第33話 東京支部では。

 欧州本部を出たその日の夜。僕たちは東京支部に帰って来た。支部内は張り詰めた空気が漂っている。

 それは、神龍と戦う部隊の人員選定の時以来の緊張感だ。


「ねっ、遥君」

「ん?」


 有希が目線で示した方向。そこには腕を組んでこちらを見ている……ん?

 帰還の報告をしに支部長室に向かう僕たちを出迎えたのは、御門少佐。防衛大隊隊長がわざわざ何を?


「来たか、待っていたぞ」

「何かあったのか?」

「あぁ。神魚のことも聞いている。勿論、防衛大隊としても迎え撃つ準備は進めているが、それと並行して処理しなければならない、面倒なことだ。詳しくは中で話そう」

「んー? みかど君、外で待つ必要無くなかった? あっ、遥君に会いたかったのか」

「ち、違うわ! というか、一応、俺の方が先輩の筈だぞ、今更だが」


 御門が頬を引きつらせながら抗議する。こんなやり取りも懐かしな。

 有希の、のほほんとしながら、からかってくる感じが、御門にとってはある種の弱点なのだ。


「階級は上だよ。わたしの方が」

「せ、正確にはまだ……同じ階級だぞ」

「あと十分くらいのはなしだね。でもまぁ、純粋な戦いの腕なら、御門君の方が上だけどさ。正直、過分な評価だよ」

「ふん。戦いの腕は技術ばかりじゃないさ。重要な決戦の場面に居合わせることができる運。それもまた、戦いの腕だ」

「御門君は、自分に課した責任をちゃんと守ってる。自虐するものじゃないと思うよ」

「ふん。入るぞ。望未、そして、四季。お前達には決して無関係ではない話だ」

 

 

 

 「新世界教が、防衛大隊の前線宿舎を?」

「そうだ。幸い、怪我人は出たが、死者は出ていない。それでも、塀が破壊され、防衛隊員が銃撃されたのは事実だ」


 大門支部長が、渋い顔で淡々とそう報告した。有希の笑顔が、僅かに曇った。

 しかしながら、銃? そんなもの、外周区の人間が手に入れられるものじゃないだろ。軍人である僕らですら、そう見たことは無い。

 内区の金持ち共ですら、それなりにめんどくさい手順を踏まなきゃ手に入らないものだ。


「拳銃か?」

「小銃もあったらしい」

「どこまでが冗談だ?」

「残念ながら事実だ。俺自身も対応したからな」


 御門が差し出してくるのは写真だ。壁にできた弾痕、現場に残された薬莢。


「お前がいながら逃げられたのか?」

「敵に心成兵器使いの凄腕がいる。黒フードの男。お前が四年前に報告した特徴と一致している。そいつに手間取った上に逃げられた」

「……あの男か」


 御門の心成兵器は巨大な剣。むしろ、小回りが利かない武器で、あの立体的な動きで隙を狙いに来る戦い方に対して、よくやられなかったものである。


「……僕たちに、新世界教を……潰せと」

「そうだ。防衛大隊の大半は既に臨海地区に出払っている。他の部隊では、件の黒フードの男を相手するのは難しい。よって貴官らに、この任務を頼みたい。神魚との戦いまで時間はあまりないが、無視できるものではない」


 難しい状況での難しい判断。中途半端な部隊をぶつけて良い相手ではないと支部長は判断した。参謀本部も同じ判断だろう。


「確保ですか?」

「最悪、黒フードの男は殺しても構わない。望未しょ……中佐を確保する時とは状況が違う」


 先ほど、僕以外の四人は階級が上がった。僕は蹴った。これ以上上がっても意味は無いから。


「……この件は、四季大佐。望未中佐。二人で担当せよ。更科中尉。唐木美沙都准尉、唐木美鈴准尉の三名は、神魚討伐のための準備を担当せよ」

「フェンリル遊撃隊。了解」

「以上だ。四季大佐、望未中佐は早速だが取り掛かってもらう。御門少佐、後は頼む。更科中尉、唐木美沙都、美鈴准尉は残れ。神魚に関する現在の状況を共有する」

 

 

 

 

 「有希、大丈夫か?」

「何が?」

「……いや、だって」

「もう、知らない人だよ。わたしに家族はいない」


 そう言って有希は笑う。だが、普段の笑顔と違う。慌てて貼り付けたような。そんな笑顔だ。


「とりあえず、こちらの状況を伝える。既に奴らの本部は特定してある。が、いつこちらの動きに勘付かれて逃げられるかはわからない」


 沈みかけた空気を御門が仕事の、嫌でも気が引き締まる状況に持っていてくれる。


「なんだ、あとは制圧だけ、という状況までは持って行っていたのか」

「防衛大隊としての責任だ。お前たちに余計な手間はなるべくかけさせないさ」

「じゃあ、すぐに……有希、お前は」

「行くよ。命令だもん」


 迷う。それは、神龍討伐の時とは違う。僕の一方的な思いの押し付けとは違う。


「有希。無理、しなくて良いんだぞ」

「大丈夫だよ。わたしは、だいじょうぶ」

「四季。時間は無い。行くぞ」

「……わかった」

 



 思い出すのは、押収本部から帰る前日の夜。風呂から上がった僕を、有希はベッドで横になって待っていた。


「となり、来なよ」


 眠たげな声で、有希はポンポンとベッドを叩く。


「マジなのか」

「マジだよ。言ったじゃん。人の温もりが、恋しいって」


 彩芽にでも抱き着いてろ。そう言おうとして、でもすぐに飲み込んだ。


「……わかったよ」

「うん。ありがとう」


 どうしてか、慎重にゆっくりと横になった。昨日と変わらない、ずぶずぶと沈んでいくような柔らかいベッド。


「ふふっ。なんか楽しいね」

「……そう、だな」


 不思議な高揚感がある。こんな夜が、ずっと続けば、なんて考えてしまう。


「手、握ってよ」

「あぁ」


 今の僕に、有希の言葉に従う以外、選択肢は無かった。


「遥君」

「ん?」

「君に、まだ、わたしって、必要なのかな」


 今にも消え入りそうな声で、有希はそんなことを言った。


「……僕と君の関係、必要不必要なんて次元で語れるもんじゃねぇよ」

「……ん」

「そんな悲しいこと、言うなよ」


 沈黙が下りた。握った手はそのまま。だけど、言葉だけが返って来なかった。


「結構恥ずかしいこと言ったと思うんだが」


 言いながら顔を横に。有希を見る。


「……は?」


 スゥと安らかな寝息。穏やかに目を閉じていた。


「はぁ……」


 全く。タイミングが良いんだか、悪いんだか。





 「そろそろ着くぞ」

「あぁ」


 顔を上げると、目の前には普通の民家があった。外周区の貧民街として見れば、少々豪華だが。塀に囲まれた、土壁の家。調査の結果、地下に本部があるらしい。有希が言うに、本部は大体は地下に作られていると。そして、バレて踏み込まれることになっても、地上に出るための抜け道が存在する。その出口の近くには、信者にはわかる印があると。


「どうした? お前までボーっとするな」

「悪い。作戦は?」

「俺が信者の確保。お前はあの黒フードの男。望未は他の奴らを率いて、施設を占拠だ」

「大雑把な作戦だね」


 有希は既に、鎌を出していた。


「良いか、望未はなるべく戦いを避けろ。銃弾を防ぐ手段が乏しいからな」

「ん。おねがい」


 ……何だかんだ、御門と同じ戦場に立つのも久しぶりだな。


「じゃあ、僕は黒フード探してくるよ」

「あぁ。頼む。よし。俺と四季で先行するぞ。望未は入り口の方に防衛隊の奴らを待たせてある。そっちと合流してくれ」

「了解」

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