第35話 振るった鎌のその先。

 御門は一人、新世界教の施設を占拠し、証拠の物品を漁っていた。

 紙束の資料を捲っていく。銃器はすぐに見つかった。問題はその入手ルートだ。どこから提供を受けていたのか。でなければ、どのようにして資金を調達し、厳重な審査を突破したのか。

 場合によっては、富裕層区の連中に調査の手を伸ばさなければならなくなる。

 最近きな臭い動きはある。神たる脅威への勝利が見えてくれば、その後の世界に目を向けるのも当然だ。誰が覇権を握るか。順当に考えれば、HDFの上層部だ。

 御門は一人ため息を吐く。


「……更科、あいつも大変だな」


 平和な世に英雄は不要という考え方がある。


「新世界教は、思ったよりも馬鹿だったというわけだ」


 更科彩芽。富裕層区の中でもかなりトップの方の出身ながら、HDFに親の反対を押し切って志願した奇特な少女。


「ここは俺が抑えるとして。四季が黒フードをどのくらいで仕留めるか、だな」


 幹部にはすでに追手がついてる、捕まえるのは時間の問題。面倒なのはこの先。俺の仕事ではないとはいえ、ノーダメージで済む案件ではない。

 この場の勝利は見えていても、この先の面倒事に、絡んでいる存在の大きさを考えて、ため息を吐いて。

 言われた通りに眷属を倒す時代の終わりを、憂いる日が来るとはと一人ため息を吐いた。





 立体的な高速起動。目に頼っているようでは、やられる。

 視界の端に黒い布が見えた瞬間、上から刃が降ってくる。それを鎌で受ければ次は後ろから。


「これを躱すか。なら次だ」

「はぁ、はぁ」


 強い。なんだ、この機動力。エレメント解放も、斬撃を飛ばしてくるわけでも無い。心成兵器による感情エネルギーの体内循環。それに伴う身体能力の向上。それを十全に、対人戦に特化した形での運用。


「……遥君なら」


 遥君なら、きっと、一方的な戦いで倒せる。駆け引きなんて、絶大な力量の差の前では、成立しない。今、彼に勝てる存在。そんなもの、思いつかない。四年前の時点で、遥君は彼よりもきっと強かった。

 ……いまここに居ない彼のことを考える。

 わたしは今、彼のいるステージの端っこを掴んでいる。彼の背中が、見えるんだ。

 戦闘の中で昂っているのがわかる。それは、上が見えてしまった人間の宿命。その高みにめざしたくなる。昇りたくなる。 


「はぁっ!」

「ふっ」


 振るった鎌は、彼が纏うマントの端を切り裂くに留まる。捕らえられない。

 回転の遠心力で首元を狙ってくる攻撃は下がって避ける。連撃は上から。鎌の柄で受けるがその威力で押し下げられる。

 姿勢が崩れる。振り下ろされる剣。転がって避ける。立ち上がった所への追撃。休む暇がない。ついていくのが精一杯とはこういうことか。

 でも、なんだろう。癖……ようなものを感じる。

 一撃目、鎌で受ける。受けた瞬間、鎌に感じた重みと共に、視界から消える。上か下か、横か。後ろに思い切り飛ぶ。間合いの外に逃げれば……。


「えっ」


 違う。いない。前には。


「終わりだ」

「……後ろ」


 首だけで振り返る。振り上げられた刃は、既に、振り下ろされ始めていた。やけにスローに見えた。でももう、次の瞬間には首が地に落ちているだろう。けれどその瞬間はいつまで経っても来ない。

 見えたのは。飛んできた黒よりも黒い片手剣。黒フードの男はわたしから舌打ちしながらそれを躱し離れた。


「悪い。待たせた。後は僕に任せろ」


 地面に刺さった心成兵器はすぐに霧散して、改めて遥君の手に現れた。


「ふっ、貴殿か。楽しめそうだな」


 あの男の視界からわたしが消えた。その目は、現在世界最強と言えるわたしが心から思いを寄せいている人に向けられる。

 遥君が二刀を左右に下げて歩いてくる。


「そんな暇ねーよ。刹那を楽しめるほど、心成兵器を出して感覚を鋭敏にしていても、人間はそこまでよくできてない」

「……一つ聞かせてもらおう。貴殿の性別だ」

「ちゃんと男だよ」

「……ちゃんとの定義に悩むことになりそうだ」


 剣を構えた。丁寧に心を束ねる。

 殺して良いというのなら、やりやすい。弾丸に反応できる人間はいても、僕の全力の飛ぶ斬撃……美鈴風に言う、エモーショナル・スラッシュを完璧に見切って対応できる人間なんていない。


「まって、遥君」


 どうしてかわたしは、遥君を遮る。


「なんだ、有希」

「このひとは、わたしにやらせてほしい」

「……既に大分消耗しているじゃないか。僕が来るまで遅滞戦闘を敢行で来ただけで、戦果としては十分だ」

「ちがう」


 わかった。わたしは、理解した。

 ここで遥君に任せたら。

 わたしは、遥君の横に立てない。

 ……ごめん、彩芽ちゃん。遥君の隣、やっぱりわたし、あきらめたくない。


「遥君。実は昨日の夜。起きて、全部聞いてた。嬉しかった」

「は?」


 よし。言いたいことは言った。だから。まずは。考える。

 思い出せ、さっき感じた、癖のようなもの。それに伴う、弱点を。

 立体的な動きは厄介だ。追いかけ続けるようなレベルでは、あの動きに翻弄されるだけだ。

 急制動、急旋回で視界の外に回り込み、攻撃。やってることは単純。単純故に強いんだ。

 だが、地に足がついていない人間は、不自由だ。人間は鳥ではない。飛行機でもない。そして鳥や飛行機ですら、空でも自由とは言い切れない。

 それは当たり前のこと。 じゃあ、どうすれば良い。

 ……わたしは、遥君の背中を、ずっと見てきた。

 その背中の向こうの景色が、知りたくなる。

 その隣に並び立って、一緒に、歩いていきたい。同じ景色を、見たい。


「聞いてたなら、後で、続きを伝えるよ。だから。もし危ないと判断したら、手を出す」

「ん。それで良い。ありがとう……はぁ」


 気だるげにため息を吐いて。呼吸を整え、心を整え、余分な力を抜いて。

 その瞬間、理解した。攻撃を見るんじゃない、遥君は、感じているんだ。どうしてか、どこから攻撃が来るか、わかった。

 この戦いを終えたら、間違いなくわたしは頭痛で倒れる。それだけは確信できた。頭が凄い勢いで情報を処理しているんだ。

 感情のエネルギーで鋭敏になった五感。そうだ。身体能力だけじゃない、五感も鋭くなる。それは最初に習う事、だけど、それをより意識的に、十全に。

 敵の存在そのものを感じるんだ。

 奴が動くことで変化する空気の流れを肌で感じろ。筋肉、骨の軋み、地面と足の摩擦を聞き取れ。神経を研ぎ澄ませ。最適を導き出せ。

 そしてまた理解する。遥君の戦いは、火力によるゴリ押しに見えて。やっぱり、最適解を導きだしているということ。


「……きっと美鈴ちゃんも、無意識のうちに、似たようなこと、やっているんだな」


 凄いな、あの子。あの子なら、この黒フードとも、渡り合えるんだろうな、さっきまでのわたしよりも。

 目には一瞬先の景色が。耳には奴の次の選択が。舌には奴の殺意の味が。肌には奴が次に目指す場所が。鼻には奴の次に振るう攻撃の香りが。

 感じる。向かってくる刃を。さっきまでのヤマ張り直感でも、逃げや守りに徹することで、その場しのぎにどうにかしていたのとも違う。渡り合えている。

 奴がどこから攻撃してくるのか、それをちゃんと理解したうえで、それに対する最適解を繰り出せている。


「……至ったか」


 有希の動きから見るに、間違いない。心成兵器使いの一つの極致に至った。

 神経は過敏に、しかし精神を落ち着け、頭は冷静に。

「美鈴が先に至ると思ってたんだけど。何も示さずともたどり着くなんてな」

 自分がいる戦場の全てを、数秒先の未来まで、五感で感じる。心で五感を束ね、高める。

 感情のエネルギーを全身に巡らせることで高まった五感、しかしながら流れ込む大量の情報から脳を守るために無意識にその性能をセーブする。

 そのセーフティーを外す。

 バンドル・センスと呼ばれている。脳が破壊されるかもしれない。そんな。無意識下の恐怖、それを越えた先に得られるものだ。

 有希は今、まともに戦って勝てる相手ではなくなった。僕でも模擬戦なら苦戦することになるだろう。


「くっ」


 黒フードの男の動き、徐々に迷いが出る。移動する先に置かれるように振るわれる鎌。それを躱し、攻撃どころではなくなる、辛うじて隙のように見えるものを突けても、迷いは、振るう剣をも鈍らせる。

 後ろから振り下ろされた青い剣を見もせず、身体を横にズラすことで躱し、くるりと身体を半回転させ、勢いを乗せた鎌を振るう。


「か、かはっ」


 振るった鎌は的確に、黒フードの男の腹を捕らえた。

 口から血を吐き、それから、恐る恐る。自分の腹を貫いた鎌を見る。


「ククッ、そうか……幾百の命を奪った刃。その末路、殺し損ねた女の刃に倒れることになるとは」


 鎌が抜かれ、膝から崩れ落ち、そのまま地に伏す。


「くくっ、はははっ、かはっ」


 それは断末魔なのか。

 有希は鎌に付いた血を払い、仕留めたのかを確認する。


「状況終了。これより、取り逃がした幹部を追います」

「……有希」

「行くよ、遥君。まだ、終わっていない」


 その目に、いつもの優しさは宿っていなかった。そこにあったのは、覚悟だった。


「あぁ、行こう」


 有希の決めた覚悟。今は僕が、引っ張られよう。見届けよう。その果てを。

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