第41話 神魚の狙い。

 祖父を失ってから、二人だった、

 二人で、戦ってきた。この、くそったれな世界で。

 あたしと美鈴は、二人なら、どんな敵とだって、戦える気がしていた。美鈴がチャンスを作って、あたしがそれを確実に掴む。


「なのに」


 隊員に向かって行く眷属。割って入って斬り捨てる。

 ……美鈴は、確実に強くなっている。あたしより、エネルギーの扱いが、どんどん上手くなっている。

 目に見えている事実以上に、感じている。


「あたし、いらないじゃん。もう」


 タイチョーはともかく、有希センパイや彩芽センパイも置いておいて、美鈴にすら必要無くなるというなら。


「本当に、あたし、いらないじゃん」


 シャワーも浴びずに寝こけている妹のデコに指を弾いた。


「なに?」

「シャワーくらい、浴びなよ」

「……ん」


 ふらふらと浴室に入っていく小柄な妹。百五十もいかない身長。


「キ゚ッ」


 机を殴った音は、シャワーの音に紛れた。




 白い海、停泊している軍艦をちらりと見上げ、それから、さっき見つけた小型の船に目を向けた。


「よし、行くか」

「どこに行くのですか?」


 早朝、港にて準備を整えた僕を呼び止めたのは彩芽だった。


「ちょっとな。有希は?」

「作戦司令本部室に行きました。先輩は、どこに行くのですか?」

「……ちょっとな」

「さっきからそれしか言わないですね」


 彩芽の目は、僕の手にある端末に目を向けられた。


「単独で調査任務を独断専行ですか? モバイルレーダー端末でも神魚の反応なら拾える可能性は高いですもんね」

「向こうのテリトリーに潜らなきゃ、奴を引きずり出すヒント、掴めないと思う」

「悪い癖、出てますよ。誰にも言わずに独断専行とか」

「……そうだな。一応、観月には言って来たけどな」


 かなり昔の夢を見て、調子が狂ってたみたいだ。

 だが、あの夢を見たからこうして僕は今、ここで行動を起こそうとしている。、


「そうですか。……きっと、先輩なら上手くやるでしょう。でも、その過信は危ないと思うので、一緒に行きます」


 そう言って彩芽は無線で連絡を始めて、それから少しして。


「……折角できた彼女さんには悪いですが、今回は、先輩のことが大好きな後輩が同行します。では、行きましょう」


 そう言って船に乗り込んだ。




 「しかしながら、空母のレーダーですら検知できなかった眷属を、どのように見つけるおつもりですか?」


 船の操作は彩芽に任せ、僕は周辺の警戒をしている。バンドル・センスがあれば、海中の眷属の動きも近い範囲は結構わかる。御門も多分、昨日はレーダーよりもこっちの方を頼りに海中の眷属を攻撃していた筈だ。


「そもそも、海中にレーダーの電波は殆ど届かないからな。かつては潜水艦なんて兵器が作られたくらいだ」


 海上レーダーだって、そもそも空戦型眷属の接近を探知するために設置されたのがそもそもの大きな目的だ。神人大戦初期は、海に出なければ遭遇しない水棲型眷属は後回しにされ、目先の脅威は陸戦型と空戦型だとされていた。


「この辺の海は深いところで水深千メートルは行く。もし、神魚の分身がさっき言った潜水艦のように海底の方が近いみたいな深度で来たというなら、湾内に入ってようやく探知できたというのも納得だ」

「……先輩って変な知識ありますよね」

「教えてくれた奴がいてな。観月に言ったら、同じことを考えたらしくてな、今日の掃討任務に駆逐艦を出すように提案して、同乗するつもりらしい。今頃、過去の資料を漁って、ソナーの見方を頭に叩き込んでるだろうよ」


 本部からの船が到着すれば、対潜戦の知識もある船乗りも来るだろう。向こうは陸や空からの脅威で手一杯だった東京支部と違い、海の眷属とも戦っている奴は結構いるから。


「……そうなると、昨日の仮説はほぼ否定ですかね」

「いや、正直、分身が神魚の血が材料という説は、あると思っている。水棲型眷属が浄化された海に近づこうとしないことは確かで、それに対する理由としては納得がいくからな」


 空の龍は覇者として君臨し。陸の獣は王として他を従え、海は母として他を守ると言ったところか。


「だから、仮説が本当かどうかを確かめに行くんだ。よし、とりあえず、ここだ」

「ここで、何をするのですか?」

「本体を、引きずり出す」

「えっ」

「まずはこの辺一帯の眷属を叩きのめす。そして、神魚の分身も来た分は倒す」


 白井室長の説が正しければ、眷属が急に大量に倒されれば、神魚は分身を送り込んでくる。

 どうしてか昨日は空母を無視したが。


「……なぜだ……ん? 来るぞ!」


 心成兵器を出す。冷気を海に向けて放つ。即席の氷の地面、厚めに作ってはいるが、どれくらい持つか。極圏じゃないんだ。すぐに崩壊する。


「……やっぱり、先輩は凄い」


 心成兵器を出さなくても、素手でも、ある程度の感情のエネルギーを扱えるのか。恐ろしい人だ。


「先輩は、凄い人です。全てが終わった後もきっと、立派に生きていくでしょう」

「何の話だ。というか、言ってる場合か」

「わかってます、よっと!」


 彩芽が放った雷撃はちゃんと神魚の分身に衝突した。


「どうしますか?」

「こいつは倒す。そして撤退だ。……観月、緊急事態だ」


 流石に、予想外だ。こんなの。なんでいきなり本命が来てんだよ。


『あぁ、こちらでも観測した。討伐後迅速に帰投せよ』


 雷撃は当たったけど、直撃というわけでも無いらしい。水中を悠然と泳ぐ影が見える。


「……飛び込まねぇから安心しろ」

「はい。それは素晴らしいことです」


 無茶はできない。この船は簡単にひっくり返る。


「予定と違うんだが」


 氷の陸は既に割れている。


『レーダーに感あり、水棲型眷属接近』


 レーダーで探知できる程度の深さにいる眷属。間違いなく狙いはこの船。


「それは、ありがたいな」

「えっ?」


 斬撃を飛ばす。位置はわかっている。四体。

 一撃で仕留められた眷属が腹を見せて浮き上がる。


「……そこだ!」


 眷属の死体、氷の踏み台を移動し、神魚の真上を取る。

 エレメントでは攻撃しない。エネルギーを絞り、一点を狙い撃つイメージで。

 改めて基本を意識すると、何だろう、気持ちよく斬撃を放てた。膨大なエネルギーに任せた一撃ではない、丁寧に放たれた必殺の刃は、神魚の分身の首を飛ばした。うん、やはりこれも分身だ。


「先輩、船は旋回しました」

「よし、急ぐぞ」

『いや、待て。……神魚の分身と同様の反応……数、五。くそっ。急に湾内に……四季』

「わかっている。空母の出港準備を急がせろ。やるぞ、彩芽」

「了解です。張り切らせてもらいますよ」


 笑みを浮かべ頷いた彩芽は、槍を構え、操縦室の天井の上に立つ。

 何なんだ、これ。まるで、僕たちを狙っているような……いや、そうなのか。そういう事なのか。いや、今は置いておこう。


「フェンリル1 エンゲージ」

「フェンリル2、エンゲージ」


 近づいてきたところに容赦なく一撃。……一体目。一体一体柔らかいからまだ楽だ。だが。

 彩芽の雷撃が迸り、二体目の分身を仕留める。


「チッ」


 放った斬撃と、吐き出された水が衝突する。……今のが船に当たっていたら、恐らく穴が空いて浸水して沈没だ。


『頼んだぞ……待て、なんだ、この船……望未君! 何をやっているんだ!』

『待ってて、遙君。あやめちゃん』

『隊長、すぐに行きます』

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