異端者の席
第24話 ガールズトーク。
灰色の空から、雨が降っていた。黒い大地に染みを作って消えていく。
狼の遠吠え。獲物を目の前にした獣の歓喜の声。
その獲物は、自らを食いちぎらんと牙を覗かせる捕食者に、祈りを捧げていた。眷属に食べられて、一体となることは、救済らしい。だから、眷属を倒すのは、間違ってると。
人類生存圏防衛軍は、間違っていると。全員大人しく、食われるべきだと。旧世界を捨て、新世界の礎になるべきだと。そこで、新たな命として、生まれ変わると。新世界教と言うらしい。
今はこの世界では、いらない生き物。この世界に生まれたわたしは、いらない子。
狼は目の前で祈りを捧げる餌の匂いを嗅いでいる。
母の横で、その景色を、眺めていた。次は、私達の番らしい。
……気持ち悪い。
神に見放された世界で、なお、縋ろうとするか。
何もせず、ただ祈るだけなんて、諦めてるだけじゃないか。
嫌だな。なんで、奪われたものを、取り返そうと、しないのだろう。救済なんて体の良い言葉で、絶望を受け入れているだけじゃないか。戦おうともしないで。
……良いや。わたしは、いらない子だから。
わたしは、いてもいなくても変わらない。別に、いなくても良い人だから。
だから。もう良いや。ここは、わたしのいるべき場所じゃない。
そこまで考えて、その瞬間、理解した。わたしはわたしを理解した。
首元に持って行った手が、母からもらった、水色のマフラーを掴んだ。これが、空の色で、海の色だったと。まだ、こんなおかしいことにハマってしまう前のことだ。
心を束ねる。この感情を、形にする。傘を捨てる。
「さようなら」
大鎌を振るう。突然わたしの手の中に出てきて。初めて握ったのに、どうしてだろう。使い方、理解できる。
壁の外、生贄と称して縛られた人を襲わんとしていた狼型の眷属の首を刈り取った。
あなた達に、わたしは必要ないから。わたしの代わりなんて、いくらでもいるから。
だから、さようなら。
風が吹いた。マフラーを抑えた。
崩れ落ちていく眷属。流れる沈黙。それを破ったのは、知っていた筈の声だった。
「この異端者が!」
母だった人の声がする。段々とそれはわたしにとって意味を為さない言葉になる。何を言っているのか、わからない。
「わたしには、わからなかったよ」
おかしいよ。これがおかしいということ以外、わからないよ。
濡れた髪をかき上げて、精一杯の笑顔を見せつける。
「だから、さようなら」
背を向けた。歩き出した。もう、この人達に用は無いから。
さようなら。知らない人。笑顔を失った人。あなたの分まで、わたしは、笑顔でいます。
「……なつかしい、いやなゆめ」
身体を起こす。えっと……部屋が暗い。
「ううん?」
ベッドを出て、洗面台で顔を洗って、制服に着替えて、マフラーを付けて、カーテンを開ける。窓の外、夜だ。時計を確認する。夜の、十時だ。
「なんで?」
……時差だ。
とりあえず電気をつけた。ふかふかのベッドに床の堅さを感じられない絨毯。ベッドと大差ない感触のソファーに、なぜか置かれていたフルーツの盛り合わせは既に食べ終わっている。どれも甘かった。
部屋の扉が叩かれたので開けてみると、背の高い、ショートカットのボーイッシュな後輩がバスローブ姿でいた。
「有希センパーイ。だめです。寝れないですー」
「みさとちゃん。んん? みれいちゃんは? 同じ部屋だよね」
「ぐっすりですよ!」
うんうん。何となく想像がつく。遥君もだろう。どこでも寝れる人だし。
……彩芽ちゃんは? と思ったら、部屋の扉が開かれた。
「有希先輩。寝れません」
普段は束ねている髪を下ろして。こちらもまたバスローブを着て入って来た。
「だよね。彩芽ちゃんは」
「なんか、その納得のされかたは、ちょっとムッとします」
まぁまぁとあやしつつ。マフラーを解いて制服を脱ぎ捨てて、寝巻き代わりのジャージを着直す。
欧州本部。フランスという国らしい。なんでも、神域に飲まれる前の都市を復元し、それを守っていると。さらに、海の浄化を全力で進めている国でもある。そこにある、今現在、世界で一番豪華なホテル。四部屋をフェンリル遊撃隊のために用意された。
神獣、及び神獣を取り込んだ神龍の討伐を記念するパーティー、及び、フェンリル遊撃隊への勲章授与式のためだ。
到着してすぐに食べたディナー。味が濃いとは思ったけど、美味しかったな。名前は聞いたことあっても、食べたこと無いものがいっぱいだった。ティラミスっていうデザート。また食べたいなぁ。なんて考えていると、みさとちゃんが彩芽ちゃんのことをじっと見ていることに気づいた。
「……彩芽センパイ。意外とあるんすね。普段の制服じゃわかんなかったす」
「へ? 何が?」
その言葉に視線が誘われる。
……確かに。細身ながら、あるものはある。
「有希先輩は見た目通りぺたーんですね」
「あるにはあるから! ゼロと一の差は大きいから! ふ、服の上からだって、腰を反ればわかるから! そ、それに、みさとちゃんだって人のこと……言えますね」
「あはは、さっき目の前で脱いどいてその主張は無理がありますよ」
完敗だ。わたしは突っ伏した。でも、この会話の感じ、意外と、たのしい! うん。
「ガールズトークタイムだね、これは」
そんなわけでわたしたちはベッドサイドの灯りだけ付けて、一つのベッドに三人で寝転がった。
「ガールズトークって、何するんすか?」
みさとちゃんはバタバタとベッドの上で足を動かしてそう聞いてくるけど。
「……彩芽ちゃん。わかる?」
「わかりませんよ……んー。恋バナ?」
「恋バナ―。なるほどー……あたしにはついていけない話だった」
「あやめちゃん。ほかに無いの?」
「普通学校時代は、あとは……うーん」
といっても私、一年しか通わず、すぐに防衛軍学校の方に移ったからなぁ、それからは訓練、寮に帰ればぐっすりおやすみな日々だった。
そうか、有希先輩も美沙都ちゃんも、普通学校の方には通ってない……いや、それぞれの経歴から考えれば、当然か。
「そういえば私、先輩の過去、知らないな」
「わたしも知らない、かな。ちょっとだけ聞いたことはあるけど」
「どんなの、ですか? 多分、普通ではない、とは思っていますけど」
「戦い方を、教えてくれた人がいるって。その人から、大切なものを貰ったって」
先輩の、師匠……?
「絶対に滅茶苦茶強いじゃないですか」
「そう思うんだけど。もう、会えないんだって」
「会えないって……」
昨日まで隣の部屋だった人が、いなくなるのも。さっききまで食堂で話していた人が頭から食われるのも、珍しいことじゃない。
だからって。
「私は、絶対にいなくならない」
「彩芽ちゃん?」
「もう、先輩を、悲しませない……」
握りしめた手に少し痛みを感じて開く。爪の痕があった。
ふわっと
「……頼んだよ」
「有希先輩?」
有希先輩は、どうしてか、不思議なことを言った。
「? 有希先輩も、もう、いなくなったりしません、よね?」
「……うん。そのつもりだよ。わたしは一回、しっぱい、してるからね」
柔らかい声で、自嘲するような笑みでそう言って、
「……わたしは、まだ、いらない子じゃないから、がんばるよ」
「急にどうしたんですか?」
「んー。ちょっと、夢見がわるかったからかな。気分がおちてるや。ねよねよ。無理矢理でも」
「そうですね」
そうだ。有希先輩だって。そういう時もある。
少しだけ安心した。有希先輩も、私と同じ、人なんだって。
それからしばらく。遥君が起こしに来るまで、川の字で寝ていた。
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