第25話 祝いの夜。
表彰式は、神域が出現するまで国会議事堂として使われていた宮殿、を修復して現在、HDFの本部である宮殿で行われる。
普段の任務用の制服ではない。きっちりとした礼装だ。軍帽も被っている。四季先輩と有希先輩は、前回の神龍討伐の時にもらった勲章もぶら下げている。というか有希先輩、礼装でもマフラー付けるんですね。
「遥君、すっごくめんどくさそうな顔」
「仕事しただけでこんなところに呼び出されて。動きづらいことこの上ない恰好させられて。んでなんだ? 衆目に晒されながら勲章渡されて、それからお偉いさん方とお食事会? 彩芽、隊長代理やってたんだろ、後は頼むわ。僕は海の方で調査任務を敢行する」
「私たちの隊は隊長ですよ。先輩」
「んなっ。あ、彩芽?」
「わぉ」
有希がからかうような声を上げる。彩芽が僕の腕に絡みつくように腕を回して身体を寄せてくる。
細身だと思っていたけど、い、意外と、ある……? じゃなくて!
「有希じゃねぇんだから急に腕に絡みつくな」
「わ、わたしがしょっちゅう遥君に抱き着くみたいな言い方!」
腕をぶんぶんと振り回して抗議してくるが、いや、わりとそんな感じだよ。有希さん。
「こほん。あー。そろそろ入場して貰っても良いかな?」
「……シャ、シャルル、げ、元帥が、直々に……」
彩芽の呆然としたような声を出しながらもしっかりと敬礼。まぁ、気持ちはわかる。僕も一人で来た時は驚いた。
「隊の仲がよろしいのは結構だ。英雄殿を迎えるのに、私が出向くのは当然のことだろう。四季大佐殿。今回は単独での出席でないこと、私自身も、喜ばしく思うよ」
「身に余るお言葉。光栄でございます。できれば、旧フェンリル遊撃隊の者も連れて来たかったものですが」
「十人を式典のために日本支部から離すわけには、戦略上の観点からよろしくない。納得してくれたまえ」
「はっ」
「では、案内しよう」
シャルル元帥。心成兵器を最初に具現化させた英雄の相棒として前線で活躍した後、後方で指揮官として様々な作戦を指揮してきた。その中でも最も大きい戦果の一つは、現状の最前線基地である日本支部、東京地区の確保。通称、日の出作戦。の成功。欧州地区が生存圏の中でも栄えているのも、彼の才覚が遺憾なく発揮された結果だ。
会場の扉が開く。元帥の後ろ、僕、彩芽、美沙都、美鈴、有希の順で並んで入っていく。
拍手に出迎えられる。何と言うか、むず痒い。
それから、僕らのための丸テーブル。そこに座り、元帥は元帥の席に座った。
帰るとは言わないが。正直もう嫌だ。これから表彰か。
「はぁ」
ため息を吐いたら、隣に座った彩芽が、そっと手を握って来た。
「……なんだ?」
「今回は、一人じゃないですよ」
「……ん。そうだな」
少しだけ、気分がマシになったのは、正直なところだ。
「よし」
「ふふっ」
向かい側に座った有希が、小さく笑った。
勲章の授与が終わり、全員、新しい勲章をぶら下げて、貴重な調味料がしっかりと使われた料理を味わう時間になる。この式典の唯一の楽しみだ。
「タイチョー、これって、なんだ?」
「熱した油に細く切ったジャガイモを放り込むんだってよ。それに塩をかけるんだ。フライドポテトだ。そっちのは鶏肉だな、粉をまぶして同じく油に突っ込む。フライドチキンだ」
「へー。スゲーな」
前回の式典では出なかったけどな、お偉いさんに街を案内してもらった時、たまたま食べた僕が美味しいと言ったからだろう。でなければ、バスケット一杯に出てこない。
前菜、トマトと、チーズとアボカドがミルフィーユになって出てきた。ポツンと白い皿の中央に一個。うん。美味いな。
スープは緑色のポタージュだ。……何を使っているんだ? 癖になる味だが。
魚料理は鮭の……ムニエルっているんだっけ? 外がサクサクしてる。オレンジをソースにするとは。凄い発想だと思う。なんでフルーツをソースにして魚にかけようと思ったのか。意外と合うけど。
「んで、口直しか」
「ソルベって言った方がお洒落じゃありません?」
「まぁ、それっぽいな」
上品な仕草で口元を拭いて、背筋を伸ばして座る。品があるって奴だな。勢いで生きている割に。
レモンのシャーベットを食べ終えると、肉料理か。
「……おう」
牛のステーキだ。しかも鉄板で。ガーリックソースがかかっている。ん? それとは別の皿に、ローストビーフが小さな山を作っている。これ、あれだ。僕が前、牛肉が好きと言ったら出てきたローストビーフを、美味いって言ったからだと思う。嬉しいけどさ。
「隊長、これは? 凄い分厚い。贅沢……焼いてるのにピンク色のところもある」
「ステーキだな。ミディアムって焼き方らしい」
あぁ、やわらけぇ。殆ど噛まなくて良いや。こういう肉、久々に食った。
ローストビーフも舌の上でとろけるようだぜ。
デザートはケーキだ。フレジエというらしい。
「ふわふわだぁ」
美鈴がそんなことを夢見心地な声で言いながら、スゲー幸せそうな顔する。美沙都は夢中でフォーク動かしてるし。なんつーか。こういう光景を見たかったのかもしれないな、僕は。
「久しぶりに食べました」
そう言ったのは彩芽だった。……そういえばこいつの実家。東京地区の中でも富裕層が住んでるところだったな。妙に場慣れして見えるのも、そう考えれば納得だ。
「デザートが出て来たってことは、そろそろだな。お前ら。覚悟しておけ。僕は退散する」
「タイチョー?」
「隊長?」
「遥君?」
「先輩?」
僕は席を立って会場の外へ、トイレに行く振りをしながら廊下を進む。
三十分後くらいに戻れば良いだろう。今回は楽をさせてもらおう。
さて、部屋で休むか。
それから、閉会の挨拶を聞いて、僕たちはそれぞれの部屋に戻る。明日、日本に帰る手筈だ。
「隊長。酷い」
「タイチョー。これ、わかってたんだな」
「先輩、少し恨みます」
「遥君、流石に、怒るよ」
「英雄譚大好きなお偉いさんとのお話は疲れただろ。前回、あれを僕は一人で捌いたんだ。今回くらい、休んでも良いと思ったのさ」
「あれを……」
「一人で……?」
美鈴と美沙都、想像してしまったのか、ブルっと震えた。
食後のコーヒーを飲んでいたら、食後酒片手に次々と色んな人が来るんだ。そして同じ説明話を延々とさせられる。
「そら、寝るぞ。明日は早いからな」
それだけ言い残して部屋に入ると。有希が扉をグイっと掴み、開け直し、彩芽を押し込んできた。
「ん?」
「え?」
「ごゆっくりー」
扉が閉まる。僕たちは部屋に取り残される。
有希の行動が理解できない。どういう意図だ? 彩芽も僕と扉を延々と見比べる。
「えっ……えっ? ……えぇ? えっ」
「おい、いつまで『えっ』を繰り返している。一旦現状を認識しろ」
「現状を認識した結果、理解できない事象に捕らえられているので、戸惑っています」
「よし。そこまでわかれば上々だ」
扉を指差す。しかし彩芽は、その場を動こうとしない。
「? 彩芽?」
「……すー、はー……先輩」
「なんだ」
「……んー……あー」
何かよくわからないことを言いながら、足踏みして。顔を抑えて、上げて、頭を抱えて。そして。
「先輩!」
潤んだ目、ほんのりと上気した頬。見たことが無くてもわかる。そういう顔だと。
「お、お風呂、一緒に入って、それから、その、お、襲っても、良いですか?」
「何を言っているんだ、お前は。食後、コーヒーじゃなくて、酒でも出てきたのか?」
「ま、マジです。わ、私の気持ちは、休暇中にお伝えした通りです」
「そうかそうか。僕は振ったと思うが」
そう言うと、気まずそうに眼を逸らして、絞り出すように。
「す、据え膳食わぬは男の恥、という言葉もあります通り」
とかほざいた。
「あのなぁ……もし君が初めてだとして、これで良いのか? いや、初めてかは知らんけど」
「は、初めてに、き、決まってるじゃないですか! そ、それに。好きな男性に奪われるなら、ほ、本望です! それに、こんな豪華な部屋でできるなんて、一生に一度、あるかないかじゃないですか! しかも、私たちの隊が偉業を成し遂げたことを祝うパーティーの直後ですよ。シチュエーションとしては、ばっちりです」
「……確かに」
マジか。彩芽に論破された。反論が思いつかん。
「ちなみに先輩は? とっくに有希先輩と?」
「いや、無いぞ……ないぞ」
「えっ、なんで二回言ったんですか?」
「誤解を招く前に言っておく。未遂だ」
「えっ、凄く気になるのですが」
「……はぁ。とりあえず座れ……いやなぜベッドに座る」
「まぁまぁ」
ひらひらと手を振って、隣をポンポン叩いてくる。
ここで逃げるのも癪だ。いや、どうなんだ? そんな風に頭が回りはするが、引き寄せられるように彩芽の隣に腰掛けた。
「それでは聞かせてもらいましょうか。有希先輩との未遂とやらを」
「……いや」
「ピロトークでするようなことでもないすし」
「なぜやる気満々なんだ」
「さっきからずっとそうですよ」
はぁ。……理性が溶ける前に叩き出すか。全く、有希の奴……なんで有希は、こんな状況になり得るようなことをしたんだ。……なんでだ。
「……先輩?」
「あぁ、いや」
「……本当に好きなんですね」
「あ、いや」
彩芽は立ち上がり、さっきまでの熱を引っ込めて、いつも通りの表情を見せる。
「そうですねぇ。大チャンス、今すぐ私の方から押し倒せばなし崩し的にできてしまいそうですが。最終的な目的地はそこじゃない、もっと向こうなので。そうですね。ここは退きましょう。有希先輩には、私から探りを入れておきますので。失礼します。おやすみなさい」
「……なぜ?」
「ん? 惜しくなりました?」
「そうじゃない。確かに君の言う通り、恐らく、君が事を起こせば、なし崩しにそうなっていただろ。だからだ。君にしてみれば、今の言葉、敵に塩を送るようなものだ」
クスッと、蠱惑的な笑みを零して、くそっ、ころころ変わる表情に、頭の中がかき混ぜられる気分だ。
「言ったじゃないですか、先輩を落とすって。都合の良い女、存分に利用してくださいね」
ウインク一つ残して、彩芽は部屋を出て行った。
無意識に頬を拭った。
「……シャワー浴びよ」
めっちゃ汗かいてた。後輩にここまで焦らされるとは。
「悩みって尽きねーな」
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