第18話 絶望の底。
咄嗟に防御態勢を取った。感情エネルギーの出力を最大にして、辛うじて衝撃に備えられた。景色が一瞬の後に熱と白さで染まる。世界がぐるぐると回る。地面に摩り下ろされ、ゴロゴロと転がされ、ようやく止まった。
「……なにが……彩芽……美沙都……美鈴」
地面が、爆発した……?
今までの衝撃と一緒に、溶岩が噴き出るのと、全く違う。溶岩に、大量の水が衝突して、爆発。水蒸気爆発を起こしたとでも、言うのか。
「くそっ」
龍が呻いている。向こうも、無傷というわけにはいかない……いや、再生があるか。
それよりも三人は……。
「彩芽……? おい、どうした。美沙都、何を……美鈴?」
すぐに見つかった。けれど。
どうしてだ。どうして、三人とも、動かないんだ。立ち上がる気配は無い。僅かに胸が上下している。呼吸はしている。でも。だれも。
「だれか、無事なら無事って、言ってくれ」
だれも、応えてくれない。
「また、僕は」
どこで間違えた。どうすれば良かったんだ。一人で戦えば良かったのか? 指揮が悪かったのか。
僕の力が、また足りなかったとでも言うのか。僕は、まだ、弱いのか。
誰か、教えてくれ。正しいことを、教えてくれ。
挑まなきゃよかったのか。逃げていればよかったのか。
力が、入らない。何もかもが、どうでも良くなっていく。
視界がぼやける。霞んでいく。呼吸するのも苦しい。何もしたくない。
何も。もう。僕には。もう。何も残っていない。
なんで戦っていたんだ。なんで、どうして。勝てない、じゃないか。
有希も、他の奴らも、守れない。
全員で帰るという約束も、強くするという約束も。守れない。
悔しさも、悲しさも無い。寒い。嫌だ。何もかも。もう。
もう、良い。もう良いのに。希望なんて、最初から。無かった。馬鹿みたいだ。
何もしたくない。何も見たくない。何も聞きたくない。何もかも、何もかも。もう。もう一思いに、僕を……。
僕は、もう。
……なんで僕は、立っているんだ?
剣を持つ手に力が入らない筈なのに、なんで、離さないんだ?
なんで僕は、この感情をエネルギーに変換して、流し込んでいるんだ。
二本の剣が、黒い圧力を纏う。エレメントを、解放した。
エレメント解放は、解放まで至れば、使い方は、何となくわかるものだ。
ぼんやりと、神龍を眺める。まだ動く僕を見て、神龍はブレスの体勢を取る。
間合いの外。本来ならこちらが一方的にやられる距離。だけど、左手で握ってる剣を振り上げて、振り下ろした。
瞬間、ブレスを放とうとした神龍の動きが止まる。高度が下がる。いや、違う。止まったのではない。動けない。高度は無理矢理下げられた。何かから逃れようと、空でのたうち回る。
「ははっ、捕まえた」
絶望の重圧。神龍を地に墜とさんと、押しつぶさんと。龍は咆える。天の主であると示すように。空こそ自分の居場所だと訴えるように。
「僕は同じことを繰り返した。だから、全部を込めるよ。全部。一緒に逝こうぜ。神龍」
彩芽、美沙都、美鈴。待ってろ。終わったら、いくよ。
「最後に、やるべきこと。せめて、これだけは」
絶望の中でも立ち続ける。絶望を受け入れながら、剣を振るう。
聞こえる。心が削れる音。砕ける音。こんな戦い方をすれば、すぐに僕は、終わってしまうだろう。強すぎる感情。暴走の一歩手前。感情に対して矛盾した行動をしながら、それを運用する。心成兵器におけるタブーを思いつく限り犯している。
剣を振るう。ついに、大地に龍が墜ちた。
目の前で、それでもなお、天に昇ろうとする龍。
「見下ろされる気分は、どうだ? ……興味ないや……終わりだし……」
斬りつけて、斬りつけて、斬って、斬って、斬って。押しつぶして、潰して、潰して、潰して……。
「はぁ、はぁ……」
まだ、死なねぇか。龍の眼光に衰えはない。只真っ直ぐに、敵意を向けてくる。
一緒に負けようぜ。って。死なねぇなら。殺し、尽くしてやるよ。
頭がガンガンする、眼球が外に飛び出そうな、そんな痛み。
龍が頭を上げる。くっ、集中が乱れたか。唐突に力が抜けて、膝を突いた。神龍はふわりと、空に浮かび直す。まだ戦うと、咆哮を上げた。
右手の剣で周囲を薙ぐ。近くにあった岩、石。神龍に向かって飛ぶ。
「おまけ、付きだ!」
岩、石と一緒に、今度こそ潰しに掛かる。
エネルギー切れが近い。でも、まぁ良いや。先にどっちが倒れるか。
心を削り尽くせ。全部を、エネルギーに変えろ。まだ、残っているんだ。考えることが、まだできるのだから。
「うおあああああ!」
ぷつりと、糸が切れた、そんな音。倒れたと気づいたのは、地面がやけに近いな、と認識してからのこと。
心と身体、そのリンクが切れる音。心に、身体がついて行けなくなる。心成兵器を維持できているのは、僕の意地だ。思った通りに行かない。負けていないのに、負けた。
神龍がゆっくりと近づいてくる。倒した得物を、値踏みするような目をしている。
手は、動いた。剣を地面に尽きたて、身体を引きずるように、持ち上げて。
「本当に絶望するのは、全部負けてからで良い」
僕は、絶望の中でも、まだ、負けてないんだ。
だから、立ち上がる。立ち上がって、でも、上手くバランスが取れなくて、また倒れる。
くそっ、言うことを聞かないなら、心に従わないなら。無理矢理、従わせるんだ。
「ふふっ。遥君がそれを言うとはね」
「えっ……!」
不意に聞こえた声。差し出された手。
顔を上げた。懐かしい声は、よく知っている。ずっと聞きたかった声。
手を掴むと、引っ張り上げてくれて。不思議と、今度はふらつかない。
「君を立たせることができる日が来るなんてね。感慨深いよ」
大鎌を片手に、その子は神龍を真っ直ぐに見上げる。
「それなら、今度こそ隣で、一緒に絶望したいな」
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