第19話 希望の光。

 「……有希」

「遥君。……ごめんね、かなしい顔、させちゃったね」


 そっと、軽く抱きしめて。そして。


「一緒に、戦うよ。きっとこれは、さいごのチャンスなんだよ」


 耳元で、そう言って。離れて。大鎌を構えた有希が、良く知っている笑顔を浮かべた。。

 あの時だって、そうだ。

 僕と有希だけが立っていた。


「まだ、いけるよね」

「……あぁ、当然だ」


 心が、晴れる。澄み渡っていく。

 景色が、唐突に広くなった気がした。

 合図も無く、何も示し合わずとも、僕が前に立ち、有希が、後ろで一緒に走り始める。

 正直、もう限界だ。エレメント解放は、あと一回、三秒できれば良い方だ。だが、それは向こうも同じ。余力がない。雲が無い空、ブレスも、衝撃波も無い。己が身一つで向かってくる。

 だが、それは矮小な人間にとって、どちらにしても脅威。

 飛び上がって噛みついてくる牙を躱す。有希を無視して僕を追いかけてくるが。

「こっちも見なよ」 

 身体全体を活かして振り回された鎌が、神龍の顔に見舞われる。ひるんだ一瞬。二刀を振り下ろして角をへし折る追い打ち。


「……再生する余力はない。決めるぞ!」

「うん!」


 見境なく振り回される尾を掻い潜る。


「有希!」

「うん」


 僕を踏み台に有希が飛び上がる。


「さようなら」


 有希の大鎌が、光を纏う。

 振り下ろされた鎌は纏った光で神龍の目を焼き切り、穿ち、込められたエネルギーは頭を貫き、爆発する。


「……ここだ!」


 剣が纏う光。輝きを増していく。あの時以上だ。


「! 遥君!」


 神龍の身体からぼとりと固まりが零れ落ちる。くそっ、神獣の時と同じか。陸戦型の眷属が、真っ直ぐに降りてくる。事前に取り込んでいたのか。

 インフェルノ・レオン。三体。

「先輩の邪魔は、させません!」 

 紫電が走り、獅子を三体とも貫いた。


「美沙都ちゃん! 美鈴ちゃん!」


 美沙都が二体殴り飛ばし、美鈴が一体に剣を突き刺し、止めを刺す。


「ナイスだ。三人とも」


 光を龍に浴びせる。照らされた神龍の身体が、分解され、崩壊していく。

 光が。弱まっていく。維持が……。


「くっ。まだだ!」


 身体が、心が、限界だと叫ぶ。それでもここで完璧に殺し尽くさなければいけない。完全に崩壊しきるまで、光を維持するんだ。

 これが終われば、僕はきっともう、戦えなくなる。心成兵器を形成できなくなるか、最悪、僕という人格は、保てない。

 でも、それで良い。きっと、あの三人は、強くなる。彼女たちがきっと、どこかにいる神魚を倒してくれる。

 希望の光は、絶望の象徴を照らし、闇を切り裂き、消していく。


「僕の役目は、ここまでだ。頼んだぜ、新しい希望」


 

 白い塊になって、神龍は崩壊していく。それが何なのかわからなくなるくらいまで先輩は光を浴びせ、そして、有希先輩に寄りかかるように倒れた。


「遥君? 遥君! 遥君!」

「先輩?」

「隊長!」

「タイチョー」


 どうしよう、先輩が倒れるなんて。……どうしよう。


「! 四季大隊長。望未副官!」


 後ろから、そんな声が聞こえ、駆け寄って来る。神龍が倒されて、有希先輩のように意識を取り戻したのか。


「大隊長! ……マズい。このままでは。君たち、望未副官と共に大隊長を。芳賀、すぐに車を持って来い。荷台に乗せるぞ。残りの者は周囲を警戒、眷属の影があれば即刻始末せよ」


 こんな状況でも、てきぱきと指示できる人がいてくれた。

 通信可能範囲に入って、でも、仮のレーダー機。祈るように通信して、一方的に状況を報告すると、しばらくして返答が来た。


『周囲に反応は無い。医療班は既に待機させてある』

「ありがとうございます。観月さん」

『良いかい。更級君。君たち近しい人の呼びかけが、こういう場合、重要になる。今彼は、帰って来れるかどうかの瀬戸際にいる。人の心の可能性に賭けるんだ』

「はい」


 フェンリル遊撃隊の人達は、夜でも休まず交代で車を走らせ続けた。

 行く時よりも早く、東京地区に、帰還できた。先輩含め私たちはすぐに、医務室送りにされた。そこまで来てようやく、痛みを思い出した。

 



 それから、個室の入院用の部屋。色々な機材で生きていることを数字で照明されながらも、先輩の意識が戻る気配は無い。

 私たちの治療自体はすぐに終わった。


「先輩。珍しいですね。先輩が怪我するなんて」


 それでも、大した怪我では無くて、ちょっとした治療の痕があるだけ。

 神獣との戦いの後、先輩が寝入った時は、安心していた。その時は、確実に起きると断言されていた。でも。

 御門少佐や、観月管制官がお見舞いに来た。神獣との戦いの時は、来なかった人達が来て、そして、悲し気な顔をして帰っていく。

 起きてもおかしくはない状態だけど、起きることができない。医官の人はそう言っていた。

 心が、枯れてしまったと。




 「本日より、フェンリル遊撃隊に配属となった。望未有希少佐です。よろしくお願いします」


 有希先輩は、私達の隊に配属になった。

 三人分の控えめな拍手が、部屋に響いた。


「フェンリル遊撃隊。隊長代理。更科彩芽少尉です。貴官の活躍に期待します」


 先輩が眠ったまま、もう、三日たった。

 もし目覚めても、今までと同じ先輩かはわからないらしい。

 空席のままの隊長席をちらりと見て、頭を振る。

 遠征調査任務の報告書を作って、あと、来月の運用計画も作らなきゃ。あ、その前に今月の運用状況をまとめないと。

 美鈴ちゃんも美沙都ちゃんも、自主訓練に励んでいるんだ。私も、頑張らないと。


「来月の運用計画の方、手伝うよ。あやめちゃんは少し休んで良いよ」

「……すいません」

「はい、お紅茶。これ香り良い。絶対良い奴だよね」

「はい、先輩が、欧州本部から勲章と一緒に貰って来たものです」

「あら。遥君に怒られるかな」

「かも、しれませんね」


 有希先輩は、疑っていないのだろうか。先輩が起きること。

 聞きたい、でも。

 敵わないな、やっぱり。

 手元をちらりと見ると。四季先輩がいる前提で組み始めているのがわかる。


「凄いね、あやめちゃん。過去の運用状況、ものすごくわかりやすいじゃん」

「ありがとう、ございます」

「んん? どうかしたの?」

「あの、こわく、ないのですか?」

「? 何が?」

「先輩の、こと。起きないかも、しれないんですよ。もし、起きても。別人、じゃなくても、廃人、かもしれないんですよ」

「大丈夫だよ」

「なんで、ですか?」

「遥君は、わたしの希望だから」

「わからないですよ。有希先輩が。それで、信じられるのですか?」

「うん」


 なんで、そんな。

 だって、先輩は。


「先輩だって、私達と同じ、心成兵器を使えるだけの、人間ですよ。私達より、大分強い。それだけですよ」


 それこそ。神様じゃないんだ。


「うん。知ってる。それでも、彼は起きるよ」


 有希先輩は欠片の疑いも抱いていないようで。笑って見せる。


「私は、有希先輩みたいに、なれないですよ」

「ならなくて、良いよ。きっと、わたしの方が、おかしいから」




 休日。美鈴ちゃんと美沙都ちゃんを連れて、街へ繰り出した。有希先輩は、検査があるらしい。そりゃそうだ。死んだと思っていた人間が、神域で眠らされていたんだ。徹底的に調べ上げるだろう。


「美鈴、今日も帰ったら訓練で良いんだよな?」

「うん」

「二人とも、最近熱心だね」

「あぁ。タイチョーがいないからこそ、しっかりしねーと」


 美沙都ちゃんはそう言って、大槌を振るう振りをする。


「そう。もし帰って来れなくても、その人が安心していられるように」


 美鈴ちゃんはそう言って何かの足さばきを見せる。……その足さばき。


「業火剣乱の……」

「やってみてわかる。この動き方。ただ斬撃で弾幕を張るだけじゃない。相手がもし、自分の攻撃を突破して来ても、最適な位置で対処できるようにしている。踏み込みから踏み込んだ足を軸に、回転、そのまま横に、後ろに、避けやすい。結構バランス感覚とか、重心の取り方、意識しなきゃだけど」


 攻撃して相手の攻撃を避け、横に、後ろに、追撃をすぐに仕掛けられる位置に。 基本に忠実に。その

ぶっ飛んだ威力から、ごり押しに見られがちでも、先輩は、基本を忘れない。


「それでも、あの数を相手したいというなら、高威力の斬撃を飛ばせることが前提だけど」

「それは、そうだね」

「今度、有希センパイがさ、検査が落ち着いたら、エネルギーの飛ばし方のコツ、教えてくれるって」

「そう、なんだ……あ、お昼ご飯、食べようか。何食べたい?」


 街の雰囲気は明るい。黒かった大地が、取り返されたんだ。空と同じ、目に見える変化だ。

 まだ具体的な改善が始まったわけでも無い。けれど、これからの日々に人々は、笑顔で明日を見ている。

 みんな、前を向いてる。

 凄いな、みんな。

 私も、私も、頑張らなきゃ。頑張らなきゃ。

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