。


「……さよなら。百火氷乱」


 炎と氷が、怒りと殺意が、神獣を襲う。

 恐れるな。もう、暴走しても良い。どうせすぐ、すっからかんになる。どうせすぐに心が壊れて動けなくなって、暴走の心配なんて実質無い。だからこいつだけは、殺さなければ。


「お前、だけは!」


 輝きが増す。あの時、神龍を殺した時の、あの感覚。


「もう、あの時のように!」


 空気が凍てつき、燃えた。


「僕は、俺は、同じ失敗は!」


 咲き乱れる華は刃となって。

 神獣の身体に深く深く、突き刺さった。





 管制室に行くと、観月さんがすぐに状況を教えてくれた。

 神龍クラスの大物と戦っている。先輩は撤退する気は無い。倒す気でいると。

 当然、止められた。先輩のところに行こうにも、既に東京地区は眷属の大軍勢と交戦状態。突破は困難。

 突破できても、先輩のように神獣と渡り合うなんて、無茶なことであると。

 神撃作戦においても、ベテランのみで構成された十人のうち、生き残りが先輩一人であったことから、私達が戦って生き残れる可能性なんて無い。


「それでも行くのかい? フェンリル遊撃隊の諸君」

「行きます。その神獣が東京地区にたどり着いたら、どちらにしても終わるのですから」


 なら、僅かな可能性にだって賭けたい。足手まといだからって、遠慮なんてしたくない。

 絶望するなら、全部負けてからで良い。それは。

 勝負に出て勝てば、まだ希望が掴めるということだから。


「私たち自身が握っているコンマ以下の可能性だって、掴みに行きますよ」

「だが、実際どうする。既に防衛大隊と眷属の総力戦状態。四季が時間を稼いでいてくれたから、現状渡り合えている。それだけのこと」

「……作戦があります。迎撃砲まで、まだ敵は進軍していないんですよね?」

「……おいおい、まさか」

「私たちを撃ち出してください」

「無茶だ。人間大砲とは仕組みが違う」

「でしたら、演習用の球、ありますよね? 私達は射出されるそれに掴まります。一か八かですが、これ以外の方法だと、時間がかかり過ぎます」


 観月さんは迷っている。一番無茶だが、成功すれば一番早く、確実な方法だから。


「……砲兵隊、応答せよ。そちらに大馬鹿野郎を送る。デリバリーの任務だ。できるだけ頑丈なワイヤーと、演習用の弾を用意せよ」

「あと、パラシュートもお願いします」

「聞こえたな。追加でパラシュートもだ」





 日本支部東京地区を守るための壁の外、三キロほど離れたところに、迎撃砲がある。私たちは走って向かう。心成兵器を出していれば、車よりは速く走れる。


「なっ」


 インフェルノ・レオンが迎撃砲に向けて腕を振り上げる。


「やらせない!」


 美鈴ちゃんが後ろ脚を切りつけ、痛みでひるませる。


「だーっ!」


 美沙都ちゃんがその隙を、頭を殴りつけて仕留めることで活かした。


『駄目だ、ここまでもう眷属が来ている。悪いがフェンリル隊の諸君は、砲兵隊を保護して、壁の中まで護衛してくれ』

「で、でも」

『それしかない。これは、管制官としての判断だ』

「それじゃあ、先輩が!」

『正直、君たち三人を送り込んだところで、悪戯に死人を増やすだけだ』


 でも。それは正しいけど。それでも。


「くっ」


 迫ってくる眷属は再びレオン。今は足が速い眷属が来ているだけだが、ここにさらに本隊が来たら。

 いや、今は目の前の。


「えっ……」


 地面から巨大な槍が三本生えて、迫って来た眷属は貫かれた。


「観月。何分稼げば良い」


 絶命した眷属の間を悠々と歩いているその人は、巨大な剣を片手で軽々と振り回し、肩に担いでいる。


「みかど、しょうさ」

『御門、何しに』

「防衛隊大隊長は、秘匿回線以外全て聞くことができるからな。聞いてた」

『前線はどうした』

「俺一人いないだけで突破されているのなら、とっくに東京地区は終わっている。送るんだろ、こいつらを」

『だが』

「まだあいつが生きているというのなら、俺は稼いでもらった時間分をあいつに返す。あいつには、背中を預ける誰かが必要なんだよ。さぁ、何分稼げば良い。東京地区の最終防衛ラインとして、注文された分、稼いで見せる」 


 御門少佐は地面を大剣で叩くと再び槍が地面から生え、眷属を貫く。


「行け。あいつを頼む。これは軍人としてではない。あいつの同期として、頼む」

『御門……私も、頼ませてくれ。フェンリル遊撃隊の諸君。彼を。頼む』

「ありがとうございます。送り出してくれて」


 砲塔の下。垂らされたワイヤーを掴む。


『射角調整完了。……発射』


 そして私たちは、演習用の砲弾に括りつけられたワイヤーに引っ張られて、再び空に飛んだ。

 私に続いて美鈴ちゃん、美沙都ちゃんも射出される。

 眼下では、神獣の進行を食い止めている防衛大隊の戦い。

 目の前の、まだ戦っている人間を無視して、足の速い眷属だけで強行突破して本陣を狙いにいくなんて、やっぱり、眷属の習性としておかしい。


「いた」


 あれが、神獣。何て大きさ。

 防衛ラインのさらに向こう側。迎撃砲の射程ギリギリのところ。くっ。やっぱり人一人ぶら下がっていたら、手前で落ちるか。でも、ここまで飛ばしてくれた砲兵隊の人の腕に、感謝しよう。

 さて、ここだ。この着地。今回はちゃんと考えている。ワイヤーから手を離し。パラシュートを開く。


「着陸成功。これより、作戦行動を開始します」


 あんな顔で、あんな目で。死なせてたまるか。


「……先輩」


 空中に身を躍らせる先輩、それを飲み込まんと、神獣は全てを飲み込まんと、口を開く。

 あのままじゃ。先輩の身体が引っ張られて。


「先輩!」

「隊長!」

「タイチョー!」


 それから先輩はその輝きで、神獣を斬り、燃やし、冷やした。

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