第6話 調査任務。

 自分の机でガリガリと何か書いている更級の背中をちらりと見て。天井を見て。あぁ、本当にこうなってしまったんだなと嘆息する。

 隊には隊のための部屋が割り当てられることになっている。

 フェンリル遊撃隊として、一応の正式な発足が認められ、僕たちは隊専用の部屋にて過ごす時間が増えた。

 フェンリル大隊の頃は、建物一つ貸されていたのだが。それは良いとして。自分の机に置いてある書類に目を落とす。……どうしたものか。いや、どうするか、僕の行動は決まっている。

 更級が隊長席。奥の一番大きな席に座り、書類を読んでいた僕の前に立った。


「あの、先輩。参謀本部から、人員の選定を急げと」

「……うん」

「先輩?」

「その件は後だ」

「……参謀本部ですよ? そりゃ、先輩なら命令違反したところで謹慎くらいでしか罰の下しようはありませんけど。先輩より戦闘で強い人いませんし。それでも……一体何ですか? 参謀本部からの命令を後回しにするほどのことって」


 強さに物を言わせて好き勝手やっていると言われるのは少し心外だが、いや、戦中からそういう節が無いとは言い切れないが。と、自分の行動を振り返り思う。

 それはともかく。そうだな、隊員には話しておくべきか。


「これだ」

「……遠征調査任務ですか?」

「あぁ。観月から写しを貰ったんだが」


 管制室には立案され、決行が決定された作戦の詳細は全て伝えられることになっている。それが無ければ現場の隊員を導けないからだ。 

 そして今回回してもらった情報の内容。調査員の護衛を担当する隊を選定している。出発は一週間後というものだ。

 その調査先は、神域の奥。神龍・デウス・ジェネシスを討伐した場所にして、神域の発生源と言われている場所だ。

 最近の眷属の活性化、戦中程ではないにしろ、その原因を探らなければならない。それと同時に、人類の生存圏を広げるための大侵攻のための事前調査も兼ねている。


「恐らく、一番重要な遠征調査任務になるはずだ」

「……それに、参加したいと?」

「あぁ」


 この機会を、逃すわけにはいかない。

 東京地区は僕がいなくても防衛は問題無い筈。神域中心に向かう方が危険で、戦力が必要なのは間違いない。


「というわけで更級。留守は頼む」

「……? 私、フェンリル遊撃隊の副官、ですよね?」

「一応、そうだ」

「……含みのある言い方ですねぇ。とにかく、隊員が隊長に着いていくのは当然、ですよね?」

「危険だ。東京地区での防衛任務を命ずる。以上だ」


 話を打ち切る。書類を用意して参謀本部に提出しなければ。




 「四季大佐。貴官の申し出はありがたいが、現状のままなら許可しない」

「なっ……」


 平等院中将は、マグカップに鼻を近づけ、コーヒーの香りを吸い込む。そして。


「今回の任務はあくまで調査。戦闘は極力避ける予定だ」

「だとしても、回避できない戦闘が起きることも。護衛を予定する部隊の末席に加えてもらうだけで良い」

「遠征調査自体は、現状失敗した記録は無い。よって、強力な戦力に依存するものでないことは確かめられている。なら、貴官が言ういざという時の部隊の連携に異物が混じる方が不都合だ。戦場はスタンドプレイを披露する場じゃない」


 落ち着け。口論して勝てる相手ではない。中将は余裕の表情でマグカップを傾ける。


「どうしても調査に出たいというのであれば、貴官と更級少尉含め四人。つまりあと二人、フェンリル遊撃隊として用意してもらおう。三日以内だ。それまでに貴官の本気を示せたら、君たちを護衛の担当部隊の末席に一時的に加えると言わず、調査隊の護衛部隊として認定しよう。現状の君は、過去の亡霊に囚われた、私情で仕事を選ぶだけの、組織としてはお荷物の存在だ」


 中将の言い分に、僕はただ、睨み返すことしかできない。


「大侵攻はお荷物でも腕だけは確かなお前を出すのは確定だ。総力戦だからな。しかし、調査任務は違う。これは作戦の基盤をさらに固めるためのものである。大侵攻の成功率を百パーセントに近づけるためのものだ。どちらも失敗は許されないのは変わらないが、重要度が違う」


 椅子から立ち、僕の目の前に立つ。身長差で上から見下ろされる。……負けるものか。真っ直ぐに見上げる。淡々とした表情、感情を感じられない眼。正論という武器を、振りかぶっているのがわかる。


「はっきり言おう。大侵攻で貴官に期待するのは指示した場所で暴れてもらうだけのことだ。今の貴官に、かつての遊撃隊の隊員の亡霊に囚われている四季遥大佐に、的確な状況判断と先見性が要求される護衛任務は務まらないと考える。腕が確かなのは間違いない故、チャンスをくれてやるだけだ。理解したまえ」

「なら、一つだけ聞きます。なぜ僕に遊撃隊を?」

「他の者が君の戦い方を学ぶ機会を得る。君と一緒にいることになる隊員は、戦場に居ながらある程度の安全を確保しつつ、場慣れをする機会が作れる。等を上げられるが、一番の理由を述べるなら、君が子どもで、私が大人だからだ」


 ……意味が分からない。だが。はっきりしていることは。


「あと二人ですね」

「その通りだ。最低でもあと二人、連れて来てもらおう」

「了解。失礼します」


 ……くそっ。気がつけば、マフラーを掴みながら歩いていた。

 どうすれば良い。どうすれば。




 更級に適当に知り合いを二人くらい連れて来てもらうという手が最初に浮かんだ。でもすぐに打ち消した。

 そんな適当な選び方で、あの危険地帯に誰かを連れて行くわけにはいかない。

 それに。更級のことだ。順当に考えて恐らく、僕と行くという形なら更級は生還可能だ。しかしながら冷静になるとやはり。

 ……中将の言う通りだ。私情で動いている。あの時の僕は更級を連れて行くことに躊躇いが無かった。冷静になってそれに気づいた。

 部屋に戻ると、更級は持っていた名簿を放り投げて立ち上がる。


「おかえりなさい。先輩。どうでした?」

「……あぁ」


 とりあえず。話しておくか。

 正直に、さっきの出来事を話した。更級はコクコクと頷いて。そして。


「じゃあ、あと二人。すぐに見つけないとですね」

「いや……お前、怖くないのか?」

「何がです?」

「神域の奥地だぞ」


 植物が育たない土壌故に動物の生存も許されず。人類の殲滅を目的とした天敵、神獣によって生み出された眷属が跋扈する場所。

 神撃作戦の事前準備のレーダー設置任務によって、管制室でのモニターは可能になってはいるが。それでも。


「ワンミスで眷属無限おかわりだ」

「ですね」

「怖くないのか?」

「先輩が一緒なら、何も怖くありません。有希先輩が、そう言ってましたから」


 当然のような顔でそう言ってのけて、トンと胸を叩いた。


「貴官が僕にそこまで言える理由が見えない」

「先輩と有希先輩のこと、ずっと見てきましたから。……私の方で候補者何人か見繕っておきますから、先輩は調査任務の準備、していてください」


 更級はやる気満々なようで、早速どこかに出かけて行った。僕は一人、部屋に残る。


「どうしようか」


 準備ね。完全に行く前提だ。

 本当、どうしよう。

 更級の机を覗いてみる。確か、名簿を見ていた筈だ。整理されてはいるが、冊子や書類の量から、雑然とした印象も同時に受ける。


「……意外だな」


 隊の日誌がちゃんと用意され、書かれていて、人員が増えた際の運用計画、訓練計画。予算案。四人での連携の案……はまだ作成途中か。だけど、やけに具体的なのが気になる。


「……はは」


 なんだよ、これ。……僕が馬鹿みたいだ。

 ため息を一つ。後輩にここまでされて、何もしないなら、墓の前で袋叩きにされちまう。

 やるしか、無いか。責任を、果たそう。

 マフラーを上げる。有希、やってみるよ。もう一回、隊長って奴を。

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