第30話 晩餐会と帰国前の夜。

 それから、僕らは宿泊中のホテルに戻った。これで四泊目だが、大丈夫なのだろうか。追加の滞在期間もここで歓待して。快適だが、申し訳なさが勝る。


「眷属って食べられたんですね」

「なんだ、初めてか?」


 ビッグ・サーモンのステーキ。レモンとチーズが乗せられている。彩芽がしげしげとそれを眺めている。

 脂がのっていて、筋も少ない。料理人の腕が良いのもあるのだろうが。久々に食ったがやはり美味しい。運ぶのが手間だから倒しても放置することの方が多いのだ。今日は浄化網の設置が終わって空いたところに僕がリハビリ代わりに氷漬けにして置いた奴を積んだ感じだ。


「美鈴は、水上戦自体、初めてだった。美沙都も」

「まぁ、日本支部だとな。彩芽はあったんじゃないか?」

「はい。防衛隊にいた頃、一回だけ。本当に美味しいですね」


 一時期はこいつを大量に狩って、食糧問題を解決しようとする案もあったくらいだ。陸には陸で、ビッグ・ピッグ。巨大な豚。空にはフライド・チッキンがいたその前に浄化設備を十分に用意ができて、農耕施設の開発を進めることができたわけだが。

 慎重に、痛むところ動かさないように歩いているような、そんな空気。

 あれから、港を確認して、見える範囲の海を見て回った。救助部隊が近海を探索し、点呼も行った結果、あの波に巻き込まれた作業員はいなかった。全員無事に逃げられたことが確認された。

 浄化網に関しては明日点検。港も、元々こういう事態は想定して設計されていたため、目だった被害は無かった。


「ん?」


 五人で食べていたわけで、僕が所謂上座に座っていたわけだが、下座のテーブルが唐突に準備され、そこに座ったのは。


「る、ルイ、た、大将……」

「すまない。食事しながら良い。重要な話がある。急を要する案件だ」


 痩せ型の優男。鮮やかな金髪。見た目は若いが歳はもう三十を超える。

 元帥の現在の右腕とも言える存在。自ら前線に立つこともある。その実力は欧州本部一と言われている。

 刀身の細い直剣で舞うように戦う様から、パピヨンという異名持つ。ファンも多い。


「今日、君たちが遭遇した神魚と思われる個体についての報告だ……おぉ、美味だ。臭みが無い。血抜きが手早く行われたようだな……さて、本題に移ろう」


 そりゃぁそれ、有希が頭をすっぱーんと初手で落とした奴だからな。

 僕たちが無意識のうちに避けていた話題。だが、聞いておきたい話でもある。無意識のうちに、ナイフとフォークを置いた。それは、他の四人も同じだ。

 大将は食事をする手を止めることなく、話を進めていく。


「昨日の時点で反応自体確認はできていた。二時間前、海上レーダー施設をフルに稼働させて追っていたが、恐らく深海に潜ったのだろう。追えなくなった」

「神魚が近くにいる可能性がまだあると」

「その通り、だった。だが一時間ほど前、アメリカ支部ハワイ拠点の方で反応が確認された。欧州本部に迫る危機は随分と遠くに去って行ったことになる。だが、凄まじい移動速度だ」

「……どうして急に」


 美鈴がぽつりと漏らす。そうだ。そもそもの眷属の反応が多い陸上では、神獣の反応は紛れて見つけられない状態だった。個体数がそこまで多くない空では、神龍は目立っていた。だから最初、神たる脅威は神龍のみと思われていた。と、今では解釈されている。

 そして神魚、地球の七割は海。その広大さから、簡単には見つけられないと思っていた。

 しかしここに来て、唐突に反応が確認できるようになった。


「お仲間二体ぶっ殺されたらそりゃキレるだろーよ」


 美沙都の答えに大将は頷く。


「我々も因果関係があると考えている。そして十分ほど前、ロシア支部、シベリア拠点にて同様の反応が確認された。日本支部に、着実に近づいている。よって明日、フェンリル遊撃隊は日本への帰還を命ずる。現状、神たる脅威に対抗できる可能性があるのは、諸君らだ」

「了解」


 代表して僕が答えた。

 向こうがやる気なら、丁度良い。探す手間が省ける。


「戦力については本部を代表して、協力を約束する。必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ。私自身も、明後日、日本支部に向かう予定だ。向こうでもよろしく頼む。うむ。美味であった。失礼する」

 



 着替えもせずベッドに飛び込んだ。

 ……あれに僕は勝てるのか? 今日万全だったとして、あの場で戦いという段階まで引き上げられたのか?

 彩芽のエレメント解放は通っていた。だが、あれも確実性に欠けるだろう。追い詰められたと判断して逃げられると考えると。


「はぁ」

「遥君。入って良い?」

「ん? あぁ、いいぞ」


 鍵を開けると、寝巻き用のジャージ姿の有希が入ってくる。


「どうした?」

「うん。その、さ」


 人差し指と人差し指を合わせて、何か言いづらそうにもじもじとしている。


「あぁ」

「今日、一緒に、寝て良い?」

「……なぜ?」

「……最近ね、君との出来事、思い出すんだ」

「はぁ」

「ちょっとだけ、嫌な予感がするんだよね」

「嫌な予感、ね」


 ……良い機会だな。


「良いぞ、僕も有希と話したいこともあったし」


 彩芽に頼んでいたことだが、自分で聞いても良いだろう。


「うん。……その前にシャワー浴びてくる?」

「そうする」

「お背中流そうか?」

「冗談はほどほどにしとけ」

「冗談でも、無いよ」

「……有希、最近、何を考えているんだ? どうしたいんだ?」

「どうしたい?」


 わからない。今だって、どうしてわたし、遥君に甘えるようなこと、言っているんだろ。

 静かな目を向けられる。じっと、静かな目が。


「……わかんない、かな」

「わからない、か。まぁ良いや。好きにしろ」

「ん」


 ベッドに座って足をぶらつかせる有希を横目にシャワーを浴びに。まぁ、流石に入って来ないか。と。思っていた。

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