第44話 力を求める出会い。

 空を、風の刃を飛ばしながら飛ぶ空戦型眷属、陸を火柱上げながら駆ける陸戦型眷属。


「落ち着いて、攻撃の気配を感じて。そうすれば、ほら」


 姉貴にはそれら全てが、攻撃の方から避けていくかのように、当たらない。


「これくらいできるようになれば、まっ、俺と同等と言えるかな。攻撃を飛ばすことができるようになったんだ。すぐできるようになるよ」


 ようやく攻撃の気配って奴がわかるようになり。斬撃を飛ばして眷属を足止めするということができるようになった頃。

 僕よりも頭二つ高い背丈、歳は十八と聞いている。十二の頃に、東京地区を出て、理想郷を探しているらしい。


「エレメント解放だって、すぐさ」


 真っ白な剣。姉貴に言わせれば、雪よりも白い剣を一閃。切った所から噴き出した血が凍り、その氷がさらに別の部位を斬りつける。殺意は鋭く冷たき氷の如く。

 自分の剣を見る。姉貴に言わせれば黒曜石よりも黒い剣。これを作り上げること自体は苦労しなかった。

 戦う意思で心を束ねる。そんなこと、ずっとやって来たことだったから。

 去年のことだ、物資の補給のために東京地区に帰って来た彼女に拾われたのは。

 必要な物は殴って奪う毎日を送っていた。親が詐欺で捕まり、僕はすぐに逃げて、それから野宿の毎日。

 いつものように、必要な物を奪うために襲ったのが、この女だった。そして返り討ちにされた。

 後ろから殴り掛かった所で、気がつけば僕は、後ろを取られていた。その時点ですぐに逃げる判断をして走り出したのだが。

 気がつけば、僕は地面に頭を擦ることになった。


「軍にでも突き出すのか?」

「考え中……君、女の子?」

「ちがう」

「ふーん。まぁ、どっちでも良いけどさ。さて、選びなよ。軍に突き出されるのと、俺と壁の外を旅するの、どっちが良い?」


 軍に捕まれば、どっかの生産地区で一日中働かされるだろう。

 どっちがマシだ。

 この女から逃げ切るのは不可能だ。しっかりと関節を極められて抜けられそうにない。例え逃げられても、足の速さの違いはさっき見せつけられた。


「僕はお前を襲撃しようとした」

「だから? 俺の方が強いもん。一人旅にも飽きて来たし、良い縁かなって。それに……うん、やっぱり、良い目をしてる。君、間違いなく才能がある」

「なんのだ」

「この世界を変えるための力。心成兵器の」

「この世界を、変える……?」


 明日があるかもわからない世界を変えられる、そんな力があるのなら。そしてこいつが、そのために動いていると言うのなら。

 いや、馬鹿を言うな、なぜ信じようとしている。初対面の得体の知れない女を、どうして信じかけている。

 いや。でも、どうしてだろう。

 この人の言葉は本気で、本当だと、そう思わされる、不思議な感覚だ。


「試してみる? さぁ、俺の言う通りにやってみてよ。戦う意思で心を束ねて、そして、掴んで、君の中にある強さを、弱さを。ふふっ、弱さも必要だよ。それを含めて、君の全部だ。君の全てを込めて初めて、刃が抜き放たれる」


 戦う意思……僕は……。

 僕は、何のために今まで戦っていた? 生きるためだ。生きる、ためか。

 もし、世界を変えられるのなら。今日の生を、明日の朝をただ必死に手繰り寄せるためだけの日々を、変えられるというのであれば。

 その力が、あるというのであれば。


「僕は、その力が、欲しい」


 僕の全霊で掴める可能性があるというのであれば、応えろ。

 力があれば世界を変えられるというのであれば、僕は。


「ふん、良いじゃないか」


 唐突にみなぎった力、跳ね上がるように起き上がり、距離を取った僕を見て、ニヒルに笑って見せる。その手にはいつの間に、白い剣が握られていた。

 手の中に現れた黒い剣。僕はそれを構える。


「三つ目の選択肢だ。ここであんたを倒して、逃げる」

「それは無いよ」


 咄嗟に頭の上に構えた剣。振り下ろされると思っていた攻撃は、来なかった。代わりに横っ腹に打ち込まれた攻撃。空気が、内臓が、吹っ飛ぶ身体と共に引っ掻き回される。


「くそっ」


 ニヤニヤと剣を肩に担ぎ、クイっと人差し指で来るなら来いと。


「うおおぉおお!」


 剣を握ったのも、振ったのも初めてだけど、使い方はどうしてかわかった。

 姿勢を低く、まずは足を狙う。


「うんうん。良い判断。まずは動きを止めることを考える。わかってても当たり前の判断ができなくなるのが実戦だからね」

「余裕ぶって講釈垂れられるのはいつまでかなっ!」


 取った。完璧に後ろを。 

 肩口に振り下ろした剣が、奴に届くことは無かった。


「ついてくるなら、君は、俺が強くしてやるよ」


 気がつけば僕は膝を突いて、首筋に剣が添えられていた。


「どうする?」


 投げかけられた言葉、僕の言葉は、もう決まっていた。


「あんたの旅、付き合ってやる」

「うん。よろしい。あっ、あんた、じゃなくて、お姉ちゃんと呼びなさい」

「……姉貴」

「ふん、まぁ、今はそれで良い」


 そして姉貴は、灰色の空に輝く太陽より、眩しく笑った。

 浅い考えで言い放った結論を後悔するのは、それからすぐのことだ。




 ……しまった。居眠りしてた。えっと……。

 美鈴と美沙都が決闘をするって話だったな。

 臨海地区の訓練場、何もないコンクリートの壁に囲まれた広い無機質な部屋だ。


「許可しません。副官として。怪我したらどうするんですか!」


 真っ先に反対したのは彩芽だ。続いて有希も。


「その戦いに、意味はあるの? 答えられないのなら、わたしも反対する」


 そう言って、視線を僕に向けた。ため息を一つ。


「どうなんだ? 有希の質問に、答えられるか?」

「意味なんて、ありません」


 そう言ったのは、美鈴だ。


「ただの、姉妹喧嘩です」

「あぁ。許可なんて、最初から求めてないぜ。ただ、邪魔立てするな、そう言いたいだけだ」

「処罰も、覚悟してる」


 どうすべきだろうか、隊長として。

 まともに考えるなら、止めるべきだ。だが。


「良いだろう。許可する」

「遥君!」

「先輩、なにを!」


 当然二人とも慌てつつも咎めるような声を上げる。


「許可をするが、条件を付けさせろ。これを守るなら邪魔立てしない。気が済むまでやれば良い。条件は三つだ。殺すな。怪我もなるべく避けろ。ここにいる全員で、神魚との決戦を迎えることだ」


 美鈴も美沙都も頷く。


「ありがとう。隊長」

「サンキュー。タイチョー」


 頼んだぞ、美鈴。

 僕にできなかったこと、押し付ける形になるが……だが、きっと、美鈴なら。

 部屋の中央、二人が心成兵器を構える。


「危ないと判断した時点で止める。良いな」

「了解」

「リョーカイ」


 輝く赤、片刃の両手剣。

 深い銀。質量で攻撃すると主張する四角型の大槌。

 それぞれが構えたのを確認して。二人の視線が僕に向いた。ゆっくりと手を上げて、息を吸う。


「いざ、尋常に。はじめっ」

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