第52話 ありったけの憧れ。
速攻で決める。なるべく血を流させず、大ダメージで一気に。
『こちら観月、通信の回復を確認。四季、聞こえるか?』
「あぁ。状況、わかる分だけ教えてくれ」
『……殆どやられた。御門の船がすぐに駆け付けたおかげでどうにか体勢を立て直した状態だ。御門とフィリップ大将が神魚を引き付けている間に、救助作業を進めているが、重傷者ばかりだ。海に落ちた時点で神魚にやられた奴も結構いる』
「そうか。すぅ、はぁー」
呼吸を整えて、心を整えて。さぁ、行こう。
「頼んだぞ、彩芽」
「はいっ! 美沙都ちゃん、美鈴ちゃん、合わせて!」
「リョーカイ」
「了解」
「美沙都ちゃん! 右斜め三十度の方向、一キロ先!」
一瞬の溜めで二つの凝縮されたエネルギー。その二つが衝突し、放たれる。音よりも速く飛び、海面を貫き、炸裂する。それにより空いた海中へ続く穴。それを美鈴は水を操作し維持する。そしてその穴に、黒の剣に炎を纏わせ、投げる。
「彩芽、あれを狙え!」
「はいッ!」
突き刺さった剣を、彩芽は雷撃で狙い撃つ。海中で拡散することなく真っ直ぐに神魚へ。拡散する分を考慮しないだけ、彩芽への負担は少ない。そして、電撃が通ったことで、剣は熱を増す。そして、怯んだ一瞬。
「行くぞ、有希ッ」
「うんっ!」
氷の道を走りながら、もう一度生成した黒の剣を投げる。
「……さようなら」
有希はもう、光のエレメント解放をものにしたのか、鎌の先が眩しい輝きに包まれる。
「わたしは、希望を信じる。絶望の底でも差し込んでくれる、光のことを」
光は熱を帯びる。収束し、貫く熱、どんなに硬くても、溶かし、気化させ、貫く。
「さっき、遥君が見せてくれた。だから」
光は伸びる。長く、強く。光の刃は熱を帯び、振り下ろされる。起きた波は深く焼かれ、割かれた神魚の悲鳴。
返す刃、有希はもう一度、刻む。焼かれた傷跡から漏れる血は少ない。
「僕だって」
光のエレメント解放は、まだ掴めていない。だから。
『ハルカのは怒りの炎、きっと、全てを焼く。悲しみも、理不尽も。全てを。怒りはね、気を付けなきゃ、駄目だよ』
『どういう意味だ?』
『自分も、焼くかもしれないからだよ』
『自分も?』
『そう。だから、気をつけなきゃ。絶対に、囚われてはいけない』
姉貴は、そう言って俯いた。
『俺の、殺意の氷と、同じ』
『姉貴、安心しろよ』
『今ハルカは、危険な感情を二つ抱えている状態。……でも、そうだね、大丈夫だね。俺達は二人だけじゃない。随分と大所帯になったものだ』
『この世界を変えたいと飛び出して。それから』
『たどり着いた』
『この光景こそ、理想郷なのかもしれない』
『世界を変える』
『世界を救うなんて、そんな大層ご立派な名目なんかじゃない。人間のミスで壊れちまったものを変える』
氷の刃を、白い剣を投げつける。全開のエレメント解放。殺意の冷気に心が冷えていく。それを、身体の内側から焼き殺さんと燃え盛る怒りの熱気を込めた剣。を追い打ちで投げる。
だが、大丈夫。一線で踏みとどまれる。飲み込まれることなんて無い。
神魚の傷口に向かって投げ込まれた二つの剣。白い剣が突き刺さって遅れること数秒、黒い剣が、これでもかと熱された剣が衝突する。
白い蒸気と共に爆発。内側から、熱波が神魚を焼き。そして。霧散した。
「……こっちが分身か」
逆説的に、向こうが本体ということになるが。
「急ごう」
船に戻りそう告げると、四人は強く頷きを返してくれて、それに応えるように、船は、先程までの激戦の中心に向けて、動き出す。
先程までとは違う。真っ向勝負。でも、怯えはない、手も、足も震えていない。心は、恐ろしいくらいまでに静かで。
「先輩」
「ん?」
「止めないでくださいね。戦場、私たちも、絶対に行きますからね」
「止めねーよ。今更」
「……良かったです」
「あぁ。頼りにしてるぞ」
「ありがとうございます」
そう、この戦いは、一人でやろうなんて驕ったことは言えない。
間違いなく、一人なら負けていた。ようやく、大量の戦力を投入してようやく。神魚の手を潰し切れた。
「見えたっ!」
彩芽の声。僕も、感じている。圧倒的な存在感。それに対し、二人でどうにか状況を維持している。
だが、それもギリギリだ。フィリップ大将の熟練の立ち回りと、御門の的確な判断でどうにかなっているだけ、決め手に欠けている。
「射程に入りました」
「有希、彩芽を守れ。僕と美鈴、美沙都で行く。美鈴、美沙都は救助部隊を支援。僕は御門達と合流する。……総員、作戦行動、開始」
吹き荒れる水しぶきすら凶器。一度着替えたとはいえ、濡れて奪われた体温は、体力すら持って行く。だが、神魚を一歩一歩追い詰めている。その感触が、感情を昂らせる。
「四季!」
「待たせたな」
「へっ、死に損ないが」
さぁ、行くぞ。
「救助の進行状況は芳しくない。神魚の動きを抑えきれていない。だが、更科、雷撃はストップだ。感電の可能性は避けたい」
なるほど。御門が地形変化を使っていないのもそういうことか。
「ふっ、そういうわけだ。三人で抑えるぞ。四季大佐」
「了解であります。大将」
「……対眷属の名手が三人揃い踏み」
正直、結果だけを重視するなら、救助活動なんか無視して、最大火力を押し込み続けるべきだ。神魚にダメージを通せるメンツは全員残っているのだから。
だが、誰一人、救助活動に異を唱えない。四季先輩も、貴重な戦力を回してしまった。
「彩芽ちゃん。焦っちゃダメ」
「有希、先輩」
「拾える命は拾って行きたい。彩芽ちゃんも、そうでしょ」
「……はい」
「ん。よし」
冷たくて冷静な声を、有希先輩が封じてしまう。でも。
どちらにせよ、ジリ貧だ。今のままでは、例え救助活動を完了させられたとしても、そこから後が続くという確信が無い。そして、私自身、体力の限界が見えてきている。恐らく、御門少佐も。そうなれば、神魚を地上に引きずり出す手段がほぼなくなる。
どうすれば良い。何が最善手だ。
『救助活動、あとにニ十分もらえれば』
美鈴ちゃんの声に思わず奥歯が擦れる。この状況が長引けば長引くほど、御門少佐の体力が危ない。それをフォローするために先輩と大将も損耗を強いられる。有希先輩もそれはわかっている。発言はのほほんとしてても、表情に焦りを隠せていない。いや、この人が一番、歯痒い筈だ。有希先輩も、水中に対しては無力。
「私が、何とかしなきゃ」
呟きは、風にかき消されて誰にも届かない。
次の時代、この戦いの勝利の先の時代、先輩達が、幸せを掴めるように。
「先輩。神魚を引きずり出します」
私は意を決して、先輩に無線を繋ぐ。
「どうやって」
「何のための空母の艦隊ですか」
「だが」
そうだ。わかっている。空母はひっくり返ってる。だけど。船底でも、海の外であるのは変わらない。
そして。神魚の性質に考えを巡らせる。
「救助活動終了の確認後、エレメント解放を全力で行います。これが、最後の一発です」
神魚は、執念深いところがある。なぜ何度も先輩の前に現れたのか。自分の同胞である二体を殺したのが先輩だからだ。
じゃあ、今は。今、神魚に一番ダメージを与えているのは誰だ? 私だろう。きっと。
「先輩は備えてください。確実に、神魚を殺せる一撃を」
「……だが」
冷静な先輩は、ここで勝負を焦るべきでないと言うだろう。けれど同時にわかっている。このままでも負けると。だから私が。
囮になる気だと、気づいている。先輩は。
「先輩、守ってくださいね」
「……あぁ」
だからこう言えば、先輩は逃げられない。それに、もう着いている。空母から空母に飛び移り。先輩の前に。
「お願いしますね」
彩芽の目は覚悟に燃えていた。そうだ命がけの戦いで、命をかけるなって言う方が、おかしい。僕が、ミスらなければ良い。
守ろう。僕が。仲間を。
守ろう……だが。
「神魚に当たったら全力で離脱。私を狙って飛び上がった所を先輩は攻撃してください。そこで決めましょう」
確かに、それは有効だろう。現状、水中にいる奴に通っているのは、彩芽の雷撃だけ。だけど。
「先輩、私を信じてください。成功させます」
重要で危険な場面を、部隊員に任せる。その事実が、重い。
前に立っていた方が楽。敵の攻撃を全部引き受けていた方が楽。頑張れば、傷つくのは自分だけで済むから、楽。
だが今回は、僕の力が及ばない。足りないから。
「……くっ。……わかった。神魚に雷撃を当てたら逃げる。良いな」
「はい。任せてください」
そう。それで良い。
私のやるべきことを、果たす。その舞台が、整った。
正に丁度、届いたのだ。救助活動終了の報が。有希先輩が向かってくれたらしい。
ありがとう。有希先輩。押し殺した恐怖と向き合う時間を潰してくれて。
空気が震える。生臭い匂いがする。感情を高める。目的がはっきりとしていればしているほど、エレメント解放の出力が上がる気がする。先輩にはああ言ったけど、私はこれでぶっ倒れても良いと思う。
私が溜める時間を、三人で稼いでくれている。救助活動が終了したから、御門先輩も地形操作を遠慮なく使用している。先輩が剣を振るい、空母から漏れた燃料を燃やして神魚に僅かでもダメージを与えている。
「四季! そろそろお前も準備しろ」
「あぁ」
高めろ。もっと、高めろ。強く、思え。
「ふふっ。あははっ!」
制御なんか放棄した。狙うべき敵に向かって飛ぶことと威力だけを、ひたすら求める。反動で吹っ飛んでも、もう良い。
「いけます」
そう宣言すると、御門少佐は全力で大剣を振り下ろし、それと同時に海底から槍が飛び出し神魚を穿つ。フィリップ大将は十八番の九連撃を叩き込み、内側から神魚を破壊し、離脱する。
二人の連撃に神魚は怯む。先輩は……集中してる。何て、静かな。だけど、うちに込められしエネルギーは解放の時を待っている。
「ありがとう、ございます」
解放した。自分の全てを、引き出した。
視界が白く染まる。頭の中も真っ白になる。攻撃は一瞬。紫電が神魚に降り注いだだけ、青臭い匂いが、鼻孔を擽る。ただ、それだけ。
「彩芽、逃げろ!」
先輩の声がする。頭の中まで痺れたようで。飛び上がった神魚がこちらに狙いを定める。よし。それで良い。そのまま。
「来いっ!」
薄れゆく意識の中で、勇気を振り絞って叫んだ。
やはり神魚は、私を狙っている。一番攻撃してきた敵として。
確実に。神魚を捕まえるには。確実に。先輩、信じてますよ。討伐を優先すると。
神魚が牙を覗かせ、船ごと噛み砕こうと向かってくる。
「ありったけを!」
もう一発。さっきより弱いけどっ!
「彩芽!」
もう一撃、無理矢理絞り出した。けど、心に反動は無い。だってこれは、私の正直な思いの発露なんだから。
「大好きですよ。先輩」
向かってくる神魚、向かい撃つ雷撃。ぶつかって、弾けて。神魚は体勢を崩して空母の船底を滑る。
覚悟してたけど、逃げるの、やっぱり間に合わないな。
向かってくる神魚の角、牙。鋭く、太い。攻撃の気勢を挫かれても、それが脅威であることに変わりはない。
私は当然、弾き飛ばされる。お腹の辺りに、鈍く重い痛み。何がぶつかったのか、刺さったのか、わからない。
船底を、転がりながら、視界の端で、先輩が光の剣と重力を纏った剣を同時に操るのが見えた。辛うじて海に落ちなかったのは、幸運か。
「……いたい」
誰にぼやいたのか。自分にぼやいたのか。
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