第11話 決戦。
「四季隊長。美鈴を調査隊の車に乗せて、一人で食い止めるとか、考えてますか?」
「だったら?」
「怒ります」
走りながら真顔でそんなこと言われてもなぁ。
見えにくいだけで、ちゃんと感情がある。わかり切っていること。それを実感できた。
「……んなことしたら君らは無理矢理僕のところに来ることはわかったからな。とりあえずは撤退だ。殿を務めるくらいだよ」
「なら、良いです」
よし、見えてきた。幸い、そんなに離れていなかったようで、猛スピードで走る車が見えた。どうにか通信可能圏内に入って来れたようだ。
「あぁ、君たち。無事だったか」
伊吹隊長が運転席から顔を覗かせる。
「……大分近づいてきてるな」
土煙が見える。
「急ぐぞ。いや」
美鈴を車に放り込む。
「やっぱりさっきの話は無しだ。伊吹隊長」
伊吹隊長は一つ頷くと、車は勢いよく走り出す。
それと同時、車を狙い飛び掛かって来た獅子を真っ二つにする。狼の足を四本斬り飛ばす。
『よう、夜勤明けだけど出張って来たぜ、英雄殿』
「あぁ、観月」
管制からの通信は、聞き慣れたもの。この緊急事態だ。レーダーもそろそろ捉えていることだろう。
『とんでもないことになっているな。戦う前に一つ聞いて良いか?』
「なんだよ」
『どうして二本目を出さない。これ、更級君も言ってたな』
「……出せなくなったんだよ」
あの戦いから、僕は、殺意の氷を抱かせるための剣が、出せなくなった。全てが、炎に飲まれる感覚と共に、束ねても霧散していく。
『そうか。……一つ言っておこう。レーダーに捕らえている数は、戦中でも見たことが無い。正直、数えるのも面倒だ。君が本気を出しても、恐らく勝てない。死にに行くようなものだ。まして、全力を出せない君では、絶望的だろう』
「だろうな。殿なんてそんなものだろ」
火力強めの炎を乗せた斬撃。なるべく目立たないとな。
『友人として、先に別れを言っておこう。最後までモニターしておくよ。全力でサポートしよう。なるべく数を減らしてくれ……迎撃砲、起動』
「はは。弾の無駄だぞ」
神域の浸食が始まって間もなく、人類は持てる軍事力で戦いを挑み、ひと月後にはどの軍も戦えなくなったのは、歴史の授業で最初に学ぶことだ。
「後続の動きの邪魔くらいはするさ。今君が交戦しているのは、先遣隊と言うべきものだ。本隊はもう少し後に来るぞ。多少は生き残ってもらわないと、こっちが大変だ。防衛戦する準備を稼ぐくらいはしてくれよ」
「任せな……さようなら」
さようなら。
これで良いよな、有希。
「あと千体は持っていくぞ」
「離して、離してください。隊長が、四季隊長が」
「大人しくしてくれ。彼の思いを無駄にする気か」
心成兵器を出していなければ、ちょっと身体を鍛えた、十四の小柄な少女でしかない。大の大人一人でも、抑え込めてしまう。
美鈴を車に放り込んで、四季隊長は一人、追いつき始めていた眷属と交戦。
「美鈴も、美鈴も! やだ、また、誰かを、後ろに置いてなんて、やだ!」
「大人しくするんだ!」
隊長が、伊吹隊長と呼んでいた人が、ハンドルを握りながら声を荒げる。
「私は、君が羨ましい。君は戦える。私は、君たちがいなければ、この神域を歩けない。私にできることは、彼の思いに沿って、こうして逃げることだけだ」
「頼む、彼の思いを、私に無駄にさせないでくれ」
車は走る。壁が見えてくる。車を確認したのか、壁の門がゆっくりと開いて、美鈴たちは、一応の安全地帯に飛び込んだ。
車が停まって、美鈴を抑えていた手が緩んで。車を飛び出す。
すぐそこに、綾乃先輩と御門少佐が話しているのが見えた。
「綾乃先輩、隊長が、隊長が」
「美鈴ちゃん……まさか」
「早く。行かないと」
「チッ。あの馬鹿が」
美沙都の姿が見えない。いや、あれだけ暴れたんだ、一旦休ませないと。でもそれは、隊長も変わらない。早く。
遠くで、砲台が発射する音が聞こえる。もう戦いは始まっている。
「だが、そうか……防衛隊、三十分は時間ができた。しっかりと準備を整えろ」
「えっ……」
「! 御門少佐!」
「文月綾乃少尉、唐木美鈴上等兵。フェンリル遊撃隊隊長、四季遥大佐の献身的な働き、スルト防衛大隊を代表して、御礼申し上げる」
御門少佐は敬礼し、そう言って、踵を返して立ち去る。
「なんで」
わかっているのに。美鈴一人じゃ助けられないから。なのに。なんで。
「観月、やはりこいつら、おかしいぞ」
『あぁ、レーダーで見ていてもわかる。絶好の餌を無視しようとする集団がいる』
斬撃を飛ばして横を抜けさせないようにしているがそれでも。そろそろきつくなってきたぞ。
「僕を無視しようとは、どういう了見だ」
『まぁ、そのおかげで、私が想定しているよりも生き残っているから、良いじゃないか』
「だな……誰かが統制している」
『多分大当たりだ。一際強い反応が後ろにある……正直に言うぞ。これは、神龍クラスの反応だ』
「つまり……」
『あぁ、神獣とでも呼ぶべきだな。陸戦型の統率者。陸の王って感じかな。ベヒモス・ジェネシスとでも呼ぶか……神獣、移動。来るぞ、目の前に』
その言葉と同時に、突然、空が暗くなる。いや、上に何かがいる。咄嗟に飛びのく。
空から降って来たのは、カバ? 牛? 巨大な口、頭から角が伸びている。足を見るに、かなりの健脚でもあるのだろう。
だが、この威圧感。圧倒的気配。間違いない。奴、神龍と同格だ。
「はっ。進軍が進まなくて、イライラして出てきたか。良いぜ。神殺し、もう一回してやるよ」
挨拶代わりに炎を乗せた一撃を叩き込む。今出せる全力だ。
「通らない、か」
予感はしていたが。まぁ、そうだよな。
「だけど」
こいつを倒すことができれば、この戦いは、終わる。
「神域を進んでも、空戦型がいないのは、そういうことなんだろ」
終わるというのなら。僕は……俺は。
「ヒヒっ、ははっ。アハハッ……殺す」
今なら、できる。有希、戦いは、終わってなかったよ。
「来い」
心を束ねる。さぁ、来い。雪を思わせる白さの片刃の片手剣。すぐにエレメントを解放。冷気を纏う。黒曜石を思わせる黒さとは対極の剣。
『四季……』
「殺してやるよ。絶望の果てに行くために」
戦いが始まった。
眷属の群れがここまで来たということは、もう、四季先輩は。
「先輩が時間を稼いでくれたから、ここまで」
落とし穴、網、棘付きの即席の壁。そこに捕まった眷属に次々と止めを刺していく。それを指揮するのは、御門防衛大隊隊長。
『一人で戦うな、スリーマンセルを維持しろ。通さないことを意識するんだ!』
無線を介しても伝わってくる、前線が激戦であることが。
私たちは、今、私達の隊の部屋にいる。一旦の休憩を言い渡された。私はともかく。美鈴ちゃんと美沙都ちゃんが。戦えるような状態じゃなかった。
美鈴ちゃんはうずくまって動かない。私は、隣にいることしかできない。あと、たまに声をかけるくらい。
「……先輩のこと。そんなに」
「……美鈴は嬉しかった。美沙都みたいに、眷属を吹っ飛ばすなんて、できない。美鈴は、一人では戦えないから。でも、そんな美鈴に、『良い』って。美鈴は、やだよ。また誰かを後ろに置いて、逃げるの、いやだったのに。美鈴に、美沙都みたいな力があれば」
それは、私だって。私がもっと強かったら。それこそ、有希先輩みたいに、背中を預かることが、できたら。
「美鈴が、弱いから」
「それはちげーよ。美鈴」
「美沙都、起きて、大丈夫なの?」
「まだ頭がガンガンするけど。動ける。良いか、美鈴。あたしは美鈴みたいに器用には戦えない。あたしだって、美鈴を群れに突っ込ませるの、結構怖いんだぜ。でも、美鈴が、あたしが眷属を潰してくれると信じてくれている。そう思いながら戦ってんだ」
「それが、何?」
「タイチョーは、信じてくれてるぜ。稼いだ時間で、あたしらがどうにかしてくれるって。そう思いたいだけだけどな。あたしだって、嫌さ、今の状況。じいちゃんの時だって……あたしらが、もっと強かったら。強かったら! って思いはするけど、受け入れるしかないんだ。力がまだ足りないって」
ちらりと顔を上げた美鈴ちゃんは、でもすぐに、俯いてしまう。
「美沙都にはわからないよ。美鈴みたいに、車に放り込まれてないもん」
「それが何? その結果、今いじけてるの?」
「み、美沙都ちゃん。そんな言い方は」
「綾乃センパイは、黙っててよ。姉として、中途半端な気持ち、叩き直さなきゃ」
そして美鈴ちゃんの胸倉を掴み上げると。そのまま頭突きした。
「いったっ」
美鈴ちゃんは素早い動作で身体を捻り、胸倉を掴んでいた手から抜けると、美沙都ちゃんの足を払いにかかる。それよりも早く、美鈴ちゃんの肩を掴み。また頭突き。
よろめいて美鈴ちゃんは膝を突いた。
「情けない妹。好きになりかけてる男の思いくらい、背負って立って見せろ! その上で、自分の思いを、貫いて見せろ!」
好きに、なりかけてる? 美鈴ちゃんが……?
「どうせわからないだろ。好きかどうかなんて、ずっと美鈴のことを見ていたあたしにも、今回はわからん。でも、それでも、背負って立って見せろ! あたしは立つ。無駄になんかするものか。あたしは、強くなるんだ。美鈴、約束、忘れたとは言わせない」
「覚えてるよ、もう後悔しないために、強くなるんだって」
「よし。なら、行くぞ。最前線に」
「だ、駄目だよ。美沙都ちゃんは、少なくともあと半日は休まないと」
「良いさ。どっちにしろ、防衛隊が突破されたら死ぬんだ。ベッドの上で死ぬか、戦場で死ぬか。死ぬ場所が違うだけさ」
「でも……ううん。わかった、まずは、管制のところに行こう。状況を確認したい」
先輩がいない今。私が、頑張らなきゃ。
重い。先輩。何て重いんだ。この責任。
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