第47話 決戦の火蓋。
「来るとわかっているのなら、無駄足になる可能性はほぼ無いわけだな」
「そうですね。隊長。……すいません。美鈴が船の操作できれば」
今、僕と美鈴は、航路の哨戒任務を行っている。
有希と美沙都は他の隊との連携の確認。彩芽は、上層部と最後のミーティングを行っている。
「良いさ。万が一神魚と遭遇しても、生還できる可能性がある奴が僕らってだけだ」
「ですが……」
「どうした?」
浮かない表情、美鈴にしてはしおらしい。なんだろう、そこはかとなく感じていた生意気な感じが無い。
姉妹の共通点である、強さに対して貪欲な姿勢。自分たちが強くなれることを信じて疑わない、ダイヤの原石のような、確かな輝きを秘めた強さ。
「美鈴は、美沙都よりも強い。そう思って調子に乗っていた自分に、気づきました」
「そう思っていたら、負けかけたと」
美鈴は小さく頷いた。
「隊長は、自分を強いと思いますか?」
「僕は強いよ。自分の強さを自覚する。自覚したうえで、振るい方を考える。それが、力を持っている人間の義務だから」
操縦桿を握る手に少し力が入る。
自分が背負っているものの大きさを思い直して実感する。
「……隊長はその気になれば、大きな権力、握れる」
ぽつりと美鈴が言う。その声は、船のエンジン音、水しぶきの音に紛れても、やけにハッキリと届いた。
「んー。興味は無い、かな」
「どうして?」
「どうしてだろ……考えたこと、無かったな」
偉そうに言っておいて、考えたことが無い方向があることに気づかされて、思わず苦笑してしまう。
「でも、どうだろ」
ちらりと美鈴を見る。双眼鏡で周りを見ながらも、僕の答えを待っていることは、どうしてかわかった。
だから、今言えることだけでもと、口を開く。
「例えば僕が、今の上にいる人間を皆殺しにしてさ、自分が支配者だって宣言したところで、誰も付いてこない」
「……隊長ならそんなことしなくても、ついてきてくれる人は、いると思う。美鈴は、隊長につく」
「嬉しいこと言ってくれるね。でもさ、僕の人望って、実力と功績に伴う人望ってだけなんだよね」
「だめ、なの?」
「駄目ってことは無いけどさ。彩芽に言われたんだよ」
『功績は良いからと、ある程度尊重してもらえる時代は、もうすぐ終わるんです』
「戦って勝った。戦果が多い。コンバットスコアが高い。そんな記録、平和な世界で何の意味があるんだ?」
僕が目指す先に、僕の席は無い。
「隊長が頑張ったから、ここまで来れたのに。隊長がいなかったら、倒せなかった敵だったのに!」
いつの間にやら周囲を索敵するのも忘れて、美鈴は、珍しく感情的になってまくし立てる。
「僕の貢献は間違いなく多いさ。でも、振るうべき敵がいない強力な力は、恐怖の対象でしかないんだ。それは、上層部を皆殺しにして、自分が支配者であると宣言するのと、大して変わらない。僕は、そう思う」
それが今、僕が美鈴に伝えられる結論だった。
「……美鈴が覚えている。知っている。隊長が頑張ったこと、隊長がいなかったら、今が無いこと。だって、美鈴は、……美鈴は!」
その後に続く言葉を、知らない。
美鈴は、この気持ちの正体を知らない。
何なの、この、熱くて、苦しくて、苦くて、痛い気持ちは、何なの?
「サンキュー、美鈴。じゃあ、決戦の直前だけど、もう一勝、するか」
……どうやら、逃げられそうにない。
剣を構える。美鈴もグッと船の上で踏ん張る。
最近、こんな展開ばかりだな。向こうのテリトリーに飛び込むってのは、そういう事だけどさ。そう、ここは敵地。一瞬でもそれを忘れた奴から、死んでいく。
「なぁ、ハルカ、凄いと思わないか?」
「なんだよ、急に」
高台から岩陰に隠れながら、姉貴はちらりと通り過ぎる眷属の群れを見やる。
「こんだけ敵だらけなのに、ここを闊歩して、飛び回っている奴ら、みんな人間を目の敵にして襲って来るのに、俺達が生まれるまで、生存圏を繋いできたんだぜ。人類生存のリレーのバトンを、落とさなかったんだぜ」
「まぁ、ようやるわって思うわ」
せっせと壁を建てて、迎撃砲なんてものを用意して。居住区、生産区を整備して、人を統率して、知識を継承して。
「なぁ、ハルカ」
「なんだよ」
「後悔、してないか?」
姉貴は急にそんなことを聞いてくる。
「僕はそもそも、姉筋名前も知らないし、何回寝首を掻こうかとも悩んだけどさ。一つ言えることはあるぜ」
「……なに?」
きょとんと首を傾げて、恐る恐るなんて顔をしてくる。似合わねぇな。
「僕は姉貴がいなかったら、今頃、治安維持の奴らに捕まって、生産区で刑罰者として働いていたんだろうなって」
通常労働者と違って、刑罰者には最低限の休憩時間と睡眠時間が与えられるのみ、自由な時間なんて無い。
「そっかー、じゃあ感謝と敬愛を込めて、お姉ちゃんとでも呼んでよ、ハルカ」
「姉貴こそ、いい加減、名前教えろよ。僕は名乗ったのによ」
「教えたらそっちで呼ぶでしょ。俺、妹欲しかったんだー」
「僕は男だ」
「知ってるよ」
ウインクと共に返された言葉に、憎まれ口を飲み込んだ。
「さぁ、そろそろ移動しようか」
「なぁ、聞いても良いか?」
立ち上がり、黒い大地を真っ直ぐに見据えた姉貴は、首だけで振り返り、続きを待っていた。
「理想郷って、なんだ」
「この世の英知の結集。神域に飲まれて消えた知識や技術が記された場所がきっとどこかにあるんだ。俺はそれを、持ち帰りたいんだ。持ち帰れなくても、保護すれば、神域が無くなった後も、失った時間を取り戻せるかもしれないでしょ」
姉貴の目には見えていた。あるかもしれない、か細い可能性の未来。人類が、神に勝利する未来を。
「誰にも感謝されないかもしれない。むしろ、意味のない徒労だと笑われるかもしれない。でも、見つけたとして、俺が死んでそれから何年も経った後の未来で、見つけた奴の名前なんてみんな忘れてしまった後で。もしかしたらって俺が求めた可能性を、誰かが掴んでくれる。そんな未来があると思うと、ちょっと楽しみなんだ。俺はいつか死ぬ。でも、意志はきっと誰かが継いでくれる」
姉貴は歩き出す。僕もそれに続く。
もし僕に、世界を変えるだけの力があるのなら。
「あんたは安心して歩けば良い」
「ん?」
「あんたの意志一つくらい、僕も持ってやるよ」
「おっ? お姉ちゃんって呼べとデコピンの一つでもしてやりたいけど、嬉しかったから、見逃したる」
「ふん」
……姉貴。
もう目の前だぜ。あんたが手を伸ばし続けた可能性って奴。
神魚も決戦の気配を察知していた。
僕と美鈴を待っていたのは、神魚の分身の大群だった。
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