第32話 あの日。

 その日は、いつも通りの討伐任務の筈だった。

 所属して一年もして、わたしはそれなりに殺しというか戦闘の才能があったらしい。気がつけば上等兵に、遥君は将校課程? とやらを修了して尉官? になっていた。准尉だ。

 あのひと、座学も優秀らしい。いつ勉強したんだ? って感じで、たまに教本をパラパラめくっている程度だった気がする。

 いや、今は良い。後ろの後輩達をちゃんと生きて帰さなければ。えっと……。

 そうだ。遥君がいないとはいえ、わたしだって、戦えないわけじゃない。

 遥君がいない任務だって初めてではない。ただ、新人を率いるのが初めてなだけだ。


「下がって。空戦型はわたしがやる。そこの狼を囲んで叩いて」

「りょ、了解!」

「了解です!」


 三人で二体。私がしっかりしなきゃ。

 ソニック・ホークの首を落とし。下の様子を確認する。うん。大丈夫。生きてる。凌げてる。

 なら後は、わたしが援護しつつ、新人に止めを刺させるだけだ。


『更級君! マズいぞ。砲撃だ!』

「えっ?」


 警告を受けた瞬間。驚きつつも、身体はしっかり動いていた。新人二人の足を払い、地面に伏せさせ、狼、マッハ・ウルフの首を落として蹴り飛ばし、砲弾に対する盾にした。

 くっ、タンク・エレファントだ。


『マズいぞ。特異個体の反応がある』


 特異個体……ということは、群れだ。通常の個体よりもあらゆる面で強力になっている。そして陸戦型の特異個体の特徴は、自身を長として群れを作ることだ。

 考える。心をコントロールして冷静になって、考える。ここで退いたら、防衛隊……だけど、タンク・エレファントの群れだ。これ以上近づけるわけにはいかない。

 黒い大地の向こう、ずらりと横に並び、砲台をこちらに向けてくる影が見える。


「大丈夫?」

「はい、ありがとうございます」

「望未上等兵、ど、どうすれば」


 すっかり怖がってしまっている。足が震えているのが見える。大した怪我はしていなくてもこれでは、ちゃんと戦えないだろう。

 二人とも、鍛え上げられた逞しい身体をしていても、怖いものは怖いのだ。

 二人は入ってひと月と聞いている。……ここで、群れを食い止めるべきだ。それが軍に入ったわたしに与えられた役割だ。果たせないなら死ぬだけ。なんてわかりやすい。


「ねぇ、君たち。家族いる?」


 そう言うと、どっちも頷いた。


「怪我をして退役した父。あと、母と、妹が」

「自分は、母と姉がいます」

「そう」


 この二人には、帰りを待つ人がいるんだ。


「じゃあ、ちゃんと生きて戻らなきゃね」


 飛んできた砲弾。遥君なら斬撃を飛ばして切り落としているところ。でも。


「こっち!」


 三人で走る。隠れるところが殆どない平地だけど、防衛隊がいざという時逃げて隠れられる塹壕やたこつぼを用意している。


「ぐっ!」


 後ろからの苦し気な声に振り返る。


「状況報告!」

「は、破片が、足に」


 聞き終わる前に、担いでもう一度走る。この二人は、わたしとは違うんだ。だから!


「ここに隠れて。音が遠くなったら周りを確認しながら東京地区に戻って」

「の、望未上等兵は?」

「戦うよ。それが仕事だから。君はその子の手当てをして。じゃ」


 さぁ、行こう。わたしの、いるべき場所へ。


『望未君! 君も隠れるんだ! 望未君! これは命令だ! くそっ、誰に似たんだ。おい、四季、戻って来てすぐで悪いがスクランブルだ』

「わたしは、いらない子だから」


 無線は切った。さぁ。何体倒せるかな。




 腕、そろそろ重い。上がらなくなってきた。足の感覚も無くなって来た。明日があるならきっと筋肉痛だ。

 飛んでくる砲弾を避けながら、大きな象を斬りつけて、斬って、斬って、斬る。


「はぁ」


 遥君ならそろそろ一番後ろにいる特異個体とやらに取り掛かっている頃だ。まだ五体しか倒していないわたしと、大違いだ。

 はぁ。避けてばかりじゃ話にならない。どうしたら良い。わからない。


「はぁ……はぁ」


 足を止めたら、死ぬ。動く方向を間違えても、死ぬ。

 息が。身体が、諦めようと囁く。少しくらい止まっても大丈夫だと、甘い言葉を囁いてくる。


「ふぅっ!」


 身体全体で振りぬいた鎌で、象の砲台を切り落とす。そのまま象を踏み台に飛び上がり。身体が落ちる勢いそのままに振り下ろした鎌で、象の頭を落とす。


「はぁ」


 あと何回鎌を振れる? あと何歩走れる?


「はぁ」


 やばっ、目がチカチカする。足がもつれる。心に、身体がついてこない。地面が、目の前に。


「望未上等兵! 自分も戦います!」


 遠くから、そんな声が聞こえた。


「おいばか、その傷じゃ!」

「うるせぇ! 止められても行くぞ! うおおおお」

「くそっ、自分も戦います! だぁああああ」


 あぁ、全く。待ってる人がいるなら、素直に逃げなよ。霞んだ視界に映るのは危なっかしい立ち回り。相手の間合いなんか気にしないで、自分の間合いで戦うことしか考えていない。

 鎌を持ち直す。こうなったらもう。全部を、倒すしかない。倒さなきゃ。

 覚悟を決めた。立たなきゃ。鎌を杖代わりに、身体をどうにか持ち上げる。目元を擦って視界を戻して。そして、気づいた、目の前に、見慣れた背中があることに。灰色の制服。線が細い印象だけど、誰よりも頼りになる背中。


「おい有希。なぜ無許可に死にかけてる。いらない子だと? 君がいなかったら誰が僕を起こしに来るんだ」


 聞こえた澄んだ声は、少女の声と言われても遜色ない。そして、その姿がブレる。

 熱を感じた。わたしたちに砲台を向けていた象が、斬られ、その肉片は燃えてすぐに白い灰に変わる。黒い大地に吹く風に巻かれていく。


「更科、勝手について来たんだ、有希とそこの怪我人を保護しながら回収ポイントに急げ。くっ。やっぱり動くな」


 遥君が飛んでくる砲弾を次々に切り落としていく。だけど。それはもはや、砲弾の弾幕と言うべきもの。


「聞いてた数より多いな。業火剣乱!」


 飛んでくる砲弾を切り落としていく。自分に向かってくる砲弾よりも、わたしたちの方に向かってくる砲弾を優先しているのは、すぐにわかった。


「チッ」


 体勢を崩してよろめいたタイミングで、砲撃が止む。どうにか凌いでも、それでも、次は……けれど遥君は、わたしたちの前に立ち続ける。


「遥君! もう良い! もう動けないわたしなんか置いて逃げて!」

「馬鹿が!」


 叫びに応えるように、炎が猛る。


「僕は言った。面倒を見ると。僕は連れ帰りに来たんだ。……そのためには? ……僕は……俺は……」


 一斉砲撃。砲弾の弾幕第二波。第一波を凌げただけ奇跡だ。斬撃を飛ばせる遥君だ

からこそ、できたことだ。


「殺せば良い」


 炎の中に、冷気を感じた。刺すような、心臓に、直接剣を突き付けられているような。


「殺す。確実に」


 遥君の手に、二振り目の剣が。……二振り目……? その剣が、冷気を纏う。


「そっか……姉貴、そこにいるんだな」


 ……姉貴?


「全員、僕を信じてそこから動くな。どの砲弾を落とせばいいかわからなくなる。良い機会だ。エレメント解放と飛ぶ斬撃の運用方法を見せてやる」


 二振りの剣を構え、笑みを浮かべ、遥君は、一人群れに突っ込んでいく。

 氷の華、炎の華。熱と冷気が光となりて眷属を斬り飛ばしていく。

 舞うように、踊るように。一振りするごとに、命を確実に刈り取っていく。


「ハハッ……百火氷乱」


 剣の速度が増す。わたしたちの方に飛んできた砲弾も届く前に斬り落とされる。後ろに目でも付いているのかという動き。

 炎は猛り、冷気は鋭さを増す。一際巨大な個体。特異個体が怒りを、咆哮を以て示す。遥君はそれに刃を以て応える。氷漬けになり、動きを止められ、熱に焼かれ斬り飛ばされ。そして。

 群れは、たった一人に殲滅された。


『特異個体の反応、消失! 医療班は待機させてある。RTB』

「はぁ。おいこら有希。無線を切るな。命令は聞け。逃げる算段くらいつけとけ」

「四季先輩、いきなり説教ですか? 私じゃないんですから勘弁してくださいよ」

「デブリーフィングだ。更科もあとでやるぞ」

「うっ……了解」


 頭が、ボーっとする。

 生きてる。なんで?


「おい、そこの新兵二人。よく生き残った。だが、勇気と無謀は違う。敵に向かって行くは良し、守るべき民がいる軍人としては正しい。だが、無策に義務感だけで突っ込むのはただのアホがすることだ。覚えておけ。家族がいるのだろ。ただただ命を散らしに行くな。何が何でも生き残ることを考えろ」

「はい!」

「……そっちは痛みで失神したか。……応急処置は完璧だな」

「そ、それは、更科二等兵が」

「おぉ、お前、意外と器用だな」

「先輩、もう少し素直に褒められませんか?」

「僕は基本正直者だ」


 ボーっとする。生きている実感が無い。でも、生きてるんだ。


「いくぞ」

「う、うん。あれ?」


 ちからが、入らない。うまく、立てない。


「ったく」

「わぁっ、えっ、遥君?」

「なんだよ。別に横抱きにされたの、初めてじゃねーだろ。行くぞ」

「で、でも」

「騒ぐ元気あるなら自分で歩くか?」

「……運んでください……おねがい、します」

「眷属来たら放り投げるからな」


 頭が真っ白で。ただ、遥君を見上げていた。

 仏頂面は相変わらず、静かに絶望を眺めている目をしていて。でも、優しく運んでくれているのはわかる。


「わたしを、助けに来てくれたんだ」

「あぁ」

「そか」


 素直に頷かれると思っていなくて、そんな言葉しか返せなくなる。


「君に恩赦が下るまで、面倒を見るって言ったからな」

「……ん。ありがと。そういえば、さ。お姉さん、いるの?」

「いや、僕にはもう、家族はいないよ」

「……そう、なんだ」


 支部に帰ってすぐに医務室に運び込まれた。怪我はすぐに治る。立てないというのも単純にエネルギーを使い過ぎただけ。一晩寝れば治ると。その言葉通り、次の日には退院となった。

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