第43話 腐り朽ち始めた心に。

 掃討作戦の今日の分は一旦中止となり、全員に一日の休暇が言い渡された。


「美沙都、最近どうだ?」


 食堂で見つけた美沙都は、一人で教本を読んでいた。随分と珍しい光景だった。


「タイチョー。……なんか用か?」

「いや、特に何かあるわけじゃないんだけどな。……随分と勉強熱心じゃないか」


 本を閉じて、溶けるように机にへたり込んで、美沙都はどこか疲れを隠し切れない顔をする。


「どうした?」

「タイチョーは、どうやって強くなった?」


 その必死な問に、僕が提示できる答えなんて、多くない。

 多く無いだけで、全く無いわけではない。


「戦い方を教えてくれた人がいた。僕にも、滅茶苦茶弱い時期、あったんだぜ」

「弱い、時期……? 滅茶苦茶?」

「僕だって、最初から強かったわけじゃない。弱さを克服して、強みを伸ばして、それをひたすら繰り返す。どんな時も、意地になって勝ちを掴みに行く。それでも勝てないなら、何が何でも生き残る。自分の血で喉を潤してでも」


 そして、何より。僕は彼女に伝えたいことが一つだけある。


「自分が弱いと認める勇気、負けを認めて、逃げる勇気、その上で、強さを求める勇気。僕たち全員にそれはある。だから、強くなれる」


 柄にもない説教だ。だが、この際だ、言ってしまおう。


「焦るなとは言わない。ただ、なんだ……諦めることだけは、やめろ。諦めて、何もかもを捨てようとするな。捨てたら、負けなんだ」


 捨てなかったから、僕は……。


「捨てなかったから、僕は、後悔を、拾えたんだ。取り返せたんだ」

「……何が言いたいんだよ」

「何がって……だから……」

「今のあたしが弱いのは、変わらないんだ! あたしの強みなんて、この隊には、十分すぎるくらい、あるだろうがっ!」


 ……そうか、そういうことか。


「お前、自分がいらないとか、思ってんのかよ」

「事実だろうが! あたしの居場所なんて、どこにあるんだよ! あたしは、彩芽センパイのように、指示を出しながら援護なんてできない。有希センパイのように、タイチョーの動きに合わせてサポートなんてできない。タイチョーみたいに、その上で全員を守りながら戦えない……美鈴みたいに、視野を広く持って、隙間を縫うように器用に戦えない。あたしには、パワーしかないんだ。でも、そんなの、いらないんだよ」


 冷静に、冷たい判断を下すなら、その通りだ。通常の眷属に美沙都の火力はオーバーキル過ぎる。しかも、僕の方が効率的に複数体をほぼ同時に倒せる。

 複数体を同時に相手するなら、うちの隊で僕を除くなら美鈴が一番上手い。有希は経験でカバーしているが、守りが疎かな部分が目立つ。逆に彩芽は、エレメント解放で補えるようになったが、それを抜きにしたら、どうしても攻撃よりも防御寄りになる。

 その点、美沙都は。


「あたしは、誰かに時間を稼いでもらわないと、誰かに守ってもらって、ちゃんと溜めないと、あたしはあたしがいる意味を、発揮できない。……守られてるのは、あたしの方だったんだよ。なぁ、隊長、荷物少ない方が、楽だろ」


 ……全く、こいつは。


「お前程度で僕の足を引っ張れるとは、随分と思い上がったことを言うな」

「気休めなんていらねぇよ」

「僕に約束を破れと言うのか?」

「あたしが損するだけだろ」

「知らん。ここは軍だ。軍では上官の命令は絶対だ。そして、軍とは組織だ。組織では、約束事は絶対だ」


 美沙都は首を横に振る。


「あたしに優しくすんな。あたしはもう、良いんだよ! いらないだろ、いなくても良いだろ。必要無いだろ。邪魔者が自分からいなくなるんだから、ほっといてくれよ」


 そのままガタンと椅子を倒しながら立つとそのまま食堂を出て行く。変に、注目を浴びるだけになってしまった。

 とりあえず落ち着こうかとすっかり冷めたコーヒーを一口飲むと、ポンと肩に手が置かれた。


「まぁ、遥君、どんまい」


 首だけ振り返ると、困ったような笑みを浮かべた有希がいた。


「……僕は、強いだけなのかもな。本当」

「遥君は確かに口下手で、一言多いか言葉足らずかのどっちかだけどさ、強いから頼られてるとか、強いから多めに見られてるとか、そういう部分があるのは確かだけどさ」

「待て、滅茶苦茶非難されて無いか、僕」

「まぁまぁ。まぁ、あれだよ。遥君。それでもね、気持ちは、伝わるんだ。遥君、真っ直ぐだもん。言葉がひねくれてても、それでも、伝わってくるものが、いつだってある。わたしは、そんなところに惹かれたんだから」

「そう、か」

「だからまぁ今は」


 僕の前に、トレイに乗ったランチ定食を置いて、有希も同じものを持って隣に座

る。パンと焼いたお肉と、ちょっとした野菜だけだけど。


「今は、お昼ごはん食べよ」

「……そうだな」

 



 「美沙都」


 食堂を出たところで、後ろから声をかけられた。振り返らなくてもわかる。妹の声なんて、ずっと聞いて来た。


「なんだよ、美鈴」


 どうせ、タイチョーに謝って来いとか、変な慰めか、どっちかだろう。不器用な癖

に、気を使うことだけはしようとするんだ。


「……決闘、しよう」


 そう高を括っていたあたしに耳に届いたのは、予想外のもの。思わず、片頬が吊り上がった。


「今のあたしになら、勝てるってか」

「美沙都が勝ったら、好きにすれば良い。美鈴が勝ったら、言う事、一つ聞いて」


 振り返ったあたしは、驚くことになる。

 ……美鈴、本気、なんだ。

 そうなんだ。

 どうしてだろう。闘争心が、腐り朽ち始めていた心に、火が点いたのを感じる。


「……後悔、させてやるよ」


 欧州から船が届くまでには治る程度の怪我、させてやるよ。

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