第3話 強引さは女の華。

 「おめでとう。一人目を確保したようだね」

「いや、なぜ」

「彼女のコールネームは今後、フェンリル2だ。君の副官となる」

「いや、だから」

「改めてよろしくお願いしますね。隊長先輩」


 支部長室に呼び出されて何かと思えば。

 支部長の机の横で、ふにゃっとした笑み共に敬礼をする更級がいた。


「僕は承諾した覚え、無いんですけど」

「支部長権限で承諾した。今後は、可能な限り行動を共にするように」

「あ?」

「これは命令だ」


 冷汗が垂れるのを感じながらも、組織に所属する人間として、上司からの理不尽とは言えない命令に応える言葉は、「はい」か「イエス」か「了解」かそれに該当する言葉。

 それは十分にわかっている。故に、重い口も自動で動く。


「……了解」

 



 「隊長先輩、そういえば、髪切らないんですか?」

「その、隊長先輩ってのはやめてくれ。せめてどっちかにしてくれ」

「じゃあ、四季先輩」

「結局そっちなんだな」

「呼び慣れているので。隊長先輩は言いづらいです」

「最初からやるなよ……」


 はぁ。

 とりあえずカフェテラスにて。余程はまったようで、更級はコーヒーの香りを深く吸い込み、それから一口飲んで、息を吐いた。

 僕は紅茶って奴の方が好きなんだが。確か、勲章と記念のワインって飲み物を渡された時の表彰式で飲んで、美味しかったのを覚えている。それを淹れるための葉ももらったはずだが、淹れ方は知らない。ここのカフェテラスにあげようかな。 

 いや、今はそれは良い。


「んで? 髪がどうした?」

「後ろは首まで長い。前髪は目元がほぼ隠れてる……耳も隠れてますねぇ。いえ、中性的で綺麗な顔立ちしてますから、前髪が長くても影のある印象を与えてそれが好み、って人もいると思いますけどぉ。切りましょうか?」

「どうでも良い」

「そうですか……前髪くらい切れば良いと思いますよ。たまに邪魔そうに払っているじゃないですか」

「ほっとけ」


 ふと、更級の視線が、マフラーに留まったのに気づいた。哀し気に目を伏せて、でもすぐに、何事も無かったかのように、マグカップに口を付ける。

 無遠慮に聞いてくると思ったけど、意外だな。


「……有希にも、よく言われたな、髪のこと」

「姉妹みたいでしたからね」

「姉妹ってなんだ。僕の性別を変えるな」

「有希さん、本当に亡くなったんですね」

「あぁ。僕が不甲斐ないばかりに、すまない」


 下げた頭にじっと視線が向けられるのを感じる。更級が、有希のことを慕っているのは、知っていたから。有希も、更級のことを可愛がっていたのを覚えている。僕が教官の任を満了した後は、有希が熱心に訓練に付き合っていた。


「だから、部下を持たず、そんな覇気の無い死んだ目をして、一人で気楽に眷属を倒しまくって、どっかで行き倒れられたら良いなぁ、とか考えているんですか? 甘えないでくださいよ」

「いや、そんなことは」

「無いというなら、私一人くらい、導いて見せてください。英雄先輩」

「なんにでも先輩ってつければ敬称になると思っているのか?」

「どうなんですか? 四季遥先輩。あなたと一緒に戦った人があなたに望んだのは何なんですか。フェンリル遊撃隊隊長。腑抜けていじけて、後輩の女の子一人、戦場で指揮できませんって開き直る臆病者になることですか?」

「……言ってくれるじゃねぇか。来い。入隊試験だ」

 

 


 支部の地下には、演習場がある。だだっ広い部屋にところどころ高台が用意されている。

 新兵はまず、ここでひたすら、心成兵器の扱いと、ブーストされた身体能力になれる訓練をする。


「ルールは簡単だ。三百秒。要は五分、僕の攻撃を凌げ」

「ま、マジですか?」

「あぁ。マジだ」


 感情を束ね、心を刃に。剣を手の中に。例え演習でも、心成兵器を作るのに十分な感情の昂ぶりを生み出せるよう、訓練を積むのも、この場所の役割だ。それができれば、より素早く武器を出すことが可能になるから。


「……いくぞ」

「は、はい。あれ?」


 手加減はしない。殺さないように気をつけるが。多少の怪我は許容してもらおう。


「……ほう」


 最初の一撃で終わらせようと思ったが。

 激しく衝突した剣と槍。そのままピクリとも動かなくなる。


「先輩の戦闘は、ずっと、見ることができる時は、見ていましたから」

「そうか」


 長物の特性を活かし、素の力の差を埋めるか。

 槍に剣で勝つには、三倍の力量が必要になるというが。そこは問題無い筈。だが。もし更級が完全に守りに徹したら? 突き崩せるか? 殺さないように気をつけながらというのは難しいだろう。 


「面倒だな」


 思っていたよりも、自分に不利な勝負を挑んでいたことに気づく。 

 自分の間合いを守り続け、入られないように立ち回る更級。速さで攻めるが、それも見切られている。

 だけど。


「! 斬撃飛ばし!」


 咄嗟にその場に留まる更級の判断力に成長を感じながら安堵しつつ。斬撃を三つ。上に飛び上がり一つ、更級の後ろに向けて飛ばす。

 大抵の眷属なら両断できる一撃。それを、当てないように走りながら飛ばす。


「一歩も動くなよ、死ぬぞ」


 逃げ道を塞ぐために飛ばされる斬撃。強制的に選択肢を潰した

 僕が近づくのは防げない。間合いの内側。ここは僕の間合い。詰めだ。


「いやだ。私は、私は!」

「っ、これは!」


 咄嗟に離れる。さっきまで僕がいたところに、電撃が走った。

 純粋な感情の発露。……エレメント解放に至ったというのか。


「私は、先輩に、認めてもらう。そのために、強く、なる!」


 斬撃を飛ばして再度、間合いを詰めようとするが……電撃が走り、斬撃と衝突したのが見えた。僕が詰めるよりも先に、逃げ道を確保されるな。

 ……マズいな。

 実戦じゃないし、できたとしても、下手に僕がエレメント解放で対抗しようとすると、殺しかねない。


「私は、先輩と!」

「なっ」


 振り回される槍とそれに合わせて電撃が襲ってくる。どうにか躱すが。これ、当たってたら死んでるぞ。


「見境ないな。くっ」


 これは。暴走か。過剰な感情のエネルギー、制御しきれていない。飲まれている。強い感情を発露しつつ、それを制御する。心成兵器を扱う上で、最初に訓練すること。

 訓練を受けてなお、制御しきれないほどの強い感情が溢れた時、心成兵器は暴走する。エレメント解放に至る程の純粋な感情に飲まれ、暴走する。正直、厄介だ。

 こうなってしまっては、一度、意識を奪わなければ。……どうやって?

 試しに、当たるギリギリのところに斬撃を飛ばしてみるが。紫電が走り弾かれる。


「いや、どうしろと……嫌だな、この方法は」


 だが現状、これ以外に、殺さないで更級を抑える方法は無いように見える。

 だがどうなんだ。それで良いのか? 覚悟はあるのか。僕にまた、部下の命を背負う覚悟が。

 手が無意識に、マフラーに向かい。掴んだ。

 なぁ、どうしたら良い? 有希。

 否。わかっている。これしかないと。暴走状態が長引けば、精神がやられる可能性だってあるんだ。


「おい、更級。降参だ。入隊、認めるよ。合格だ」


 目的の達成を伝える言葉。僕はそれをはっきりと更級に告げた。

 その場凌ぎであることが許されない言葉だ。だが。


「ここまで示されたらな」


 情けをかけたわけでも、状に絆されたわけでも無い。彼女は僕に手詰まりを起こさせた。彼女は僕に可能性を示した。ただそれだけである。

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