第17話 神たる龍。

 あの時、僕は一人じゃなかった

 十人が、二人になった。隣にいた彼女と、頷き合って、諦めなかった。

 そして、一人になって、怒りと殺意をぶつけた。

 真上の空が、暗雲に包まれた。あの時と同じか。気温が急激に下がっていく。

 雷、風、雨。そして。

 飛びのく。神龍が吐き出した息吹きが、鋭く吐き出された空気の槍とも言えるものが、地面を抉った。飛びのいた先にさらに急降下で直接の攻撃、鋭い牙が、角が向かってくる。だが。


「百火、氷乱!」


 神龍の胴体をなぞるように、炎と氷を纏った剣で転がるように全身を斬りつける。


「……少しは通ってるな」


 呻きながらもこちらを観察するようにゆったりと飛ぶ神龍。そして、雨が雹に変わる。大粒の雹だ。

 まだ、あれをやらないか。

 そう、ここまでは、神龍の手の内が天候操作くらいならと。神龍とは言うが、大したことは無い。この調子でいけば倒せる、なんて息巻いていた。

 油断するな。あれでうちの隊は僕と有希を残して全滅したんだ。

 神龍の下を駆け抜け、神龍のブレスを回避する。そして。回避した先。大地が、溶岩を吹き出しながら割れる。

「えっ」

 尻尾を叩きつけて、大地に衝撃波を……。そんな攻撃はしてこなかったはずだ。

 避けた先、再び尻尾が降ってくる。直撃は避け、衝撃を空中で凌いでも。そこに真っ直ぐにこちらに鼻先が、ブレスの照準を合わせられたのがわかる。素早く氷の踏み台を作り、下に急降下。どうにか地上に帰還する。


『神獣の死体に急降下し、捕食したのを確認した……』


 あの時の伊吹の報告。……まさか。

 能力を継承したとでも言うのか。

 そうだというのであれば、こいつは。


「ここで、確実に殺さなければならない」


 空戦型眷属が生み出され、統率され、東京地区に攻め込まれるようなことがあれば。終わる。

 尻尾が地面に連続で叩きつけられ、衝撃波が向かってくる。


「だが、どうやって、どうやって、倒すんだ? こんなの」


 空にいるのも、地上にいるのも許されない。


「こんなの、どう戦えって言うんだよ……いや」


 諦めるな。絶望するにはまだ早い。


「なっ……!」


 この動き。天高く舞い、円を描くように飛び始める。


「くそっ」


 雲が厚くなっていく。風が、上に、身体が、持ち上げられる感覚。地面に剣を突き立てる。上昇気流はどんどん強くなる。


「くそっ」


 下手に体勢を変えれば空に身体が持っていかれ、風に身体を捕らえられ、無防備になった所を狩られる。それは、あの時も全員わかっていた。だから大地にしがみついていた。

 そう。次に来るのは。


「きたっ」


 上に持っていこうとする風が収まる一瞬。その後。大量の水と風が、大地にいるものを押しつぶさんと襲い来る。 

 前は辛うじて耐えた。だが、今回はそんな運に頼らない。風の方向が切り替わるために生じる無風の一瞬。その間に僕は走る。攻撃範囲の外に逃げる。当たり前の避け方を選ぶ。

 後ろで風と雨が大地に衝突した音が聞こえた。そして同時に大地が大きく揺れる。溶岩が噴き出た。高高度から加速して、全力で尻尾を叩きつけたのか。そんな追加いらねぇよ。 

 風に雨に溶岩に。滅茶苦茶じゃねーか。


「はぁ」


 盛り上がる地面に、中空に打ち上げられながら、吹き上げてくる溶岩に冷気をぶつけて防ぎながら、ため息。近づくことすら、できなさそうだ。


「はぁ」


 勝てないな。これ。

 着地のための姿勢制御が間に合わず。地面に叩きつけられた。久々だな、この感じ。胃袋がひっくり返されたような感じ。

 あいつら、ちゃんと逃げただろうか。有希達を回収して……。無いな。今頃、こっちに向かっているだろうな。逃げててくれないかな。

 あいつらなら、有希達を守りながら、帰れるはずだ。僕がこうして抑えている間に。

 調子に乗っていたのかもしれない。神龍、神獣の二体倒して、勝てなくはない相手と、甘く見ていたのかもしれない。

 このままじゃ、あいつらも、もしかしたら生きているかもしれない有希達も、今度こそ、確実に。 

 同じ失敗を、繰り返すのか? それだけは、嫌だ。でも。

 圧力を感じる。圧倒的なものだ。神龍のものだ。立たなきゃ。戦わなきゃ。

 でも。もう。

 発揮できるかわからない、そんな力を、求めた。

 あの時の光は、何だったのだろう。あれは、どういう感情から齎された、エレメント解放なのだろう。


「先輩!」


 あぁ、来ちゃったじゃん。

 彩芽に続いて、美鈴も、美沙都も。


「く、来るな!」


 声は出る。立とうと思えば、立てる。神龍が息を深く吸う。まだ戦える。でも、勝てる見込みが。くそっ。どうしたら良い。

 どうしたら。

 勝てないのか?

 神龍の目が、まさに今現れた彩芽たちに向く。


「やらせるか!」


 神龍の頭に全力の一振りを叩き込む。


「通っては、いる……」


 ブレスの発射を防ぐことに成功して、角が折れた。しかし、神獣の再生能力を引き継いでいるのか、すぐに生えてくる。

 傍まで来た彩芽は、神龍を一目見て、息を飲んだのが見えた。


「先輩……逃げましょう」

「こいつをここで放置するわけにはいかない。時間が経てば経つほど、倒せなくなる」


 攻撃は通っている。問題は、押し切れないこと。

 どうすれば良い。どうしたら隙が作れる。

 ……あの時。あの光を感じた時、僕は、何を感じた。

「先輩。私は、先輩を、死なせたくない」

 彩芽が叫ぶ。その声は、確かに聞こえる。風に煽られ、雨に打たれながらも。


「美鈴も。もう、逃げるだけなんて嫌だ。泣いてうずくまるだけなんて、嫌だ。だから隊長、一緒に帰りましょう」


 神龍が尻尾を地面に叩きつけ、衝撃波を飛ばしてくる。


「一か八か! うああああああ!」


 美沙都が、大槌を地面に叩きつける。放たれた衝撃と衝撃がぶつかり。


「……マジかよ」


 相殺、しやがった。


「ここで逃げたら、弱いままのあたしだ。強くするって言ったなら、付いて来いって言ったのなら、最後まで、責任取りやがれ! タイチョー!」


 美鈴の声も、美沙都の声も。はっきりと届いた。


「先輩が、私達を死なせたくないように。私は、先輩を死なせたくない!」

 だって。私は。

「先輩、私は、先輩の副官です」


 私は。預かりたい。あの時のように。


「先輩の背中を守らせてください。あの時のように」


 有希先輩に、託されたんだ。私たちは。


「先輩が今、ここで戦うと判断するのなら。私達が、先輩を支えます。だから連れて行ってください、私達の希望」

「……そうだな」


 全員で帰るって、僕は言ってしまった。なら、果たさなければな。

 だがどうする。口では何とでも言える。頭の中では何とでも思える。けれど。手段が思いつかない。

 そうこうしているうちに、神龍がゆったりと円を描くように飛び始め、風が、上を向き始める。

「マズいぞ。全員、何としても身体を持っていかれるな。合図を出したら僕と同じ方向に走れ……美鈴!」

 くそっ、美鈴が持っていかれた。


「だい! じょうぶ! です!」


 微かにそんな声が聞こえたが。


「くそっ」


 こうなったら追いかける……気流が……収まった?

 下りてくる美鈴は無事で。神龍が怒りの咆哮を上げた。


「風に乗って、向かってくる龍の目を……風とタイミングを合わせて、勢いよく正面衝突でザクっとしました」

「すげーな」


 真似できるだろうか、僕に。


「! 来るぞ!」


 上空から勢いよく尻尾の叩きつけ。


「さっきの感覚……あの龍の衝撃の放ち方……力任せじゃない。余分な、拡散してしまっている力も、もっと絞って、一点に集中できれば。だあぁあああ!」


 振り下ろされる尻尾に、美沙都は槌を振り上げて当てる。衝突した体勢のまま、一瞬のにらみ合い。相殺されたことに目を見開いた神龍は距離を取り。大きく息を吸う。

 なるほど、普段、周囲の眷属もまとめて上空に打ち上げる形で拡散してしまっている力も、一点に押し込めたのか。

 いつの間に、それ程の操作を。


「あの時、先輩の斬撃すら、打ち消して見せたあの電撃」


 私は、意識を集中する。


「あの時、私は、憧れている先輩と一緒に戦いたい。その一心だった」


 でも今は、一緒の戦場にいる。それでも先輩は、ずっと前にいる。


「私は、強くなる。先輩に、背中を任せてもらえる。そんな副官になる!」


 網のように張り巡らされた電撃が、龍の放った息吹きと衝突し、かき消した。


「……この感じ! 掴めた!」

「! エレメント解放を、ものにしやがった」


 憧憬の雷。憧れは、雷に撃たれたような衝撃から始まる。先輩の頷きに、頷きで返す。

 大きく尻尾を振って岩を飛ばしながらの薙ぎ払い。


「んっ!」


 その岩も電撃が走り撃ち落とし、尻尾は美沙都が弾き返す。

 これなら。いける。


「先輩!」

「任せろ……ありがとう」 


 走る。信じろ。

 放たれる衝撃波を美沙都が打ち消す。彩芽の電撃が、僕の周りで防御網となって張り巡らさされている。美鈴が龍の動きに合わせて至近距離から攻撃し、攪乱してくれる。

 だから真っ直ぐに、攻撃のためだけに全力で、感情のエネルギーを練り上げて、飛び上がる。

 咆哮。雲が膨らむ。そして、連続で尻尾の叩きつけ。まずは美鈴を追い払うか。だが、この距離なら。美鈴と入れ替わるように、僕が前に出る。


「……全力で」


 二振りの剣が光を纏った。

 そうか。

 あの光のトリガーとなる感情は。

 仲間を。希望を。信じることだ。

 雲から大量の滝のような雨。光が伸びる。地面が波打っている。溶岩が噴き出る前に!


「なっ」


 その瞬間だった。

 あらゆる連携を、援護を無にする瞬間だった。

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