双子の巡礼者の終着点

第37話 臨海地区へ。

 昼頃に目が覚めた。隣で眠る有希の肩をポンポンと叩くと、重たそうに瞼を持ち上げる。


「……おはよう」

「あぁ、早速だが、行こう」

「ん」


 コクっと頷いたのを確認して。各々着替える。僕らも早いところ、臨海地区に行こう。状況は知らないが、急いだほうが良い気がする。

 少し眠って起きただけでわかる。僕もそれなりに疲れていたらしい、頭がスッキリとしている。そんな実感がある。


「大丈夫か?」

「ちょっと頭が痛いくらい」

「使って行けば慣れる」


 バンドル・センス。僕も使い始めた頃は苦労した。使うたびに頭痛い、ふらふらするとか言って、呻いていた気がする。

 恋人になって初めの朝。寝る前だって、お互い、疲れが勝って、シャワーだけ一緒に浴びてすぐに眠った。

 そんな僕たちの間の変化なんて、お互いの距離が縮まったとか、そんなくらいで。

 元々距離が近い分、これと言って何かあるわけでも無い。今こうして、有希が抱き着いてくるのだって、いつも通りなのだ。そう、いつも通り、なのだ。


「遥君」

「なんだ?」

「チュッ」

「……お、おう」


 ほっぺに押し当てられたふっくらとした感触に、クラっと来た。


「遥君、反応が可愛い」

「なんで僕は初日から彼女に手玉に取られてるんだ」

「ふふっ。嬉しい。遥君に彼女って言われた」


 ……なんというか。嬉し恥ずかしとはこういうことを言うんだなと知った。




 「四季先輩。有希先輩。おはようございます」


 支部に行くと、彩芽がカフェテリアにいると受付の人から言われたので向かった。


「……そういうことですか」


 何を察したのか、一瞬、表情を曇らせ、でもすぐに笑って見せる。手でコーヒーを勧めてきたからありがたく飲む。


「さて、早速ですが、お二人とも、臨海地区に向かいます。行けますか?」

「あぁ。そのつもりで来た」

「流石先輩。良い返事です。では早速ですが、まずは神魚の現在の状況です。現在、レーダーで探知できないことから、深海に潜んでいると予想されています」


 有希が静かに頷く。彩芽はそれを確認して続ける。


「現地では神魚との決戦に備え、周辺の水棲型眷属の掃討作戦が行われています。到着後、すぐに合流する予定です。すでに唐木美沙都、美鈴、両名が参加しています」

「……神魚を倒す算段は?」

「無くは無いです。が、確証はありません。神魚を倒すのには、いくつか問題点があります」


 彩芽の話をまとめるとこうなる。

・深海に逃げられたら手の出しようが無い。

・そもそも、深海と言わずとも、水中にいる相手に攻撃する手段が乏しい。

・海岸で戦うか船で戦うか。どちらにせよ、地形的に不利な戦いを強いられる。

 ……キツイな。

「現在、欧州本部に神人大戦初期の軍艦を引っ張り出してもらい、こちらに移動中です。日本に来るまで最低でも二十日はかかりますが。二十年以上前のものですが、整備は続けられていたのが幸いですね」

 最後に使われたのは、東京支部を確保するための作戦、日の出作戦の時か。


「日本支部には空母が一隻、駆逐艦が一隻ですね。欧州本部からは空母が五隻、駆逐艦が二隻、巡洋艦が三隻ですね。アメリカ支部ハワイ拠点からも空母が二隻、巡洋艦が三隻向かってます」


 ……当然だが、どの支部も全力だな。


「空母って、飛行機でもあるの? あっても動かせる人いるのかな……」

「飛行機は無いです。私たちの海上における陸です。船底やられたら終わりですが、戦いの舞台が無いよりはマシですから」


 なるほどと有希が頷く。


「作戦名、エヌマエリシュです」

「……メソポタミアの創世神話か」

「先輩、そういうのやけに詳しいですよね」

「……教えてくれる人が、いたと、思う」


 それよりも、だ。


「早速移動か」

「はい。行きましょう」


 それぞれ、マグカップを持ち上げる。頷き合う。コツンと音を立ててマグカップで乾杯して、飲み干した。

 



 臨海地区。フェンリル遊撃隊から美沙都と二人、防衛大隊の人達と周辺の水棲型眷属を狩る任務。

 身体全体を使って振りぬいた剣。うん、こうだ、この感じ。眷属の命を刈り取った手応え。欧州でも戦ったビッグ・サーモンに深い切り傷を刻み、海に蹴落とす。


「美沙都。まだ来る」

「わかってる」


 水柱と共に、船の人間をくらうべく、巨大な……サメ? が襲い来るがすぐに美沙都が頭を叩き潰した。

 空母の上での戦闘は、欧州本部での戦いで使った船よりもやりやすかった。正直、どちらの時も、船が沈むんじゃないかって考えると怖いが。

 一部の眷属が、船底に攻撃しようと試みているらしいが、それを防いでいるのは、先程到着した御門少佐だ。御門少佐のエレメント解放で、海底を状況に合わせて局所的に隆起させ、眷属を攻撃している、らしい。海の底の出来事なんて見えない。

 四季隊長たちよりも一足早く、御門少佐が到着したことで空母を発艦させることを選ぶことができるようになったのだ。


「う、うわぁ、あれ」

「ボーっとしない。立ち上がって武器を構える」

「は、はい! ありがとうございます」


 危ない、一人食われるところだった。

 感情のエネルギーが乏しいのなら、身体全体で、振り抜くんだ。今までもやって来たこと、けれど、それをもっと。強化された身体能力を、もっと信じる。

 最適の、もっと先へ。

 最適な位置、最適な動きで攻撃を躱しながら相手の攻撃の勢いも利用して、眷属に通じる威力を叩きだしていた。

 だけど、あの時、空の上で。

 外に向けていた認識をさらに広げて、自分の内側に向けることを知った。

 心成兵器とは、自分の心を武器として扱う。戦うのなら、自分の武器は知らなければならない。なら、心成兵器使いは自分を知らなければならない。

 認識の幅を広げて、内側を知る。そうなれば見えてくる。自分の身体の最適な使い方。自分の内側を見つめる訓練はずっとやってきていた。座禅。そして見えてくる。美鈴は、確かに、発生させられるエネルギーは少ない。

 あの時、神龍の身体を貫くための動き方が、理解できた。

 そして、同時に見つけた。

 最適な身体の使い方を理解すると同時に、自分の中に、何か、燻っているものが見えた。それが何なのか、わからない。でもそれを理解すれば、また一つ、強くなれる予感がした。

 珍しい、爆発しそうな、強い感情だ。

 また一匹、斬り捨てる。……ちょっと疲れた。


「美鈴准尉。ありがとうございます」

「気にしないで。武器構えて……美沙都?」

「……ううん。何でもない」


 どこか、暗い瞳を向けてくる。それでも向かってくる眷属はちゃんと頭をぶん殴って吹っ飛ばした。

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