第10話 神域へ。
出発の日だ。神域の奥地まで自体は、車で半日くらいまでの道のりだが。荷物の量、作業時間、起こり得るトラブルを考慮すれば、三日は必要だ。
トレーラーに積まれた積み荷の確認は済んでいる。
「ほれ、あんま精度は良くないが、無いよりはマシだろ」
「悪いな。観月、朝早くから」
「夜勤終わりだ。帰って寝る。気をつけて行けよ」
「あぁ。サンキュ」
観月から持ち運び式の簡易レーダーを受け取る。本当に無いよりはマシ程度だが、本当に。
「先輩。任務の前ですよ。隊長として訓示してください」
「……あぁ。そうだな」
後は僕たちが乗り込むだけ。だけどまぁ。やっておこう。
更級、美沙都、美鈴。三人の前に立つ。……何と言うか、こうして並べて見ると、この任務、失敗させるつもりはないが、何で不安になっていたのか、わからなくなるな。
……よし。
「僕から言えることは三つだけだ。生き残ることを優先しろ。逃げることは決して間違いじゃない。……絶望するのは、全部負けてからにしろ。以上だ」
「……その言葉」
「ん?」
「いえ」
有希の言葉だからな。更級が聞いたことがあっても、変な話じゃないか。
「フェンリル遊撃隊。出撃」
用意された車両は二台。一台目には僕と美沙都。二台目には更級と美鈴が乗っている。
「タイチョー」
「ん?」
二時間、しっかりと外を警戒はしていたが。何も起こらなければただ景色を眺めながら車に揺られているだけだからな。少しは息抜きもしたくなるだろう。
「美鈴に何言ったんだ?」
「何も。唐突にどうした?」
「美鈴の機嫌が結構良いんだよ」
「え?」
……いや、いつも通りだった気がする。いつも通り、何考えているか、わからない顔をしていたと思う。
姉妹だから気づく変化って奴だな。
「綾乃センパイじゃない気がする。多分、タイチョーだと思うんだよなぁ。なんか言ったの姉の勘」
「なんかって、なんだよ」
「美鈴が喜ぶこと」
「……大したことは言ってないと思うんだけどなぁ」
「なんか言ったんすね」
「まぁ」
あいつが自分で気づいていない頑張りを指摘しただけだ。上司として当然こと。
「あたしも美鈴も、身内以外の人とあんま関わらずに生きて来てからなぁ」
「隊に配属されてからは?」
「いやー。戦闘中の連携で喧嘩になったくらいしか記憶が……更級先輩が教えてくれた戦い方を実践してただけなんだけどなぁ」
連携を教えるならまずは二人での戦いから学んでいくのが基本ではあるが。
そこから発展して行かなかったのか。いや、発展させる必要が無かった。二人でも十分戦ってこれたから。
「まぁ……ん? 止まれ。美沙都、この車を守れ。僕はちょっと見てくる」
「りょ、了解」
簡易式レーダーにすら反応が出るほど強力な個体なのか、はたまた大きな群れなのか。
この近くに修理予定の無人レーダー施設がある。どちらにせよ、いるのなら掃討しなければならない。幸い、不思議なくらい空戦型がいない。こういう任務、空戦型が一番厄介なんだがな。見つからないように移動しようにも、気をつけようが無い。
「っ、なんだ」
咆哮……? 聞いたことが無い鳴き声だ。近くに高台になる岩があるのを見つけ、登ってみる。
「……なんだよ、これ」
眷属の、旅団規模? それくらいの数はいるぞ。
陸戦型の眷属が、ずらりと並んでいる。獅子、象、蛇、ゴリラ、ワニ、虎、サイ、牛、馬、狼……。こんな規模、見たことが無いぞ。
「なんでこんなに」
何が起きている。これが全部東京地区に向かったら……総力戦だ。間違いなく。敗戦濃厚だ。
「おい、二号車。聞こえるか」
「こちら二号車、更級です」
「レーダー修理任務は中止、すぐに……。くそっ」
「先輩っ!」
「絶対に来るな。すぐに引き返せ。全速力だ。荷物は捨てろ。通信可能エリアに入ったら防衛隊にすぐに連絡しろ」
あの咆哮、進軍の合図みたいなものだったのか。こっちに向かってくる。このままじゃマズい。僕は間違いなく見つかる。
「一号車。すぐに逃げろ。僕を待つな」
「こちらでも確認した。貴官を回収し次第……」
「それでは追いつかれる。良いからさっさと行け。もう接敵する。……全滅させたら帰る……行くよ、有希」
全開の火力をぶっ放し続けて、どれくらい減らせるか。試してやろうじゃないか。
「ククッ。アハ。アハハハハ!」
身を焼き続ける炎を引きずり出し、燃やせるだけ燃やそうじゃないか。
まずは挨拶代わりだ。
「さようなら……。業火剣乱!」
何体殺せただろうか。だが、視界に映る限り全ての眷属の注意がこちらに向いた。
「さぁ、来いよ。僕一人殺せなくて、東京地区に絶望を与えられると思うな」
その時だった、目の前の地面が吹っ飛んだのは。飛び散る眷属。そこに直剣を持った少女と、槍を携えた少女が止めを刺していく。
「うん。やっぱりそうだ。これなら。プランBも視野に入る」
土煙の中心に立つのは、当然、あいつしかいない。
「このっ、馬鹿タイチョーが―! 美鈴! 綾乃センパイ! あたしが暴れるから、大馬鹿タイチョー頼んだ」
「うん」
美鈴と更級が、僕を囲むように立つ。
「帰りますよ。馬鹿先輩」
「馬鹿はどっちだ。ここで食い止める奴がいないと、追いつかれるぞ」
「良いから逃げるんです! 逃げるのは、間違いじゃないんでしょう! 隊長……生き残ること、優先するんでしょ!」
「み、美鈴……?」
美鈴は剣を構え、眷属の群れの方に向く。同時に、また、こちらに向かっていた眷属のいた地面が吹っ飛ぶ。
「隊長が帰らないなら、美鈴も、戦う」
「許可しない。お前達を生きて帰す。それが僕の責任だ」
そう言うと更級は、ため息を一つ吐いた。
「仕方ありませんね。美沙都。溜められるだけ力を溜めてください」
「はいよ。センパイ」
「車、出してください。Bプランで行きます。美鈴、それと先輩、六百秒。倒せるだけ倒しますよ。……戦術副官として、命じます」
「……チッ」
どちらにせよ。こうなったらもう、戦うしかない。四人でこの量? 無茶だ。無謀だ。
更級の前に立つ。象の砲台から放たれた岩の砲弾を斬り飛ばす。さらに斬撃を飛ばして接近してくる奴らを仕留めていく。
「先輩。そのまま、続く限り全力でエモスラ続けてください。美鈴ちゃんは、美沙都ちゃんを守って。ぐっ」
「更級!」
「だ、だい、じょうぶ、です」
くそっ、何に当たったんだ。もう何が起きているのか、理解するのも厳しい状況だ。更級は立ち上がる。グッと歯を食いしばって、槍を構える。
なんで、何でだよ。
守りたいのに。生きて帰らせたいのに。なんで、こいつらは。
「何なんだよ、お前らはぁ!」
炎は猛る。いや、これだけじゃ足りない。
殺す気になれ。殺せ。殺すんだ。目の前の眷属全部殺せば、終わるんだ。だから!
「来いっ」
二本目の剣。今ここでできなくて、どうする。来るんだ。殺意の氷よ。
「……なんで」
くそっ。集中しろ。束ねろ。……有希、止めないでくれよ。
僕はこいつらを、殺さなきゃ、いけないんだ。
殺意が怒りに塗りつぶされる。炎に全てが焼かれていく。
「はぁ。くっ」
やけくそで剣を振り回す。畜生、なんで、なんで。
「なんでだよ……だぁあああ!」
何体殺した。あと何体いる。
更級は、美鈴は、美沙都は。よし。まだ生きてる。
迸る炎は熱を増していく。全てを焼き尽くさんと。
「先輩!」
燃やせ! 燃やすんだ。
「四季隊長!」
全てを、目の前の敵、全てを。
「タイチョー!」
最大出力。この声に応えるのは、一旦後だ。
「エモーショナル・スラッシュ・インフェルノ!」
ふっ、こうして言ってみれば、結構良い名前くれたじゃねーか。美鈴。
炎が走る。斬撃に乗って。普段は一体殺すのに十分な威力で絞っているが、今回は手加減無しだ。見える限り全ての眷属が燃えて、炎の壁、炎の絨毯となる。
「先輩ッ、こっちへ!」
その声に反射的に従った。
「行くよ。最大出力。生き残れるかは運次第」
「頼んだよ。美沙都ちゃん」
「うん」
そして美沙都は、思い切り、僕たちがいる足元の地面を、殴った。
「えっ」
「エモーショナル・インパクト!」
そして僕らは、気がついたら空にいた。
「うっそだろおいー!」
それからしばらく、空を舞った。
眷属達は眼下に。これ、空戦型いたら、ヤバいぞ。と思っていたのは杞憂で。
「おい、更級、着地は!」
「あっ」
「だろうな、やっぱり。なるべくこっちに寄れ。減速できる体勢を取るんだ」
位置エネルギーは運動エネルギーに変わり、どんどん落下速度が。見極めろ。
「ここだ!」
剣を地面に向けて一振り、いつもより少し強めに。巻き起こった風で無理矢理減速。よくやることではあるが、こんな速度を減速するのは初めてだ。
一瞬、ふわりと舞い上がる身体。その後、落下の衝撃。地面を少し転がる。
立ち上がって周囲の警戒……敵の気配は無い。簡易レーダーにも反応は無い。こっちはあまり当てにならないけど。
「ここは……東京地区まで十キロってところか。結構飛んだな」
ここなら通信可能だな。
「やっぱり、美沙都ちゃんのエモーショナル・インパクトは、衝撃を対象に打ち込んで爆発させる仕組みだから、直撃以外大した威力がない。だから私達、生きてる」
「それ、結構ショックなんだけど。綾乃センパイ。うげっ、頭がガンガンする。もう無理」
「ありがとうね。一旦休んで。美鈴ちゃんは?」
むくっと小柄な身体が起き上がる。
「生きてます。……とんでもないことを提案するものです」
「本当だぜ。勢いで生きるのは変わらずか……こちら、フェンリル遊撃隊の四季だ。緊急事態だ。防衛大隊を集められるだけ集めてくれ。更級。お前は美沙都を連れて防衛大隊に状況を説明。僕と美鈴は調査隊の保護に向かう」
「了解」
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