第38話 それは前哨戦のような何か。

臨海地区。欧州本部の海だ感じた、潮の匂いって奴はしなかった。


「空母は出た後、作戦司令本部も焦ってますね。御門少佐が到着した時点で出しましたか」


 私たちの到着くらい、待てないものですかね。と彩芽は小さく呟く。

 海の上とはいえ、御門がいれば万が一ってことも無いとは思うが。僕のエレメント解放よりずっと使い勝手が良い。そしてその使い勝手の良さは、あいつの判断力によって最大限引き出される。

 御門と同じ戦場に立つなら、指揮は御門に任せた方が良いくらいだ。僕は大人しく防衛大隊大隊長に従う。


「仕方ありません、私たちは待機しましょう。神魚が急に来るかもしれませんから」

「そうだな」


 彩芽は仄かで儚げな笑みを浮かべた。

 どうした、とは聞けない。僕に聞く資格はないし、今する話では無い。心成兵器に影響が出るなら何かしらフォローしなければいけないが、今は僕から乱しに行くわけにはいかない。

 それよりも今は現状を。各国からの空母が来るまで、こちらから神魚には仕掛けには行かないが、……どうなることやら。先制された迎撃狙いの戦いになってしまう。


「そういえば有希先輩、バンドル・センスまで至ったんですよね。コツとかあるんですか?」

「んー。なんだろ」


 有希は困ったように笑う。


「結局のところ。自分に対する理解を深めることだと思うんだよね。自分を信じた上で、自分を信じること。エレメント解放を自在に発揮できてる彩芽ちゃんならきっと近いよ。わたしはただ、強さを求めただけだから」


 彩芽の目は、探るように有希を見つめていた。じっと、真っ直ぐに見つめていた。


「ん?」


 警報が鳴ってる。


『湾内に巨大な反応。非戦闘員はシェルターに避難してください。繰り返します。非戦闘員は至急、シェルターに避難してください』


 放送での指示。警報がさらにけたたましく鳴る。


『フェンリル遊撃隊の三人。私は臨海地区管制室室長の白井だ。到着早々悪いが、対応を頼む。空母を呼び戻すのは危険だ、君たちで対処してくれ』


 気の強そうな女性の声が無線に聞こえた。


「フェンリル1、ウィルコ。行くぞ」

「うん」

「コピー」

「……彩芽?」


 聞き慣れない了解が聞こえて思わず振り返る。


「使い方は間違ってない筈です」

「間違ってはいないな」


 まぁ良い。行こう。


「先輩が、なんかやたらカッコいい言い方したから合わせたのに……それよりも先輩は、いけるんですか?」

「あぁ。万全だ。元々反動でガタが来てただけだ。休めたからな」

 



 「了解。あの三人がいるなら大丈夫だろう。待機する。諸君、湾内に神魚と思われる反応が現れた、一旦待機だ」


 御門少佐はそう言って、こちらに視線を移す。


「交代で見張りしつつ休憩を取るぞ。美鈴准尉、休憩に入れ」

「美鈴はまだ、疲れてない……それに、神魚が現れたのなら」

「空母を悪戯に沈めるわけにはいかない。そして、貴官の働きは目を見張るものがあった。他の者にも働かせてやれ」

「……了解」

「他の者は有事の際、美沙都准尉を中心に応戦。彼女の火力を活かし、戦闘時間を最小限に抑えよ」

「了解!」


 なんとなく、美沙都の方に目を向けてしまう。

 ……戦いに問題は、無いと思うけど……なんだろう、この感じ。

 それに湾内に神魚? この辺の海の深さなら、空母のレーダーでも探知できるはず。なぜ誰も気づけなかった。

 そんなことを考えながら、仮眠室に入った。

 



 「……来たな」


 そう呟き、心成兵器を出した。


「そうだね……遥君が敵の感知とか早い理由が今ならわかるよ。これ、結構便利だ」


 有希も感じたようだ。さぁ、行こう。今回は本調子での挑戦だ。前回のようなヘマはしない。心成兵器が応えるように熱を帯びた。


「……? あれ? 先輩、今、心成兵器を出す前に……」

「構えろ!」


 ここで仕留められるなら最高に都合が良い。撃退狙いだが、討伐を諦める理由にはならない。

 落ち着いている。不思議なくらいに。それは有希も同じ。


「でもなんだろう、思ったよりも手に取るようにわかるって感じじゃないね」

「それも慣れの問題だ。慣れれば離れた敵の攻撃の出頭や狙っている方向もわかるようになる」


 水中から巨大な影。迫ってくる。


「先制攻撃します」


 彩芽の周囲にバチバチと紫電が走る。槍が掲げられ、放たれた電撃は真っ直ぐに海中へ。

 特大の水しぶきを上げて飛び上がったのは。


「間違いない、神魚だ」


 神龍を彷彿とさせる長い身体。赤く光る背びれ。ギラリと鋭い牙が口の端から覗いている。


「よし。行くぞ、有希」

「うん」


 ……なるほど。有希、僕の動きの隙を埋められる最適な位置にいる。

 まずは港に引きずり出す。


「百火氷乱……!」


 ……柔らかい。通るぞ。血を吹き出しながら神魚は海に落ちていく。炎と氷の連撃。肩に重み、有希が僕を踏み台にさらに飛び上がる。


「やぁッ!」


 有希の鎌が神魚の目を貫く。返す刃でもう片方の目も抉る。有希が離れたタイミングで、彩芽が雷を纏った槍を神魚の腹に突き刺す。


「これでっ!」


 突き刺した槍を離して彩芽が離れると同時に、槍が激しく放電し、爆発する。


「……はぁ……どうですかね」

「効いてはいる……下がれ!」


 炎と氷の斬撃、雷撃が神魚から放たれ向かってくる。

 どうにか躱すが、これは……。


「同質の攻撃。吸収して返した、とでもいうのか」


 そして神魚は、霧散して消えた。


「……なんだって言うんだ」

「倒したの、ですかね?」

「そう聞きながらわかってるんだろ」


 彩芽は小さく頷いた。神たる脅威が倒れる瞬間を二回も見ているんだ。実感しているのだろう。手応えが無いと。


「……面倒だな」


 神魚にも、面倒な力があるようだな。どう戦ったものか。

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