第26話 雨の中の出会い。

 追いかけてくる信者の首を刎ねた。仕方ないじゃないか。向こうは殺す気なんだ。殺さなきゃ、殺される。

 血に染まった、わたしの心を束ねたもの。雨が洗い流してくれる。


「はぁ」


 どこまで逃げれば良いのだろう。いや、東京地区のそれも外周区にいる限り無理か。

 ここは外を囲む壁に一番近い地区。貧困街だ。というのは表向きで、実際のところ、巡礼者や新世界教の拠点、信者の居住区だ。

 いや、元々生活に苦しい人達が暮らしていたけど、その人たちが生き残るために各々道を選んだ結果、そうなっていったと言った方が正しいか。

 もう少し走れば、防衛隊の宿舎がある。そこを目指せば良いのかな。

 あぁ、また来た。

 異端者は許さない。裏切者は許さない。もしもわたしが防衛隊の宿舎に駆け込んで、新世界教の本部の場所を教えたら。そう考えれば、わたしは確かに消すべき存在だ。

 十四の女の子に、必死な人達だ。

 あぁ、まだ、雨が降っている。灰色の空から、雨だ。激しくなっていく。トタンの屋根を打つ音が響く。


「逃げても、いらない子」

「異端者!」


 そう言いながら飛び掛かって来た大人は、振り向きざまに振りぬいた鎌で身体が腰から真っ二つになった。


「……いらないのに、追いかけるんだ」


 言っていることとやっていること、考えていることと思っていることが一致しない気持ち悪さ。

 身体は軽いのに、心はわかるのに。なんか、重い。何が重いのだろう。身体に張り付いた笑顔が落ちない。


「まだ、来るんだ」


 各々武器を手に取り、わたしを囲んでくる。飛び上がり、手近な建物の屋根の上に。あぁ、こんなこともできるようになってたんだ、わたし。


「えっ」


 咄嗟に前に構えた大鎌に衝突したのは、深い青の反りのある片刃の剣だ。どうにか防いだけどよろめいてしまう。

 黒いフードを被った男。顔は見えない。私を盾に二人並べてようやく届く背。


「シッ!」


 鋭く息を吐いてその人は連続で打ち込んでくる。上から、横から、斜め下から。後ろ向きにどんどん歩かされ、姿勢を崩され、よろめいた足がそのまま、雨に濡れた屋根にとられる。


「あっ」


 空に投げ出される。その人は追いかけるように真っ直ぐに剣を向けて飛び込んでくる。あぁ、このまま地面に衝突してくし刺し……。

 そう思っていたら、わたしはまた、誰かに横抱きにされて屋根の上にいた。


「HDFの四季だ。これ以上の戦闘行為は許可しない」


 ……男の人? 女の子かな? 澄んだ声だ。顔立ちも、どちらと判別すれば良いのか、迷う。

 信者の人達はすぐに蜘蛛の子を散らすように逃げていく。彼らの本部も一時間もすれば移されるだろう。しかし、わたしを殺そうとしたあの男は剣を構え飛び上がる。四季もわたしを下ろすと、黒よりも黒い剣を出現させて応じる。あれ、わたしの鎌と同じ、なのかな。

 ギリギリ目で追える速さで剣と剣が衝突する。互角……いや、違う。四季の防戦一方だ。たまに一撃を返すからそう見えるに過ぎない。

 フードの男は立体的な動きで攻め立てる。上から。下から。背後から。四季の視界の外から、反撃が難しい角度から攻撃する。それを躱し、追いつけそうなら攻撃する。そんな展開。

 フードの男は飛び上がり滑空し、上から斬りかかる。それを四季が剣で受けた瞬間、四季の剣を軸に四季の後ろに回り込む。


「危ないなぁ」


 四季の横腹を狙った凶刃は空を切る。スレスレだ。あと半歩フードの男に近ければ男の剣は地に染まっていた。

 四季の反撃をフードの男は飛び退くことで回避する。


「……殺しに来い。捕縛目的なら、お前の刃は我には届かない」

「勘弁してくれ。こっちは軍人なんだ。戦闘狂でも殺人趣味でもないんだ」

「本気で来い。今の攻撃を外したのは随分と久しぶりだ」


 四季と名乗った人はわたしの隣に戻ってくると。


「嫌だよ。逃げるよ。じゃあな」


 そう言って無造作に剣を三回振るう。

 そしてわたしを抱えて走り出す。その人は追ってこない。どうしてか動かなかった。

 


 

 「まさか、遥君と出会った時のことまで思い出すとわ」


 んー! さてさて。熱い夜を過ごしたかなー。遥君と彩芽ちゃん。


「うん……これで、良いんだよ。きっと」


 わたしが座っていて良い席じゃないから。明るくてきれいな子が、彼の隣には必要なんだ。


「わたしじゃ、だめだよ。遥君」


 さて、起きなきゃなぁ。今日で帰るんだし。朝ご飯くらい堪能しても良いでしょうね。




 「すまないが、フェンリル遊撃隊に協力要請をしたい」

 そして帰る直前、わたしたちの欧州本部滞在期間が少し伸びることになったのだ。




 「ロードオブキングダム作戦、ね」

「イギリスへの海路を確保したいわけだ」


 彩芽と一緒に作戦の概要を確認して顔を上げると、シャルル元帥は頷く。


「あと一つ、浄化網を設置できれば、良いのだが」


 海路を確保すればあとは開発に必要な資材を海路で一気に大量に送ることができる。空路で少しずつ送っていたという日本支部を造るよりも楽だ。


「浄化網?」

「浄化柱を網状に組んだものだ」


 浄化柱。何度か見たことがある。遠目で黒い柱が地面に突き刺さってるな、程度でしか見たことは無いが。心成兵器をセットすることで、そこから放たれる感情のエネルギーを変換し、神の血を無害化し、汚染された土壌や水を、浄化することができる。

 それを網状に組んだものか……。


「海に壁を立てるイメージですか?」


 彩芽がそう問いかける。


「君たちはそういう認識でも良い」

「安全な海路を確保と言いますが、可能なんですか?」


 浄化したところで、水棲型の眷属の脅威が周囲にあるのは変わらない。


「我々はある仮説を立てたのだ」


 そう言いながら元帥は机に広げられている地図に目を落とす。


「神龍・神獣が討伐され、大地と空を取り戻したわけだが。君たちは、湖や川に水棲型の眷属が現れるの、見たことはあるかね?」


 ……ない、な。それも、神獣や神龍を殺す前から。神獣が殺され、陸、川、湖が浄化され。眷属の脅威は普通に暮らす分にはほとんどないと言って良い状態だ。


「そうであろう。故に我々は考える。浄化によって眷属の侵入を抑制する効果が、あるのではないかと」


 空戦型はそもそも確認できなかった。陸戦型は特に意に介すことなく入って来た。だからといって、水棲型がそうだとは言えない。元帥の説だってありえる。

 東京支部にも川は結構あるが、確かに、水棲型が入って来たこと無い、浄化した後、神魚が勢力を広げようと入って来たことも無い」


「僕は、海だけが縄張りだと考えていました」

「あぁ。それが現状、有力な説だろう。だが現に、塩田の近くに水棲型眷属が現れても、海水の浄化が終わった塩田にまで侵入されたという報告はない。故に最近勢いが生まれているのが今話した説だ」


 状況証拠のみだが、このロードオブキングダム作戦が成功すれば、ある程度説が立証できたことになる。ということだろう。


「そこで僕たちに、設置作業と浄化作業中の露払いを、と」

「その通りだ。昨日、担当していた部隊に負傷者が発生した。なるべく実力者を用意したい任務だ。変わりは簡単に見つからない。大門支部長には既に承諾を受けている」

「わかりました」

「よろしい、任務は明日だ。今日はコンディションを整えるのに使うように」

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