第50話 総力戦。
ミサイルが炸裂し、彩芽の雷撃が収まり、さらに海底から土の槍が襲い掛かる。神魚は尻尾を振り回す。
「我々が抑える!」
アメリカ支部の面々が尻尾に一人、二人としがみついていく。
「くっ、硬い」
ワイヤーが繋がれている心成兵器、いや、あれは、心成兵器を人工で再現したレプリカか。アメリカ支部で完成し実用化されていると聞いていたが、ここで見られるとは。
空母に固定しようとしているのか。だが、刃が通らない。
「絶対に離すな!」
どこからか聞こえる指示に、尻尾にしがみついた面々が頷く。だが、このまま水面に叩きつけられていたら死ぬ。何か防具を付けているようだが、それだっていつまでも守ってくれるわけじゃない。ついでに、しがみつくために近づいた空母も沈む。
「私がどうにかしよう」
フィリップ大将が率いる部隊が尻尾にしがみついたメンバーを回収し、代わりにフィリップ大将がワイヤー付き心成兵器のレプリカを突き刺していく。
レプリカの威力は、流し込まれた感情のエネルギーによって変わる。フィリップ大将程の実力者なら、神魚の身体に突き刺すのも可能ということか。
空母と神魚の綱引き。
欧州本部、アメリカ支部の面々が各々武器を突き刺し、神魚の尻尾を掴み、抑え込んでいる。
攻撃を通せる面々は多くない。だが、動きを抑え込むことができれば、通せる攻撃が確実に通るのだ。
氷の足場から飛ぶ。とにかくダメージを与えて弱らせるんだ。
「有希、美鈴、美沙都。欲張らないように戦うんだ!」
指示を出しながら炎と氷を吹き出す剣で斬りつけていく。三人の退路を氷で用意しながら、神魚の身体を駆け抜ける。
「チッ。通りが悪い」
御門が即席の陸を用意してくれている。使わせてもらおう。僕が退避したタイミングで彩芽の雷が飛んでくる。
神魚が海中に潜り直そうと動くが、すぐさま御門が土の槍で足止めをする。すぐに砕かれるがそれでも、自由に動かさないことこそが狙いだ。
だが、こんな無茶な戦い方、いつまでも続かない。
「御門、無理をするな」
『ここが無理のしどころだろう、がっ! 気を使う暇があるなら、さっさと仕留めろっ!』
その叫びと共に、海に次々と柱……足場が現れる。
「無理のしどころ、か」
呟いたのはフィリップ大将。
「なるほど、では、年甲斐もなく暴れさせてもらおう」
レイピアにエネルギーが込められた。噂に聞く、フィリップ大将が、欧州本部で最強と呼ばれる所以となった十八番。
神魚の身体にほぼ同時に九つの爆発。
貫くエネルギーと爆発するエネルギーを同時に炸裂させて、対象を内側から破壊する。九連撃。本来は複数の眷属をほぼ同時に攻撃する絶技。
攻撃が途切れるタイミングに打ち込まれる雷は神魚の反撃を許さない。神魚の胸の辺りが膨らんだタイミング、水流を吐き出して周囲を薙ぎ払うつもりだったところに撃ち込まれる会心の一撃。彩芽、膨大なエネルギーを持っている彼女だが、そろそろ決めなければ。
それは、この場にいる全員の共通する認識。
神魚が振るおうとする尻尾は固定され、逃げられる範囲は海中から伸びる柱が妨害。反撃のチャンスも、的確に撃ち込まれる雷撃がそれを許さない。
「四季大佐、決めたまえ!」
「……あぁ!」
大切な人がいる。
引き継いだ思いがある。
思ってくれている人がいる。
眩く輝くは希望の光。
両手に構えた剣が纏う輝きは、天まで届き大地を照らし、海を煌かせる。
この時まで繋いできたすべての人。振りかぶるにはあまりに重い。
神魚の目が真っ直ぐにこちらに向いた。水流が放たれる。
「させない!」
美沙都が僕と水流の間に割って入り、風を操り鋭く収束させた一撃で放たれた水流を叩き割る。その下では美鈴が神魚の鼻に剣を突き刺し、口まで貫き通した。
神魚の周りの海が蠢く、白い海の中で、影が収束し、形を成していく。
「! マズい、血が!」
まさか、分身、咄嗟に作れるものなのか。
ダメージと共に流れ出た神魚の血、それも、分身の素材にできるとすれば。
まして、まだ浄化作業はまだ始まったばかり。隔離したエリアの中央の方にまで、浄化は進んでいない。分身を作るのにどの程度必要なのかわからなかったが、十分量あると考えるべきだった。
くそっ、ここまで追い詰めても分身の追加が出てこないからと油断していた。
「さようなら……やらせないよ」
水色のマフラーをたなびかせ、有希は舞うように鎌を一閃。神魚の目を突き刺した一撃、その鎌は、儚い光を纏い、神魚の頭を内側から焼いた。
そうだ、分身を出される前に、倒しきれば良い。
「うおおおおあ!」
誰もが勝ちを確信した。
この一撃が通れば終わる。
神と人の戦いの幕引きの一撃。
だから、誰も理解できなかった。
急激に、神魚の血で染まった白い海が青い海に変わり。
巨大な、今まさに戦っている神魚よりも巨大な魚影が。
さっきまで戦っていた神魚すら巻き込む水の柱が上がり、この場にいたほとんどの戦力を海に飲み込んだことを。
「隊長っ! 隊長ッ!」
「……美鈴っ」
周囲を見る。御門が用意した砕けた足場に捕まって、美鈴が水流を操作して撤退できたというところか。
「状況は?」
「有希先輩と、美沙都は、そこに、気絶してるけど。今、彩芽先輩がいる船が、近い」
「……しかし、なぜだ」
あれは間違いなく本体だと確信していた。なのに。さらに大きな奴が。
「うん、戦っていたのは、間違いなく本体の筈。ただ」
美鈴が俯く。
「自分より強い分身を作れない道理は無い、と思う」
「んな馬鹿な」
「急に青い海なった、つまり、この場に合った神魚の血、そして、今まさに流していた血、全てを使えば」
言われて気づいた、そういえば、この海。白くない……青い。欧州程鮮やかというわけではない。深い青だ。
「なるほど」
材料の量の差、なのか。
つまりこの場に、本物の神魚と本物よりも強い分身が、存在する。
量よりも質を取り、他の手段を斬り捨てて、捨て身の戦いに向こうは臨んだのか。
「先輩! みんな! 早く、ロープを!」
上から彩芽の声が降って来た。 下りてくるロープに手を伸ばす。
「……駄目か」
「隊長?」
……覚悟を決めよう。
海中から、こちらに狙いを定めてる気配がする。一匹だ。もう一匹は、別のところで戦っている。この感じ、御門とフィリップ大将が相手しているのか。
覚悟しろ、四季遥。
絶対に、生きて帰る覚悟を。そのために、戦い抜くことを。
「美鈴。絶対に帰ってくるから、安心しろ」
「……美鈴も行く。隊長を一人にしない。隊長の後ろは、美鈴の場所」
頭を撫でた。 長い黒髪はすっかり濡れている。
全く、僕は本当、幸せ者だ。
思いには報いたいし応えたい。
「僕を信じろ」
「信じてるから、ついていく」
「……そうかよ。だけど、有希と美沙都を上に上げなきゃいけない。それを守れるのは、美鈴、君だけだ」
俯いて、小さく頷いた。それからの一瞬の逡巡。意を決したように顔を上げた。
「……男が女を置いていく時、必要なのは言葉ではなく、優しい口づけと聞きました」
「誰に」
「彩芽先輩です」
「どんな状況で教わるんだよ……というか、彩芽も何を言っているんだよ、あいつ」
って、言ってる場合じゃないな。
水中戦だ。奴のテリトリーで戦う。陸よりも圧倒的に不自由。だが。
「やれない道理は、無い。美鈴、ここで二人を、守れ」
「……んっ!」
グイグイと美鈴は自分の唇を指差す。……マジ?
「……ったく」
そっと唇を合わせた。……有希なら許してくれるだろ、多分。
柔らかくて、触れた瞬間は冷たかったけど、すぐに温かくなる。一瞬、頭がボーっとした。三秒程度の時間の中に世界の秘密の一つでも込められたような、そんな……。
「ちなみに、嘘です」
唇を離して開口一番に、美鈴はそんなことを言った。
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