第27話 いらない子。

 黒フードの男から逃げ切り、四季という人から連れていかれた先。そこでわたしは裁判にかけられることになった。手錠をかけられ、部屋の中央の床に座らされて、せめて雨に濡れたのだから、身体くらい拭かせて欲しい。

 木のフェンスに囲まれて、難しそうなことを考えている人たちに囲まれている。

 正面にはフェンスが無くて、代わりにやたらと高い位置に机がある。それに座っている人がわたしを見下ろして口を開く。


「心成兵器による殺人は重罪。わかっているな」

「知りません。心成兵器って、何ですか?」

「そうか……だが、知らなかったので、で済ませられないから罪なのだ。しかしながら現状、心成兵器の使い手が少ないのも事実。また、君の場合、状況が状況で、同情の余地もあるのは事実。よって、望未有希。貴様にはHDFの兵士として戦うという選択肢がある。ここで死ぬか、戦場で死ぬか、選ばせてやろう。相応の戦果を上げれば恩赦がある」


 わたしの質問に答えず、一方的に二択を突き付けてくる。別に良いけど。その前に答えだ。答えは……。


「戦います」


 迷いはなかった。ここで死んだら、何のために逃げたか、わからなくなる。


「よかろう。四季遥上等兵!」

「はっ!」

「お前がそいつの面倒を見ろ」


 あっ、さっきの人。いたんだ。


「お言葉ですが。この場合、女性の方がよろしいかと」


 男の人、だったんだ……。めんどくさいと思っているのが隠しきれていない、いや、隠そうとして無いな。そんな様子で答えた。


「一応は殺人犯だ。いつでも取り押さえられる戦闘力がある者が望ましい。よって、貴官が面倒を見ろ」

「……了解」


 軍隊か、厳しそうだなぁ……。自分の決心に少しだけ後悔した。でも、ここで死にたくなかった。


 


 「あー、望未、有希だっけ……望未さん?」

「有希で良いよ。歳は、そんなに変わらないですよね。あなたは、四季さん?」

「……遥で良いよ。歳は十五だ」

「わたしは十四なので……一個上ですか……じゃあ、遥君……身体拭きたいです」

「はぁ。付いて来い」


 そう言うので着いて行くとまた外に出ることになった。投げ渡された傘を開いて歩く。あぁ。罪人には身体を少しは綺麗にする権利はないのか。と思っていたら、マンションにたどり着いた。


「隣がお前の部屋だ。好きに使え。シャワーもある。明日から色々面倒見るから、逃げるなよ。探すのは面倒だ」

「わたしの、へや?」

「軍の宿舎だ。戦闘技術は未熟だが、戦えなくはないようだからな、恐らく任務をこなしながら隙間時間で座学をやる感じだろう。君の階級は二等兵。尉官になるくらいまで戦果を上げれば、まぁ、恩赦もでるだろ」

「そうじゃなくて」

「なんだよ」

「その、居て良いの、ですか? ここに」

「いや、さっき軍人として戦うって話だったろ。だったら当然だろ」


 彼は、わたしが何を言っているのかわからないと首を傾げる。


「そう、ですね」

「まぁ、なんだ。その、悪かった」


 そして今度は、わたしが首を傾げることになる。なんでわたし、謝られているのだろう。


「僕がもっと早く駆け付けられれば、君は誰も、殺さなくて良かった」

「えっ」

「君のことは、僕が責任を持とう。君に恩赦が下るまで、僕が面倒を見る。だから、信じてついてきてくれ」


 そして彼は隣の自分の部屋に入っていった。


「……信じて、いいの?」


 呟いた言葉は雨に飲まれていく。誰にも届かない。

 君にわたしは、必要?





 「有希先輩」

「おー。あやめちゃん。どうだった? 昨日は?」

「何もありませんでしたよ」


 欧州本部にもカフェテリアがあった。有希先輩は紅茶を優雅に楽しんでいる。


「えー?」

「むしろ、なんであんなことしたんですか」


 有希先輩はタルトを一つ頬張る。それをしっかりと味わい、飲み込み。紅茶を一口飲んで。


「彼に必要なのは、あやめちゃん。きみだよ。きみの抱いているような熱が彼には必要なんだ」

「わけがわかりません。先輩は、何を言っているんですか?」


 何なんだ、この人。


「私にもわかるように言ってくださいよ」


 イライラしているのが自分でもわかる。私の気を知ってか知らずか、有希先輩はいつものニコニコした笑顔を崩さない。


「何が不満なの?」


 挙句、そんなことを言って来るんだ。

 尊敬している大好きな先輩が相手でも許せないことだって、あるんだ。


「私を憐れんでいるのですか? それとも、四季先輩をからかっているのですか?」

「どういう意味?」

「そのまんまの意味ですよ! 私が先輩のことが好きだと知っていて、それで……!」

「あぁ、そういうこと。全然違うよ」

「じゃあ!」


 有希先輩が両手をひらひらと。落ち着けとサインしてくる。……しまった。ここはカフェテラス。他の人もいる。


「いやー。すいません」


 ぺこぺこと有希先輩がそう言いながら周りに頭を下げる。


「さて、まぁとりあえず飲みなよ」


 そう言ってティーポットを掲げて見せた。




 「落ち着いた?」

「はい……すいません」

「ふふっ。勢いで生きてるね」

「有希先輩までそれを言いますか」


 タルトを差しだされる。……イチゴジャムが使われてる。サクサクだけどパサパサしてない……要するに美味しい。


「それで、急にどうしたの?」

「有希先輩の行動が、理解できないんです。だって……」


 言っていたじゃないか、あの時。


「起きたら、先輩に、言いたいことがあるんじゃ、無かったのですか?」


 有希先輩は押し黙る。気まずげに視線を落として。ぽつりと。


「聞いてたんだ」


 なんてか細い声で言うんだ。


「盗み聞きはすいませんと思いますけど、それ以上に許せないこと、あるんですよ」

「あやめちゃんにとっては、得しかなくても?」

「それでも、です。なんで有希先輩が勝手に決めてるんですか。先輩の隣の席に座る人」


 有希先輩は答えない。静かにマグカップを傾けて、空になったカップに目を落とす。


「……わたしは、いらない子だから」


 それだけ言って、有希先輩は立ち上がる。


「……いらない子?」


 なんで急に、そんなこと。

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