第7話 元巡礼者の立ち回り。

 「とは言ったものの」


 どうしたもんかねぇ。恐らくポスターでも作って大々的に宣言すれば、志願は結構集まるだろう。英雄の名はそれくらいに重い。


「だが」


 それじゃあ、駄目だ。それに、頭の中で更級に期待してみるのはどうだ? という声が響いている。

 こうして悩んでいると、いつも有希が隣に来てくれる。そして一緒に考えてくれる。名案をくれるわけではない。ただ、隣にいてくれる。

 ……今は、僕がもっと、しっかりしなければな。もう二度と、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。


「やはり、僕自身が……」

「ただいま戻りました。先輩、候補者連れてきました!」

「えっ、はやっ」

「えへへ。目星は付けてたんで、支部を走り回って引っ張って来ました」


 更級の後ろから、二人の少女が顔を覗かせた。


「……君たちって、今年入った新人だよな」


 春頃に掲示板で写真を見た覚えがある。


「はい。同性ということで関わりやすいだろうと、少し前に私が教官していました。とっても優秀ですよ」

「……だろうな」


 優秀な新人と問題児の噂は嫌でも耳に入る。大隊長権限で経歴を見た時納得した。巡礼者だ。

 無許可で生存圏を出て神域を、武器もなしにキャンプしながら移動し、神域になる前の人々の遺物や、失われた技術のヒント。新たな生存圏を探す人もいる。と言えば聞こえは良いが。最近は貴重な品を見つけて持ち帰り、高く売りつけることをメインにしている場合が多い。しかしながら、それらは眷属たちの行動を理解していなければ生き残れない行為だ。

 彼女たち二人の家族はそれだ。そして彼女たち自身も巡礼者だった。そして彼女たちは問題児であり、しかし優秀ではあった。


「巡礼者は厳しく取り締まられます。私たちは捕まりました」


 しかし彼女たちは、特殊な巡礼者だった。

 訓練も無しに心成兵器を造り上げ、戦っていた。


「なので司法取引です。軍に所属し、戦果を挙げれば、罪を無かったことにするというもの。元々安定する生活ではありませんでしたから、眷属ぶった斬っていれば衣食住を保証してくれる軍という職はわりとありです。それに、今回のフェンリル遊撃隊へのお誘いも、結構ありです」


 長い黒髪に小柄な少女。唐木美鈴はそう話を締めくくった。淡々と表情を乱す様子は無い。これでも、管制の支援無しに眷属と戦い続けてきたんだ。相当な手練れだ。


「まっ、そうだな。ここなら今あたしらがいるトロイ奴らの集まりよりはありかもな。綾乃センパイから引っ張られた時は何事かと思ったが、居心地よさそーじゃねーか。人が少ないってのが良い。戦う時動きやすい。あと、あんたらならあたしらの動きに着いてこれそうだし」


 対照的な短い黒髪に長身の少女、唐木美沙都は品定めするようにこちらを見やる。


「そうですね。ノロマは邪魔ですから」

「随分と自信があるんだな」


 だが、この二人ならありだ。巡礼者は神域の奥地にまで手を伸ばすことは殆どないが、それでも、支援がほとんど期待出来ない戦闘をかなり経験しているというのは大きい。


「まっ、確かめさせてもらうけど、あたしらの隊長に相応しいか」

「そうですね。美鈴としても、またノロマの下に就くのは勘弁です」


 さりげなく更級の方を見る。


「あはは」


 困ったように笑っていた。こいつ、よく教官できたな。何を教えたんだ?




 「じゃあ。都合よく近づいてくる眷属がいるから。戦ってみるぞ」

「うす」

「はい」


 新人二人が頷く。ん?


「更級、大丈夫か?」

「……はい。いけます」


 少し心配になったが、更級の目を見た。


「……よし。では行くぞ」


 ヘリの扉を開いて、すぐに飛び降りた。

 タンク・エレファントが三体。胸を叩いた際の衝撃でも攻撃してくる巨大なゴリラ。識別名称・ビート・コングが五体。最近から見るとちょっと多めだ。


「それじゃあ。僕がゴリラを引き受けるから、象を頼む」

「えっ、あっ」


 更級が手を上げて、でも、躊躇いがちに下ろす。


「ん?……あっ。いや……そうだな。更級、指揮を頼む」

「! 了解!」


 作成途中のやけに具体的な連携案。もしかして。この二人を入れることを既に想定していたとしたら。


「今回はお互いがお互いの戦い方を確かめてもらう形で行きましょう。美鈴ちゃん、私達は怒りませんから。では、ゴリラを引き受けてください。ゴー!」

「! ……はい!」


 美鈴が、赤い刀身が大きく真っ直ぐな、片刃の両手剣を携え突っ込んでいく。


「あ、いや。更級、どういう……」

「美沙都ちゃん。煙幕を張りながら。象の群れの後ろに回って攻撃を。先輩は美鈴ちゃんがもし危なそうならフォローを。増援が来たら対応してください」

「あ、あぁ……そうか」


 話には聞いていた。眷属の群れの中心に、単身で突っ込んでいく命知らずな奴がいると。そして、大慌てでフォローしにいった人達が怪我をすると。

 突っ込んでいった美鈴に、ゴリラの拳が迫る。それを紙一重で躱す。……なんてギリギリな。

 上から振ってくる攻撃も、乱暴に地面を払う攻撃も。


「ノロマね」


 それらも、引きつけてギリギリで躱す。それが十回。そこで攻撃が止んだ。

 ゴリラの腕が、地に落ちていた。躱す動きと攻撃を同時に行う。教本に書いてある基本なんて無視した戦い方。だけど、最低限の動きで、カウンターで倒すその流れに、動きに、微塵も無駄がない。 

 だがこの戦い方は。どんなに正確に避けられても。この程度では、仕留めきれない。ゴリラが腕を失いながらも抵抗。さらに象の群れが、美鈴を押しつぶさんと、鼻を振り上げ、吹き飛ばさんと、背中の砲台を美鈴に向ける。この物量、砲台が向いている以上、後ろに下がっても追い打ちされる。

 そろそろだな、と剣にエネルギーを込める。その時だった、美鈴が後ろに飛んで、同時にゴリラが、象が、地面ごと吹っ飛んだのは。


「……は?」


 土煙の向こう。大槌担いで吹っ飛んだ象を見上げる美沙都がいた。その足元に潰れた象が二体。


「美鈴」

「うん」


 美鈴が仕留めそこなった眷属に止めを刺していく。

 圧倒的な瞬間火力。圧倒的な正確さ。なるほどこれは。


「末恐ろしいな。だけど……観月」

『気づいたか。北からだ』

「よし。更級。僕の仕事だろ、これが」

「はい、対応お願いします」


 なるほど、これは。ライオンに蛇に。大盤振る舞いだな。

 美沙都が起こした爆発に引き寄せられた眷属が向かってくる。

 瞬間火力の美沙都に、最小限の動きで戦う美鈴。逆方向に振り切っている。それを二人で補い合ってきたのか。だけどそれは。二人のスタンドプレイがただ噛み合っているだけで。

 いや、今はこっちの処理が先か。


「まぁとりあえず……さようなら」

 


 

 目の前の敵を倒し終え、増援を相手取る四季隊長の戦いが目に入った。


「英雄と呼ばれるだけのことはありますね」

「だな。美鈴の戦い方に近いんじゃないか?」

「ううん。あれは眷属が攻撃に動く前に一気に倒してる。桁違いの出力、美沙都ほどの威力じゃないけど、ううん。違う。少し下の威力を間髪入れずに連続で放ってる……できる?」

「……正直難しい」

「うん。だよね。それに、これなら、美沙都みたいに他の敵を呼び寄せたりしないし、美鈴みたいに、押し切られそうになることもない」


 美鈴が前線に立ち、重い武器を使う美沙都は、美鈴が倒せない眷属を倒す。そんな役割分担。そこに、より合理的に、効率的に、まとめて多くの敵を一気に倒すやり方を提案してくれたのは、教官だった綾乃先輩。


「綾乃先輩がこの部隊に美鈴たちを呼んだ理由がわかりましたよ」

「んー?」


 とぼけた顔をして。この人は、意外と見ている。本当に、意外と。


「どうする?」


 燃えて飛び散る赤い華から目を逸らすことなく、綾乃先輩はそう問いかける。


「……体験入隊、という形は、許されますか? ちゃんと、見極めたいです。この人から、美鈴は学ぶべきか」

「あたしも、美鈴に同じ」

「とのことですが。如何でしょう、隊長」


 あれだけの動きをしながら、息一つ切らさず、四季隊長は戻って来た。


「好きにしろ」


 平然とそう一言言い放つ、なるほど、彼ほどの実力なら、仲間なんて関係ないだろう。


「だ、そうです。さて先輩、揃いましたよ。四人」

「……ありがとな。更級。二人にも」


 けれどどうしてか、四季隊長は『ありがとう』と言った。

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