第49話 理想郷。

 「見つけた!」


 東京地区なんて言葉を思い出すことすらなくなるくらい遠くに来た。

 空の方を警戒していたら、姉貴は唐突に声を上げる。


「見つけたよ、ハルカ!」

「何を?」

「理想郷!」

「は? えっ? どこだ!」

「ははっ、感覚を研ぎ澄ましてみなよ」


 言われた通りに……地下に、なにか、ある。不自然な空気の流れを感じる。


「これが……!」

「おっ、良い顔するね。多分、ここに入り口が……あった!」


 ガコンと音を立てて、鉄の蓋のようなものが見つかる。取っ手を上に引くと扉が開く、そこにあるのは人一人が入れる穴、その先には、地下に続く階段が見える。


「行こう!」

「あぁ!」

「ふふん。楽しみだよ。よし、行こうっ」


 懐中電灯を投げ渡してくる。受け取ったのを確認すると、迷いなく、姉貴は階段を下りて行った。

 階段は深い、

 どんどん下りていく。

 下りていった先、廊下に沿って扉が並んでいる。一番手前の一つを開くと、そこにはぎっしりと本が詰まった本棚が並んでいる。姉貴は満足気に頷く。


「あぁ、本当に見つけられたんだ……電源は流石に生きていないか。持ち帰るのも無理か。一旦東京に戻って、それからここの保護と運搬体制の確立を急ごう」

「わかった」


 ここまで満足気に笑う姉貴を見るのも随分と久しぶりだ。


「よし、急ごう」

「一旦ここに泊まっても良いんじゃないか? 急いだところで何があるわけじゃない」


 肩を掴む。今の姉貴は冷静じゃないとはすぐにわかる。喜びに水を差すとわかっていても、一旦冷や水を浴びせる必要がある。


「……そうだね。ごめん。ふふっ、初めて君を連れてきて良かったと思ったよ」

「ひでーな」

「うん。悪かったよ。俺の教育の甲斐があったということだね」

「間違ってないけど微妙な気分だ……うん、今日はここで読書でもして過ごそうか……君は手前の部屋から何か有用な資料を探してくれ。俺は奥から攻めるよ」


 そう言って一番奥の部屋に歩いていく。


「文字の読み方を教育してきたの、これのためかよ」


 ぼやきながら部屋に入る。


「太陽光発電の仕組み。インターネット回線の仕組み。スマホの仕組み……子ども向けに絵で説明してるのか」


 仕組みはわかるが、これを実現するなら、もっと専門的な知識が必要になりそうだな。

 何冊かペラペラとめくりながらそう結論付ける。もっと小難しそうな題名の本を探すか。

 隣の部屋に行くと、今度は……なるほど、求めていた専門的な本っぽい雰囲気があるが。


「こんな文字、習ってないぞ」


 タイトルすら読めない。はぁ。文字がぎっしり詰まっていて、たまに図があって、でもこれは。


「あとで姉貴に聞くか」


 隣は、多分娯楽として書かれた本だな。一旦無視で。

 その時だった、奥でガラガラと何かが崩れる音がしたのは。


「姉貴っ!」


 姉貴なら万が一なんてほとんどない。それはわかっていても、僕は走って奥の部屋の扉を開ける。


「姉貴っ! 何があった」

「あ、あぁ。ハルカか、どう? 有用な本あった?」


 本棚から本が落ちている。いや、違う。姉貴の手に、力が入っている。


「……なにを、見つけた?」


 関連する本を一気に引っ張り出して、それで、本が崩れたんだ。


「……眷属が誕生した時の記録」

「なんだと!」

「……これだけでも、持ち帰ろう」

「……そうだな」


 その日は、いつもは交代で見張りをするところだが、並んで横になる。


「知ってる? ハルカ。一応、女の子なんだよ」

「誰が?」

「お姉ちゃん」

「ふーん」

「年上に興味ないとか?」

「考えたこと無い」

「そか。もし、東京支部まで戻ってさ、壊滅してたら、どうしよっか」

「考えたこと無いな」

「そか」


 見せてもらった、眷属の親個体が誕生した時の記録。親個体は三体、最強の生物を作り出し、兵器として運用する計画。

 惑星侵略開発計画。

 人工的に神を作り上げ、既に生命が存在する星に送り込み、生態系を作り直し、人類が新たに居住できる世界を作る。

 そのために生み出した生物兵器が、暴走した。

 自分たちが使うための兵器に、わざわざ弱点を用意する奴はいない。

 その星に住む生命体を敵視し、その生命を殲滅するために環境を自分有利に作り変え、最適な生き物を作り上げる。その任務が完了した後、自身は生命活動を修了させる。

 暴走の結果、侵略対象は地球、殲滅対象は人類。

 倒すか人類が全滅するまで、この戦いは続く。わかりきっていたことだが、眷属の寿命が終わることに期待できない。戦うしかないと知った。

 そっと、手を握られる感触に顔を向けると、姉を名乗る女は何だろう、見たこと無い顔をしていた。


「らしくないな」

「かもね……うん。寝る。これからのことは、明日考えるよ」

「そうしろ」


 目を閉じた。聞こえる姉貴の呼吸も、段々と穏やかなものになっていく。

 この時は思っていなかった。

 いや、想像もしていなかった。

 姉貴との旅が終わる日。姉貴と、なんだかんだ馬鹿なことを言い合いながら、ぶらぶら旅をすると思っていたんだ。




 次の日。バックパックに持ち出すことに決めた本を詰めて、階段を昇り、扉を開けようとしてすぐに気づいた。


「……囲まれている」

「えっ?」

「ハルカ、本は諦めよう。多分、狙いは俺達だ。ただ、群れが通過するだけというわけじゃないみたい」


 姉貴の唇は震えていた。緊張している。


「オラっ!」

「グえっ。……イッタぁ……何するのさ」


 背中をぶっ叩いた。咎めるような視線に刺される。


「いつも通りにやるだけだろ。なに緊張してるのさ」

「そうだけどさ……あーそうだね。うん。確かにいつも通りだ。よし、突破するよ。俺が先頭」

「あぁ。背中は任せろ」


 感覚を鋭敏にして。……百は越えるな、だけど、姉貴となら。


「しかしながら、なんで、ここが」

「さぁな」

「まぁ、良いや。行こう」


 扉を開けると同時に姉貴はエレメントを解放。飛び掛かって来た狼の目を貫き、さらに氷で頭を炸裂させる。

 続いて僕が飛び出して二体の首を落とす。 

 ちらりと上を見ると、姉貴は氷の足場を空中に作り、飛び回りながら空戦型を処理していた。


「逃げるよ」

「おう」


 地面に下りて来た姉貴に向けて頷く。チッ、後ろか。

 そこで、姉貴はミスをした。

 書庫に通じる入り口を守るべく、扉をしっかりと閉めて、足で土をかけて氷漬けにする。その三つの動作があまりにも隙だらけだった。

 後ろの敵に気を取られていた僕は、それを守れなかった。


「ぐぅっ」


 獅子の爪をまともに喰らった姉貴は、その強さからは考えられないくらい、錐揉みになって吹っ飛んでいった。


「姉貴!」


 この後の僕はあまりにも運が良い。

 わき目も振らずに追いかけて、全ての攻撃が外れてくれて。姉貴を担いで一旦逃げることができたのだから。

 荒い息を聞きながら走る。後ろの地面が、眷属の攻撃で抉れるのを感じる。


「姉貴、しっかりしろ」


 腰のポーチの包帯で足りるのか? 怪我の程度はどのくらいだ。頭の中がごちゃごちゃと色々考える。走る。


「姉貴っ、今治療する」

「無理だよ。多分、無理だこれ」

「馬鹿言うな」

「無理だって……ねぇ、ハルカ。お願いがあるんだ」

「後で聞いてやる。今は治療だ」

「連れてってよ」

「あぁ、どこへでも連れて行くから、今は傷を」

「この剣、俺の心、持って行ってよ」

「自分の荷物くらい自分で持てよ馬鹿が」


 くそっ、血が止まらない。一滴一滴が、姉貴の命が、零れていく。


「君のお姉ちゃんの名前も、ハルカなんだよ」

「それは驚愕の事実だな。今後はそれで呼ぶよ」

「意志を、引き継いでくれるんでしょ、ハルカ」

「諦めんじゃねぇよ、勝手に。僕を連れ出したのは、姉貴だろうが!」

「諦めてないよ。ハルカが、継いでくれるから」


 姉貴は、白い剣を作り上げる。それを向けてくる。


「連れて行って。お願い」


 足音が近づいてくる。眷属の群れだ。


「時間が無い。……ハルカ!」

「……くそっ」


 剣を掴む。瞬間、何かが一気に流れ込んでくる。これは、思い……。


「ありがとう。ハルカ。東京支部に戻って、そして、軍に志願しなよ。戦って、戦って……いつか、ここに戻って来て」

「あぁ」


 感じるのは怒り。

 怒りは燃える炎の如く。

 初めての、エレメント解放。

 この世界に。向かってくる敵に、自分自身に、怒りの炎が猛った。

 それから、気がつけば、僕たちを囲んでいた眷属は灰になるか氷像になるか。

 それから、何かに突き動かされるように、東京支部に戻ったんだ。

 目が覚めた。


「……何で、忘れてたんだ、僕は」


 姉貴の身体を凍らせて、地下の書庫にいれて。入り口を固め直して。

 姉貴の心が一気に流し込まれて、そのショックで、といったところか。


「ク゚ッ」


 気絶する直前の記憶……そうだ、神魚の攻撃を止められないと判断して、美鈴を抱えて船から飛んだんだ。

 ここは水中。美鈴は? いる。よし、起きてるな。水流が向かってくる。水中でもこの威力。グッと水圧が高まったのを感じる。向かって来ていた水流が止まった。

 美鈴がこっちに剣を向けていた。水を操作して、僕の目の前の水の量を増やして壁変わりにしたのか。

 ……空母が到着したか。どうにか登って仕切り直したいな。美鈴にこっちに来るように合図する。


「やるか」

「えっ」


 姉貴は、もっと上手く氷を使っていた。氷の陸を作る。


「……こうだな」


 空中に足場を作るのはやったことがあるが。

 空母の位置を確認する。……ちっ、今度は足場を直接狙って来るか。


「ぶっつけ本番だが」


 黒い剣を一旦片付け、美鈴を肩に担いだ。

 白い剣を振る。


「できた」


 氷の道。空母に向けて伸びる。走る、重力に従い落ちていく足場。新たな氷の道を作りそれに飛び移る。後ろから水流が迫ってくる気配。


「隊長……」

「ははっ、美鈴が軽くて助かったぜ」


 飛び移ると同時に、落ちていく足場を水流が砕く。

 なんだこれ、姉貴、こんなのを連続で作って飛び回っていたのか。


「……これで、最後!」


 足場を駆け抜ける。空母が近づいてくる。くそっ、また。足場から飛ぶのと同時に、氷の足場が破壊される。

 足元には空母、美鈴を肩に担ぐ姿勢から横抱きに変える。


「歯を食いしばれ!」

「はいッ!」


 くるりと回って、美鈴を庇う。


「遥君!」


 ……有希の声だ。

 着地。普段より丁寧に着地で来た気がする。


「おー、遥君。みれいちゃん」

「あー、有希。安心するわ、顔見ると」

「急に嬉しいこと言ってくれるね」

「本音だ。よし、準備は整ったな」

「うん、浄化網の設置、完了したって」

 これで、神魚は隔離されたことになる。あとは、タコ殴りにするだけ。

「ラウンド3.いや、ファイナルラウンドか」

『第二射、発射用意……発射!』


 観月の合図と同時に、さらに極太の電撃が水中の、神魚に向かって降り注ぐ。

 見えた。

 神魚が、水面まで上がって来た。


「チャンスだ、行くぞ」


 氷の足場を作り、僕と美鈴、有希は駆け出した。

 別の空母からはルイ大将が飛ぶ。

 人類の総攻撃が、神魚の喉笛に迫る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る