新世界の扉

第54話 そして英雄は帰還を選ぶ。

 夜の街。と言っても、一年も前と比べれば随分と明るい街になった。

 ビルとビルの間を跳ぶ。標的は空中で自由な動きが効かないと思っているのか、こちらに向かって刀の先を向けて狙いを定めている。着地のタイミングで突き刺す気だ。


「美沙都」

「はいよ」


 突風が吹いて空気の流れが変わる。風に乗り、もう一度浮き直す。


「なっ」


 驚き動きに迷いが出る一瞬。その間に美鈴は後ろを取り。剣を首元に当てる。


「もう少し押し込めば、死ぬ。投降して。あなたでは、勝てない」

「するものか。力があるんだ。自由に生きるんだ」


 警告のために無駄にした時間を、向こうは無駄にはせず、すぐさま距離を取り、状況をイーブンにした。美鈴を殺していくことを選んだらしい、刀を上段に構え向かってくる。


「そう。首を落とされるか、腹を掻っ捌かれたいと」

『美鈴ちゃん。殺害は許可していません。無力化までです』

「わかってる」

「何ごちゃごちゃ喋ってんだぁっ!」


 でも、遅い。ぶんぶんと剣を振り回すだけだ。

 相手が眷属ならわかる。大型の敵に威力優先の大振りの攻撃はむしろ合理的だ

 だが、これは対人戦だ。この人の攻撃が、美鈴を捉えることは、ない。


「甘え、当たれば勝ちなんて」


 美鈴の呟きはもう届かない。

 峰内が鳩尾に叩き込まれ、そのまま気絶した。


「四季隊長の方が、何億倍も強い」

『規格外と比べないで上げてよ。ダイヤモンドが泥団子に柔らかいって文句、言ってるようなものだよ』

「……彩芽先輩も現場に出れば良いのに」

『そういうことができる立場じゃなくなったからねぇ。辛いところだよ』

「……まぁ、平和は謳歌するものですから。きっと、四季隊長なら、そう言います」

『……美鈴ちゃん』


 彩芽先輩の声に心配の色が混ざった。気にしなくても良い。何も言わずに姿を消したあの人のことを。あれだけはっきりと気持ちを伝えたのに姿を消したあの人のこと

なんて、何とも思ってない。思っていない。


「なんとも思っていないって顔じゃねーぞ。美鈴」

「うるさい、美沙都」

「ったく。折角足取り掴めたってのによ。連れてかねーぞ、明日」

「……ごめん」


 美鈴たちに与えられている極秘任務がある。

 四季遥、望未有希に接触すること。

 神たる脅威を滅ぼした後に出来上がった統治機構。『世界政府』その暗部とも言える治安維持機構。『埋葬者たち』表向きの組織ではない。政府の中でも一部の人間たちしか知らない。

 彼らは、おかしい。おかしいとしか、言えない。

 直接戦ったことがあるわけじゃない。ただ、勝てると、自信をもって言えない。美沙都と二人で挑んだとして、だ。美鈴一人では、勝ち切れない。そして、押し切られると考えるべきだ。

 不気味なのだ、とにかく。

 そんな奴らに、四季隊長と望未先輩は、狙われている。 

 だから、それまでに。それまでに。


「隊長を、こちら側に引き込む」


 隊長を心成兵器所持者管理委員会に引き込んでしまえば、簡単に手を出せなくなる。世界政府での発言力が大きい彩芽先輩とフィリップ顧問がいるのだ。大門支部長や、平等院参謀本部議長、それにルイ元帥、HDFの重役は世界政府にも残っている。

 隊長が負けると思っているわけじゃない。それでも。


「今度は、守らせてくださいよ」


 隊長が、もう戦わなくて良いようにする。

 折角の、平和なのだから。

 




 「……不気味だな」

「だね」


 森で襲撃を受けた。木から木に飛び移りながら襲撃者はこちらの隙を伺っている。黒装束に黒いマント、白い仮面をつけた、如何にもな風貌。

 扱っている武器が心成兵器なのはわかる。だが。それだけなら、まだ。だが。


「完全に見切ってるな」

「うん。バンドル・センスには至っているみたい」


 だがそれにしたって。飛んでくる斬撃を完璧に見切って避けきるとは。そう、さっきから斬撃を飛ばして反撃をしているのだが、全て避けられている。

 最初の一回ならまぐれかもしれないと思えた。だが、僕だって手を抜かず連続で、眷属の群れを相手するつもりで放った。バンドル・センスもフルに活用して避けた先に置き斬撃もした。

 だが、全部避けられた。


「手強いな」

「君がそこまで言うなんて。ねっ」


 有希の鎌と敵の短刀が衝突する。バンドル・センス同士の戦いか。僕も殆ど経験が無い。だが、これ程の領域に至る心成兵器使いが、なぜ神たる脅威との戦いの時に噂すら聞こえてこない。短刀を使う心成兵器使いは聞いたことが無い。

 これほどの実力者なら、名前くらい耳に入っていそうなものだが。


「っと」 


 相手は二人だな。他に気配は無い。こっちはメリケンサックってやつか。

 なんなんだ、こいつら。明らかに俺の動きを先読みした動き。この動き、俺の飛ぶ斬撃の弱点を理解している。

 眷属との戦いとは違う。人間同士の戦い、眷属との戦いよりも、時間が無いのだ。

 それは例えば、飛ぶ斬撃を放つための、一瞬の溜めの時間。極限まで短くしていても、どうしても存在する隙。

 大量の眷属を相手なら気にならない一瞬も対人戦では。特に近距離での手数と速さを重視する戦い方をする相手では。


「だけど、僕だって」


 腐っても世界最強。英雄だ。

 黒い剣が闇を纏う。重圧を纏う。エレメント解放。振るう。


「っ」


 舌打ちと共に二人の襲撃者は膝を突いた。


「……まだいる」


 集中すれば感じる気配。油断しなかったおかげで、気づけた。地面に剣を突き立てる。それだけ、僕が位置を認識した襲撃者たちに重圧が襲う。


「っ、これが、英雄」


 茂みの中に隠れていた追加は十人、全員立つことが叶わなくなる。そうだ、僕を狩るのに、二人は少なすぎる。


「有希、怪我は」

「とりあえず一撃ももらってないよ」


 完全に、徹底的に対人戦を想定した武器、動き。


「何なんだ、こいつら」


 恐らく、東京地区から送り込まれたと考えるべきだが、僕と有希を殺すつもりなのだろう、そういう事態は想定していた。


「どうする?」

「安全を取るなら、ころすべきだと思う」


 有希の意見はごもっともだ。だいぶ北に来ている、殺されたのを察知したとして、向こうが別の手を打つのにはそこそこ時間がかかるはずだ。


「……まぁ、折衷案だ」


 エネルギーを剣に流し込み、重圧を強めた。




 気絶させて放置することを選んだ。一応、検分したわけだが。


「……棺桶を引きずる死神?」


 それがこいつらのシンボルなのか。非公認の犯罪集団なのか、それともちゃんと政治的由来がある組織なのかで話が変わってくるが。

 あの黒フードの男のような対人戦に特化した立ち回り。しかも、心成兵器に対しての熟練度だけで言うなら、あの男以上のもの。


「東京で何が起きている」


 わざわざ僕を追ってきたことも。こちらの位置が察知されているのも、妙だ。


「気になる?」

「あぁ、こうならないために僕は東京を出たんだ」


 そして、向こうが僕を殺す気でいると言うのなら。


「向こうの思惑通りかもしれないよ?」

「だとしても、それが僕の責任だ。有希は……」

「勿論。遥君が行くのなら、私は隣にいる」

「そうか」


 目的地は東京地区。今はビルが並び立つ、神域に飲まれる前の姿を取り戻しつつある場所。

 一年振りか。変な気分だ。もう、訪れることなんて、無いと思っていた。

 北の方にあるやたらと広い、かつては牧畜が盛んだったという土地で、ゆっくりと過ごすつもりでいたから。

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神殺しの絶望の先。明日の果て 神無桂花 @kanna1017

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