第42話 倒す算段。

 『四季、そっちに望未君と唐木美鈴君が向かっている』

「……美沙都は?」

『乗っていない、空母の方で向かうらしい』


 どういうことだ……? いや、今はとにかく、この状況を。

 残り三体。……なんだ、この海の動き。船が……渦潮ができている。その中心に持ってかれている。


「彩芽、抜けられるか」

「試します」

「あぁ……チッ」


 天高く鋭く吹き出された水流。首をもたげてこちらに振り下ろして船を真っ二つにする気か。


「くっ、抜けられない……あっ……先輩、こっちもヤバいです」

「……なんでもありかよ」


 波が、いや、海そのものが、船を飲み込まんと襲い来る、その方向に神魚がいるのはわかる、姿は見えない。だが……そうか、海底か。

 丘のように盛り上がった海がその威容を誇るが如く。神たる脅威、神魚は示す。述べる。忘れたのかと。

 神龍は空そのものが。神獣は大地そのものが敵だった。

 ならば神魚もまた。海そのものが敵であると。

 地球上の七割を占める存在が、敵であるぞと。


「先輩っ……」

「大丈夫だ」


 冷静になれ。逃げ場がないなら、突破するしかないんだ。渦潮で引き込まれ、船を両断され、止めに波に飲まれるというのであれば。

 振りぬいた刃に乗せたの意志は、人類の意地。そうだ、それだけで僕たちは、ここまで来た。

 水流を噴き出していた神魚の分身の首が弾け飛ぶ。……感じ取れ、戦場の全てを。

 返す刃で放った冷気で一か所、海を凍らせる。


「彩芽、僕が今凍らせたところを狙って雷を!」

「は、はい!」


 素早く放たれた雷は神魚に確かに直撃する。跳ね上がる神魚。


「……そこだ!」


 その巨体の頭を飛ばす。絶命する瞬間放たれる雷撃。だが、水しぶきを上げたな。


「こ、氷の壁」


 水しぶきを凍らせて壁を作り、カウンターの雷撃は凌ぐ。あとは、波。


「彩芽、波に向かって行け」

「えっ」

「信じろ、波は越えるものだ」


 それに、神魚は海底にいる。いくらその巨体と言えど、波を起こしてすぐに船を襲いに来るとは考えにくい。

 渦潮が弱まる。収まりはしない。だが、振りきれるくらいにはなった。

 波に近づいていく。海が近づいてくる。船の知識なんてない。でも。


「彩芽、ビビるなよ」

「誰よりも信じてる先輩がいるんですよ、怖い要素何て、ありません」


 船が揺れる。船の頭が押し上げられ、そして、前にがくんと傾く、エンジンが黒煙を吹く。


「来たな」


 海底から海を持ち上げ波を起こした神魚が真下から、船ごと噛み砕かんと来る気配がする。


「えっ、先輩?」


 振り返った彩芽が驚くのも無理はない。服を脱ぎ捨て持ってきた水着一枚になって、ゴーグルを付けているのだから。


「試してみようじゃないか」

「飛び込まないんじゃ」


 聞き終わる前に、僕は海に身を躍らせた。



 

 さて、素潜りの時間だが、身体能力が全体的に強化されていると言っても、動くことも考慮すれば、二分が限界か。

 白い海の中、靄がかかっているような、濁っているような、そして、何もない。なるほど、これは確かに、不自然だ。それは、本能が訴えかけるものだろう。欧州で見

た本来の海は、透き通って見えた気がした。潜ってみればよかったとふと思った。


 ……見えた。


 船を狙っていた神魚はすぐに僕の方に頭を向ける。やはり狙いは僕かと納得するべきか、それとも、単純に目の前にいる人間に狙いを変えただけなのか。どちらにせよ好都合だ。

 踏ん張りがきかない、だが。


 ……美鈴を思い出す。全身を使った身体の使い方、あれから、強くなったらしい。また参考にさせてもらおう。


 感情のエネルギーを全身に巡らせ、身体全体を使って、剣を、振り抜く。それだけじゃない。美鈴は、自由の利かない空中で、神龍の動きすら、神龍が起こす風すらも利用して見せた。なら。神魚の動きを利用して、水の流れを感じて。その動きに乗せて。

 神魚が動くことによって、神魚がさっきまでいた場所に向かって水が流れる。それに乗って。

 ギラリと覗く牙。ビビるな。向かって行け。いや、怖がる感情何て、とっくの昔に麻痺している。水の流れが強まる。神魚が、海水ごと飲み込まんと大口を開けたからだ。


 くらえっ。


 神魚の眉間に剣を突き立て、水の流れから逃れる。

 美沙都は確か、一点に衝撃を集中させることで神龍の攻撃に対抗して見せた。

 こういうことだろ。

 もう一本の剣。黒い剣を振り上げる。剣が神魚の身体に衝突する一点に、エネルギーを乗せて。爆発させるのではない。撃ち出す。 

 衝撃が、神魚の身体を貫いた。そんな手応え。僕が剣で斬りつけた首元を中心に、神魚の身体が血を吹いて爆発した。

 やはり、これも分身か。



 「あやめちゃーん! はるかくーん!」


 気の抜けた声が遠くから聞こえた。私が今乗っている船と同じ種類の船が近づいてくる。


「有希先輩! 四季先輩が、四季先輩が」


 真横にピタリと止めて、有希先輩は鎌を出して頷く。

 さっきから、真下で戦っているのはわかる。援護しよにも、できなかった。下手に雷撃して、先輩に当たったらと思うと。普段ならともかく、自由の利かない海中じゃ……。


「僕がどうしたって? よっと」

「せ、先輩」


 船によじ登ってくる先輩。慌てて引き上げる。ちらりと海に目を向けると、神魚の死体が浮きあがって、そして、海に溶けていくところだった。


「なるほど、再び神魚の血に戻るといったところか」


 平然とそう言って、ぼんやりとした目を海に向けて、髪を拭き始める。……頼りになる人だ、やっぱり。


「あぁ、来たか」


 そしてようやく有希先輩達を見つけて、先輩は困ったように笑う。


「もー。なんでなにも言ってくれなかったの?」

「あぁ、有希。美鈴。悪いな、心配かけて」

「わぉ、遥君がごめんなさいできた」

「ガキか、僕は」

「隊長、あとでお仕置き」

「勘弁してくれ……さて、戻るぞ。……なんだ、この気配は」


 近づいてくる。目では見えないけど、全身が、警報を発している。ヤバいと。


「分身の追加?」


 有希が鎌を構えて首を傾げる。有希も感じ取ったのか、僕と同じ方向に目を向ける。


「いや、どうやら、本命が来たらしい。観月、流石にそっちでもわかってるだろ」

『あぁ、ソナーでもレーダーでも反応がある。特大の、なるほど、確かに、これは神たる脅威だ。わかっているな、今回は』

「あぁ。よし、撤退だ」

「て、撤退って、どうやって?」

「観月、頼む」

『了解。来たぞ、本命だ、対潜ミサイル、発射用意……発射!』


 このために、駆逐艦の用意をしてもらったんだ。

 眷属達に、人類の兵器が、通用しなかったわけじゃなかった。ひと月で戦えなくなったが、逆に言えば、ひと月は戦えたんだ。無尽蔵に生み出される眷属達相手に。有限の資源を用いて。

 でなければ、迎撃砲なんてわざわざ建造しない。

 低空を跳ぶミサイルが通り過ぎていく。


「よかった。ちゃんと飛んでくれたようだな」


 一応、不発弾は無いらしいが、ちゃんと爆発してくれるか。

 弾頭が水中に入っていく。それから少し、水しぶきが上がる。


『直撃!』


 僕と観月の結論。 

 これが通らなければ、神魚を倒すのは、厳しい。そう、これは前哨戦。ここである程度、水中にいる神魚に、安定してダメージを与えられる算段は付けたいのだ。


「で、でけぇ……」


 水しぶきが収まり、分身よりも巨大な影。それが、外海に方向転換したのが見えた。


「観月、神魚が離れていく。流石に仕留められなかったみたいだ」

『あぁ。こちらでも観測している。……だが、良いぞ、人類は、戦える。海とも』


 港が見えて来た。空母の上から、こちらに手を振る人達が見える。


「手、振り返してください」


 彩芽がそんなことを言い出す。


「いるか?」

「いりますよ。先輩は人類の希望ですよ。希望に、なってしまったんです。成し遂げたことに、責任は取らなければなりません」

「そうか」 

「希望を与えたんですから、民衆の期待、賛辞には応えなければなりません」


 なるほど。納得のいく理屈だ。納得したから、手を振り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る