第36話 戦う勇気。

 有希とあの男が戦っていた場所から、幹部の逃げた先は、そんなに離れていなかった。


「状況は?」

「あの建物に立てこもられています。無関係の建物のようで、地下への抜け道はありません。現在。中にいるのは確認されています」


 防衛隊員が遮蔽物を盾にしつつ、建物を囲んでいる。

 小さな家だ。さっきの本部として使われていた土壁の家とは違う、木の壁だ。所々、傷んだ部分もある。

 銃声と同時に剣を振った。僕を狙った発砲なのはすぐにわかった。

 飛ぶ斬撃と衝突して地面に転がったのは銃弾か。


「……という状況で、現在近づけません。大きな鞄を持っていたので、恐らく、そこに小銃と銃弾も」


 小銃を乱発してこない程度には、向こうも慎重か。


「鉄の塊抱えてお前らから逃げて、立てこもって、この状況を作るとは、意地になった人間って怖いな」


 下手に刺激すると、諦めて自害とかしかねないな。かと言って無理に突撃しても余計な怪我人を増やすだけだ。

 どうする……僕だけで突撃するか。それが手っ取り早いか。

 なぜ躊躇ったのか。それは、隣にいる有希のことが気になったからだ。


「有希なら、どうする?」

「……遥君。この建物ごと、吹っ飛ばしても良いよ」


 淡々と、はっきりと、有希はそう言った。


「いや、だめだろ」

「いいよ」

「……いや、常識的に」

「いいよ。元住人が、言ってるんだから」

「もと……?」

「それに、この辺じゃ、建物が突然壊れるなんて、よくあるし」


 有希はじっと、覚悟を込めた視線を注いだ。


「……はぁ。怒られたら始末書頼むぞ」


 剣を四振り。斬撃は、壁を、柱を切り裂く。幹部たちが斬られないように、分けて放った斬撃だ、斜めに切られた家は、滑るように崩れ、吹き抜けのような形になる。銃を構え立ち尽くす三人の幹部。一瞬の後、有希が制圧した。


「あ、あんた、有希でしょ。は、母親に、こんなこと!」


 何も言葉を返さず、なんの感情も浮かべず、有希は淡々と拘束していく。

 男二人に女一人という構成か。そしてその女というのは、有希の母親、なのか。確かに面影はある。

 有希があの時、どうして信者と殺し合うことになったのか、経緯と事情だけは聴いていた。

 あの日、四年前、眷属への生贄から幹部まで上り詰めたのか。自分の娘が組織を裏切ったというのに。この母親は。

 ……いや、こいつらの事情に考えを巡らせる暇ではない。今やるべきことは。


「御門、全員確保した」

『あぁ、思ったよりも速かったな。そっちにも人を回す。そこで待機だ』

「了解」


 無線越しに、治安維持担当班が指示を出しているのが聞こえた。


「……ん?」


 東の空が白み始める。あぁ、もうそんな時間か。

 手錠をかけられ、座らされる、この辺を実質支配していた三人。有希はそんな三人をぼんやりとした目で眺めている。


「軍人にまで身を落として! 恥知らず! あんたなんか! あんたなんか!」


 男二人は、諦めたように俯いていた。だが、有希の母親だけは、金切り声を上げて有希に向かって喚き散らす。


「あんたのせいで! どれだけ苦労したか! この!」 

「黙ってよ。わたしは、あなた達みたいに黙って滅ぶのを受け入れてくなかっただけ、恥知らずはあなた達でしょ」


 そう言うと、有希の母親は立ち上がろうとする。足枷をかけられた状態。当然転ぶが、それでも、叫ぶのを諦めない。


「あんたにはわからないわよ! あんたは、戦う力を手にした。なら、教えなさいよ。戦えない人は、戦う力の無い人は。あんたが手に持っていたそれを出せない人は、どうしたら良いのよ! 戦えなんて、戦える人の、戦う力を手に入れることができる人の理論なのよ! 諦めて、何が悪いのよ!」


 それに応える言葉を持っている奴は、誰もいなかった。

 そして、同時に思うんだ。

 神魚を倒した後の世界に、そこに、僕たちの居場所はあるのだろうか。

 流れる沈黙を破ったのは、治安維持担当班で。僕らは帰投を命じられた。


「……遥君、後で部屋、行くね」

「あぁ」

「遥君。一つだけ、あるよ。はっきりした答えが、あるんだ。母親だった人に言える答えが」


 有希の顔に、笑みが戻って来た。柔らかで、温かな、微笑み。


「戦う力が無いのは、戦うことを、選んでないから、なんだよ。……必要なのは戦うことを選ぶ、勇気」


 有希の手に、心成兵器が現れる。


「強さを欲し、走り出した人に、その動機がどうであれ。どんな形であれ、力を得ること自体は、きっとできるんだよ」


 そして、心成兵器は霧散する。


「きっとあの人達も、力を欲した。だから、入手の難しい、銃火器を手に入れられた。あの時のわたしは、わたしの気持ち、このまま終わりたくない、死にたくない、って思って、力を欲した。心が、それに応えてくれたんだ」


 地平線から、朝日が顔を覗かせ、街を照らしていく。

 本部への報告は御門が済ませるとのことで、僕らは家路に着く。

 まだ街は静かだ。その沈黙を埋めるように、有希はゆっくりと口を開く。


「……ねぇ、遥君」

「ん?」

「続き、聞かせてよ。あの時の」

「……あぁ」


 僕があの時、言おうとしたこと。

 僕は、有希が好きだ。ただ、ふと頭にちらつくのは、彩芽で。


「有希」

「ん?」


 舌が絡まる。

 迷う。

 僕は隊長として……だけど。

 有希の、覚悟を秘めた目を思い出す。有希は過去と完全に決別する、その覚悟を決め、成し遂げた。

 わかり合えなかった、それでも一つの答えを得た。

 もうすぐ、神魚。人類と神たる脅威との最後の決戦になるかもしれない、恐らく最も厳しい戦いになる。

 勝つつもりだ。……生き残るつもりだ。だけど。


「僕は、君が……」


 言え、言うんだ。

 言わなきゃ、いけないだろ。


「きみ、が……」


 伝えよう。有希に対する気持ち。


「……君が、好きだ」


 どうにか、絞り出すように、言い切った。


「……わ、わお」


 手と手を合わせ、どうしてか口元を隠して。目を逸らして。


「な、なんだよその反応」


 こっちまで、目を逸らしたくなるじゃねーか。


「えっ、あーいや。その。びっくりしただけ」

「まぁ良いけどさ。それで、まぁ、なんだ。……その、あれだ。僕は、君が好きだ。でも……」

「彩芽ちゃん?」

「あ、あぁ」


 そう言うと、有希はクスッと笑う。


「良いんじゃない? だってさ……一応の常識として男女は一対一だけど、HDF側としては人口の確保の観点から一夫多妻を推奨してるじゃん」

「そ、そうだったな」


 僕は今まで忘れていたが。


「ねっ? だから、遥君は気にしなくて良いよ」


 どこか含みのある言い方。有希は言葉を続ける。


「付き合う? ……わたしは、恋人としての関係、なりたいな。その上で、さ。彩芽ちゃんと遥君が良いと思うなら、彩芽ちゃんとも恋人に、なっちゃっても良いと思う」

「……そういうもの、か」 

「うん。だから。遥君。わたしと恋人、なろうよ」


 告白していたのは僕の筈なのに。気がつけば、有希の方から選択肢が提示されていた。

 そして、僕の答えは決まっている。


「あぁ。ありがとう。有希。……その、これから、頼む」

「うん」


 隣同士の部屋。けれど、開いた扉は一つだけだ。


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