第48話 巡礼者の目指す先。
日が、そろそろ高くなる。時刻で言えば午前九時。予定通りなら、既に出港している頃か。さて、ここまでどれくらいで来てくれるだろうか。
沖合百キロのところに今、僕たちはいる。
「予定通り出港していたとして、あと三十分は見た方が良いか。美鈴、落ち着いて対処しろ。海中は僕が相手するから、美鈴は飛び出して来た奴を叩けば良い」
「了解」
「よし」
落ち着け。落ち着いて、落ち着く。落ち着いた。さぁ、行こう。
気配が多い。だが、甘く見られては困る。僕は、世界最強だ。
神魚よ、お前の同胞と一人で相対し、仲間と共に倒してきた。お前も、この刃のもとにひれ伏してもらう。
「観月、どれくらいで来れる?」
『既に全艦出撃。三十分はもたせてくれ』
「まぁ、予想通りか。あと、それ、俺以外に絶対に頼まない方が良いぞ」
『頼まないさ。この作戦が、人類最後の、神たる脅威との戦いなのだから』
「それは良い考え方だな」
よし頑張ろう。
神魚の大群とは言ったが、実際のところは十体。十体と言えど、その巨大さ、攻撃力。一発でも攻撃を通せば、船が沈む。
改めて、この戦いの難しさを実感する。足場と自分。どちらも守らなければいけない。そして今回、水中に対して有効な攻撃手段と言えるものが殆どない。
向かってくる水流、船に当たれば穴でも開きそうな水流を放つために頭を出した神魚の分身、首を落として処理する。これで一体。
「……ごめんなさい」
「急にどうした?」
「彩芽先輩や、美沙都なら、水中にだって……」
「美沙都、水中に攻撃届かせられるのか」
「はい、風を収束させて、貫くイメージと」
力ずくってことね。この一週間でよくそこまで。
「美鈴は……」
俯いて、もじもじと困ったように言葉を続けようとするが、デコピンで止める。
「えっ……?」
「まぁ、落ち着け。できないことを嘆くな、できることをやれ。僕だって、水中に対して有効な手段を持っているわけじゃない。ごり押しでどうにかしてるだけだ」
「でも」
ったく、何をこいつは。わかってないなぁ。
「僕と美鈴ができることを尽くせば、きっとこの状況も、どうにかなる。僕には美鈴が必要だ。美鈴が直接仕掛けてくる奴を始末してくれる。だから僕は安心して、海の方に気を配れる」
……胸の内に、温かさが広がる。
水面を割り、神魚が飛び出してくる。剣を構える。
唐木美鈴は一人では何もできない。何も成し遂げられない。
思い出す。出会ったばかりの頃、これまでやってきたことを、認めてくれたこと。
思い出す。有希先輩と二人で、神魚の分身の集団と交戦しているという隊長たちのところに、駆けつけようとした時のこと。鎌を背中に担いで、操縦桿を握っていた有希先輩が突然、小さく笑った。
「遥君、みれいちゃんの動き、真似してるね。水中で」
「えっ?」
有希先輩は感覚がかなり鋭敏になり、見えないものも五感で察知できるという。
隊長が、美鈴の動きを、真似?
また、認めてくれた。そんな気がした。
そして今も、隊長は、必要としてくれている。
だから……だから!
「美鈴は……美鈴は!」
一人でも色んなことができる。でも、誰かに手を伸ばせる。引っ張ってくれる。
美鈴にはない、強さ。
そんな強さを持っている隊長は、手を伸ばしてくれる。引っ張り上げてくれる。
この感情の名前は、何だろう。
ううん。わかる。
美鈴は、この人の後ろにいたい。この人の強さを支える一端を、担いたい。
美沙都、ごめん。違っちゃった、目指す場所。
でも、良いよね。どっちにしても遠いし、途中まで、一緒に歩こう。
「美鈴は……!」
赤い剣が煌めき、そして。
「美鈴は! 隊長が……好き!」
その叫びと共に、水しぶきが九つ上がった。そして、腹を見せて神魚の分身が浮かんでくる。
「……マジかよ」
海中で、神魚の分身が、水に、貫かれた……?
「はぁ、はぁ……」
剣を取り落とし、肩で息をしながらも、美鈴は油断なく海を見据える。
昂る思いは清水の如く清く純粋に。
「エレメント解放……」
美鈴は膝を突いて、頭を抑える。唐突に湧きだした大量のエネルギーに身体が追いついていない状態だ。
「一旦休め、直近の危機は脱した。よくやったぞ」
そう言うと、美鈴は頭を差しだしてくる。
「……? こういうことか」
頭に手を乗せると、ふにゃりと頬が緩まったのが見えた。正解を引いたらしい。
「隊長。美鈴、やりました」
「あぁ。だが、少しずつ慣れていこう、こういう無茶な運用はしばらく控えるんだぞ」
「了解です」
……どうやら、来たようだ。
味方の船も、神魚の本体も。だが、神魚の方が早いな。
「第二ラウンド、序盤は僕が務めようか」
『あぁ、そうしてくれ。今、浄化網設置部隊が作業を開始した。駆逐艦、巡洋艦も、神魚を射程に収めている。空母はまもなくそちらに合流するが、攻撃を開始しよう。御門と更級君を乗せたヘリが先行して、神魚の足止めのために浄化網設置の船に向かった』
「あぁ。それなら」
「隊長。美鈴も、神魚の足止め、する。ここは、無理のしどころ」
「……わかった。頼んだぞ」
美鈴の目に、強い光が宿る。きっとやり切ってくれる。そんな確信をくれる。
『四季。お前がある程度、神魚本体の攻撃手段を引き出してくれ』
「任せろ」
無線越しに、観月が深呼吸したのが聞こえた。
『こちら管制。各員に次ぐ。深海から来るぞ。ウェポンズフリー、交戦を許可する。……ここに集ったすべての英雄に、敬意を』
頭の上を通り過ぎたミサイル群が海中に飛び込み、巨大な水しぶきを上げた。
『全弾命中。第二射は指示を待て』
分身よりもやはりデカいな。いや、分身もデカかったが。空母に乗せるのに丁度良い大きさが分身、空母に乗るのか怪しいくらいが本体という程度の差だが。
「チッ」
船を蹴って宙を舞う。剣と船に向かって振り下ろされた尻尾が衝突する。飛び上がりの勢いを乗せたが弾き返すには至らない、どうにか尻尾を受け流すが、小型の船だ。
着地した船はぐらぐらと揺れている。海面に叩きつけられた尻尾が起こした波。こんな揺れ、何回も起こされたら、何かの拍子に船がひっくり返る。
「……嘘だろ」
唐突に上がった水柱は収まる気配がない。これは、神魚の口から吐き出され噴き出している水だと気づくのに、少し遅れた。船の全長よりも太い水柱。船を叩き切るのは生易しい、叩き潰してやると言わんばかりのもの。
瞬間理解する。
全員が合流した後でも、神魚に攻撃行動を許してはいけないと。
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