第39話 戦いの先の未来の話。

 空母が帰って来た。こうして見ると、デカいな。続々と人が降りてくる。船一つ動かすのだけでも、相当数の人がいる。三百人くらいか。艦載機があればもっと乗っていたのだろう。


「あっ、美鈴ちゃんだ」


 彩芽の声に目を向けると、美鈴が何やら三人の男に囲まれて降りて来た。


「美鈴准尉、普段はどのような訓練を?」

「ひたすら座禅」


 周りの隊員からの質問に淡々と答えていく。


「本当に今日はありがとうございました」

「気にしなくて良い。助けるのは当然。美鈴は成功させただけ」


 順調に強くなってるな。何かを掴んだのか。


「流石勲章持ち部隊、フェンリル遊撃隊だ」

「隊長が強いのが九割」


 それはそうだが、残り一割がかなり重要なんだ、単純な割合で測れるものではない。


「美鈴、美沙都。調子はどうだ」

「隊長。お疲れ様です」

「……タイチョー。おっす」

「? おう」


 なんだ? 単純に疲れているわけではなさそうだ。

 ちらりと美鈴を見るが、首を横に振る。美鈴がわからないとなると。直接探りを入れるしかなさそうだ。


「これから、臨海地区の作戦司令本部に行くことになっています。お二人はすぐに大丈夫ですか?」

「了解」

「リョーカイ」

 


 


 「何か御用ですか。お父様」


 東京地区中央街、所謂、富裕層が住むところ。その中心。

 これから四季先輩と有希先輩と会って、臨海地区に行こうという時に、使いを寄こしてわざわざ私を呼び出してきた。

 食堂の一番奥、長テーブルの上座に座るのは、更科家現当主。更科英司。十六の娘を持つとは思えない、若々しい、一見すれば二十代後半の、鋭い目をした男だ。短く切りそろえられた黒髪を後ろに流すように固めている。


「彩芽、随分活躍したようだな」

「本題に入ってください。これから臨海地区に行く任務があります。人類の存亡を賭けた決戦が行われます。いくらお父様といえ、これを邪魔する意味、わかりますよね?」

「当然、邪魔立てなどするつもりはない。倒せるのであれば、好都合だ。そしてこれからする話は、その後の話だ」


 その後の……神魚の討伐に成功した後の、話?


「お前が今所属している部隊、フェンリル遊撃隊、だったか? その隊長、四季遥のことだ」


 遥先輩の、こと。


「神魚を討伐した後、奴を殺せ」

「……何を言っているのですか?」

「お前がやらぬのであれば、他の者にやらせるだけだ。が、お前が望ましい。外部の人間は勝手に動いて都合が悪いことがわかったからな。全く。防衛宿舎への襲撃だと、愚かな狂信者共が……」


 外部の人間……? この人が、銃を供与したのか……。

 関係の無いところで潰し合わせたかったとか、そんなところか。


「チッ……」


 だが、私が訴えたところで、HDFでは簡単に手出しは出来ない。防護壁や迎撃砲の建造、維持、メンテナンスのための資金は更科家からの多額の寄付によって賄われている。

 欧州本部にも顔が効く。多少無茶な資材提供も、この男を通せば話がスムーズに進む。

 日本支部東京地区にて、この男に逆らえるのは、それこそ、四季先輩くらいだ。

 神域を取り返すことを諦め、狭い生存圏の維持、発展に注力すべきと主張する、保守派筆頭である更科家。

 参謀本部の強硬派が神龍の討伐を熱望し、作戦を押し通し、四季先輩がそれを成功させるという偉業を成し遂げるまで、この男が最も発言力を持っていた。

 そう、先輩の偉業は、強硬派にとっては朗報以上に朗報なのだ。上の方でもパワーバランスが変わろうとしてしまうくらいに。ただ、変わろうとしているだけだ。変わりきれていない。

 それは、更科家の持っている力と伴う責任の規模が大きすぎて、その枠に座るに値する者、対等な対抗馬が現在いないだけだ。

 逆に言えば、今、更科家が保有する権力を握るに値する、扱いきれる存在が現れる時、それが、更科家の没落の時。

 だから、この父親は、四季先輩を恐れる。しかし、それは強硬派も同じことだ。

 扱いきれない、抱え込み切れない強すぎる力は、権力闘争においてどちら側にとっても爆弾でしかない。

 だから四季先輩は、利用できる利用できないの領域を超えて、強すぎる。ゲーム盤の駒に納まりきれない。盤そのものをひっくり返してしまえる。

 四季遥が権力を欲する時を、その時どう動くかを恐れている。


「無理ですよ。四季先輩を殺すのなんて、不可能です」

「だが、殺さねばならん」

「なぜですか。それこそ、お父様のように上に立とう、権力を持とう。そんな欲とは無縁な人ですよ」


 そう言ってみるが、呆れたように鼻で笑い、首を横に振り、父は葡萄ジュースの入ったワイングラスを片手に立ちあがる。


「できることなら、心成兵器使いは皆、と言いたいが、そうはいかなくなった。お前がHDFに志願し、功績を、誰もが認める功績に大きく貢献したからだ。故に、お前を旗印にすれば、心成兵器使いをある程度はコントロールできるだろう。だがそれは、四季遥の存在が無くなることで初めて成立することだ。強すぎる力程、わかりやすい象徴は無い」


 この男……。

 神たる脅威が無くなった後の世界で、この男は……。

 理屈はわかる。取り上げることのできない、自由にどこでも取り出せる武器を、所持を資格化できない強力な武器を、心成兵器使いは常に持っている。先輩や御門少佐のように、一個大隊を一方的に殲滅できる力を持つ者もいる。

 それは、平和に慣れた世界では、恐怖の対象にしか、ならない。


「わかっているだろう、お前も。何のためにお前に教育を施してきたと思っている」

「頼んだことなんて、ありませんけどね」

「心成兵器を抑える技術が完成するまで、お前が心成兵器使いを統率し、管理するのだ」


 許されるなら、この男の心臓を、槍で貫きたい。

 だけど、それをすれば、この男の主張する理論肯定する事態を起こすことになる。

 ……何とかしなきゃ。家を出よう。そう思っていた。けれどこうなった以上。


「もう少し、隊長のことを探ってみます」

「頼むぞ。下がっても良い」

「チッ」


 何とかしなきゃ。どうすれば良いんだ。

 先輩と有希先輩が並んでカフェテリアに現れて。やけに二人の距離が近いことに気づいて。

 ……頑張って戦った人たちが、幸せになれない平和な未来なんて、いらない。


「……私が、守らなきゃ」


 臨海地区。白い海。漂白された海。青を取り戻す。その先の未来を見据えてる。そういう意味で、父親は正しい。

 私はただその方向が、気に入らないだけ。


「彩芽? どうした、作戦司令本部行くんだろ」

「……そうですね。行きましょう」


 まずは勝つ。勝って、それから。それから……。


「ううん。今は、戦いに集中しなきゃ」


 勝たなきゃ、その先なんて、無いんだから。

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