第40話 それぞれの夜。

 作戦司令本部の部屋に入って最初に目に入ったのは、一番奥の壁に巨大な画面。そこには、神魚が出現した瞬間のレーダーの画面が移されていた。

 中には六人、さっきの戦闘データを解析しているもの。現在の状況を監視しているもの。空母から送信されたデータを振り返っているもの。消えた神魚の反応を追っている者。とりあえず、忙しそうだ。

 入り口から一番近い机、そこから、奥の壁の画面を睨みつけている女性が一人。


「来たか」


 振り返りながら、そう言って立ち上がったのは、長身の、僕と同じくらいの背の女性だ。


「白井臨海地区管制室室長兼、作戦司令本部司令官。階級は大佐。よろしく頼む。先程はご苦労。無茶振りだと思ったが、流石だな」

「無茶振りだとは思ったんですね」

「あぁ。だが、それ以外に手は無かった。そして貴官らが応えてくれたから、この臨海地区はまだ生きている。さて、四季大佐、望未中佐、更科中尉、貴官らは、あの神魚をどう考える」


 ……正直、確証はない。だが。


「僕は、神魚の分身と考えます」

「先輩もそう考えますか。槍を突き刺した時、やけに中身がスカスカだなと、私も感じました」

「あぁ。全身斬り刻んだ時、刃の通りがやけに良かったからな。この程度なら、ちょっと強い眷属に紛れて、ついでに倒していてもおかしくはない」


 有希はピンと来ていないようだが、彩芽は僕から言葉を引き継ぐ。


「あれは神魚の分身。自律戦闘をし、分身の維持に困難になる程のダメージを蓄積した際、エレメントによる攻撃を反射……というのは相応しくないですね、蓄積したダメージを放出した上で消滅する存在だと考えます」

「……空母のレーダーで捉えられなかったのも、神魚が遠隔で分身を作ったのなら、説明がつく」


 美鈴が。ぽつりと言う。


「白い海は、神魚の血による汚染。血を材料として、分身を作ってると、考えるべき」


 美鈴の予測は、頷けるもの。だがそれは、素直に肯定するには、恐ろしいものだ。


「そこら中に、神魚の分身になり得る奴がいるってことかよ」

「いや、そうとも言えまい。この能力なら、対策は可能だ。問題は神魚の本体を戦場まで引きずり出せるかどうか、だ」


 白井室長はそう言ってレーダーを睨みつける。


「美鈴准尉の考察が正しいと仮定すれば、浄化した海に引きずり出せれば良いのだろう。いや、美鈴准尉の話はなる程と頷かされるものだ。そして、ふっ、気づきは連鎖するものだな……神魚は恐らく、縄張り意識と仲間意識が強い個体と考えるべきだろう」

「どういうこと、ですか」


 考えをまとめるように、白井室長は呻く。それから少しして、ゆっくりと口を開いた。


「神魚の出現は二回。どちらも、大規模に水棲型眷属が狩られている地点に現れている。今のところの共通点だ。そして、美鈴准尉の考察を肯定する部分として、浄化された海に水棲型眷属が近づかないところがあげられる。ようは、神魚の庇護下から離れるということだ、浄化された海に進むことは」


「それがわかったうえで、どうするんですか?」


 有希の問い。そう。それだ。その課題を突破できない限り、現状、神魚は、僕らの前に姿を現してない。延々と、奴の分身を倒し続けるだけになる。


「……今考える」


 そして白井室長は椅子に座り直し、頭を抱えた。

 すると、戦闘データを解析していた男が立ち上がり、こっちに歩いてくる。


「やぁ、君たち。こうなった白井室長はしばらく動かないから、今日はもう戻って良いよ」

「観月、こっちに来たのか」

「優秀な人材は少しずつこちらに集めている。こっちでもよろしく頼むよ」


 相変わらずのボサボサ頭で、気だるげな笑みを浮かべて、だが確かに観月は、かなりのベテランだ。決戦に呼ばれるのも納得だ。


「それじゃあ、今日はゆっくり休んでくれ」

「あぁ。それじゃあ」


 そして僕たちは部屋を出た。




 「……美沙都、何があったの?」

「美鈴……」


 前線宿舎の同じ部屋、双子だから。美鈴たちは、ずっと一緒にいた。ずっと。


「調子、悪いの?」

「美鈴は、気にしなくて良いよ」


 制服をポイポイと脱ぎ捨て、さっさとシャワーを浴びに行ってしまう。


「美沙都」

「なにっ!」

「何を、イライラしてるの?」

「してないっ!」


 ここは、退こう。そう判断して、そっと部屋の奥のベッドに身を投げ出した。



 「四季先輩と、何かあったのですか?」

「……うん、あった」


 あやめちゃんと相部屋、シャワーから上がると、まだ制服からも着替えず、窓際の椅子に座って、ぼんやりとした目を、こちらに向けて来た。


「お願いが、あるんですよ」

「なに?」

「いざという時、私が、囮になるのを止めないで欲しいのです」

「あ、あやめちゃんは、なにを考えてるの?」


 あやめちゃんはぼんやりと視線を窓の外、海の方に向ける。


「いざという時です。本当に。四季先輩と同じ覚悟を、背負っておくべきだと、副官として思いました」

「本当に、それだけ?」

「はい、それだけです」


 瞬きした次の瞬間には消えてしまいそうな笑み。言葉以上に重い覚悟を感じた。


「じゃあ、あやめちゃん」

「なんですか?」

「同じこと、きみに、お願いしておくよ」


 ぱちりと瞬き一つ。ちゃんと目の前に、いる。そのことに、そんな当たり前のことに少し安堵して。

 そして、一つ確信する。


「あやめちゃん。変なこと言っても良いかな」

「? どうぞ」

「わたしさ、今のあやめちゃん、信じられない、かな」

「……理由、聞いても良いですか?」

「……自分の命を捨てる人の目をしている」


 子どもの頃、母親だった人の隣で、散々見て来た人の目。

 今ある自分の命を諦め、あるかもわからない死後の世界、来世に希望を期待する人の目。


「死ぬことに希望なんて、無いよ」

「わかって、ますよ」


 本当、この先輩。肝心な時ばかり、鋭い。


「君がいなくなったら、遥君はきっと、立ち直れないから」


 そこまで大事に思ってくれるなら、うれしいですけどね。


「そうですね、気をつけます」




 黒い大地、灰色の空。どこまでも広がっている。耳を澄ませば眷属の呻き声が聞こ

える。


「はぁ、はぁ、終わりか……?」


 思わず膝を突いて、周囲に横たわる眷属の死体を見渡した。そして最後に、二十は一人で屠った長身の、短い髪の女に目が留まる。

 白い剣を肩に担いで、周囲を見渡している。新手が無いのを確信し、向き直った。


「ハルカ、動き、大分マシになったじゃん」

「そうかよ」

「ひひっ。お姉ちゃんは嬉しいぞ。バンドル・センスは完璧だね。あとは、エネルギーをもっと細く鋭く絞れれば、もっと一点を狙い撃つイメージで」

「あぁ。やってみるよ」

「一人が放てるエネルギーなんて、高が知れてる。どれくらい効率的に運用できるか、だぜ」


 頷く。神域のど真ん中で生き残れるのは、姉貴が戦い方を教えてくれたから。痛いほどわかっていることだ。


「素直だね。ハルカは。……あとはエレメント解放、だね」

「純度の高い感情、か」

「うん。真っ直ぐな思い、抱けると良いね。お姉ちゃん大好きーとか」

「はっ」

「アッハッハッハ、やっぱり素直じゃないな」

 



 ……目が覚めた。

 ……姉貴。

 ……僕は、ちゃんと生きてるよ。あんたのおかげで。

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