第4話 追いつきたい。
その日も東京地区に近づく眷属たちを狩るだけだ。
神域の奥から人類の殲滅のために攻め込んでくる生命体。眷属。自然界にいた生き物が、殺戮に特化した形で襲い来る様は、さながら、この星からの人類への怒りとも称された。
だからと言って、黙って滅ぼされる道理は無いのだが。
「更級、そっちの一体は任せる。僕はこっちの二体を倒す」
「は、はい」
向かってくるインフェルノ・レオン。飛び上がり、前足を大振りに叩きつけようとする様はその巨体を十全に使うことを知っている。そんな動きだ。
「はぁ。さようなら」
飛び上がり上を取る。斬撃を二つ放ち、首を落とす。飛び掛かって来た勢いそのままに、仕留められてなお、地面を滑る巨体を上から眺め、仕留めたのを確認。
『この程度の相手じゃ満足できないか? 英雄殿』
「観月。僕は別に戦闘狂と言うわけじゃない」
『ははっ。怒んなって』
管制室で見ているであろう観月がこの様子なら、更級は大丈夫そうだな。と思っていたらこっちに走って来た。
「先輩……あ、終わってましたか」
「あぁ。お疲れ。状況終了。確認を」
「レーダーに反応なし。帰投せよ」
「了解」
更級の視線が、僕の心成兵器に注がれている。
「なんだ?」
「先輩、ずっと一本で戦ってますよね。入隊試験の時も思いましたけど」
「……? あぁ」
「先輩、普段、二刀流で戦ってましたよね」
「そうだったな」
更級の目が、スッと細められる。それは、更級が少し怒っている時の癖だと最近気づいた。
「使うほどの相手じゃないって、手を抜く人じゃない筈ですよ。先輩は」
「……そんな気分の日も、あるさ」
らしくない言葉を吐いた。風が吹いてマフラーがたなびいて、余らせた部分が頭に引っ掛かった。
「ったく」
「……そうだ、あの、後で訓練、つけてもらってもいいですか? エレメント解放を、自由にできるようになりたいです」
「いや、あれ別に、自由にできるようなことでも無いぞ。練習でどうにかなるものでもない。あれは、心の持ちようだ」
「それでも、その。コツとか」
「無い」
実際、無いのだ。どうしようも。一度できたのなら、感覚を掴めるとは思うが。
「……アドバイスは、無理な感じですかね?」
「あぁ。代わりと言っては何だが、斬撃飛ばしくらいなら教えられるぞ」
「ぜ、是非、お願いします」
部隊員を育てるのは、隊長の義務で。今は、確かに、余裕のある状況だ。
そうだな。生き残るには、強くなるのが手っ取り早い。
「わかった。では、そうだな。明日から……」
「今日お願いします。今から! ……お疲れでなければ、ですけど」
「いや良いよ。行こうか」
早朝出撃して、そのまま別のところに救援に行って、一回帰ったら昼頃また出撃して、夕方、夜、夜中。なんて日もあったくらいだ。問題無い。
「じゃあ、やっていくが」
「押忍」
斬撃飛ばし。感情のエネルギーを武器に込めて、それを衝撃波として放つ。先輩の得意技にして、心臓兵器を扱う上での上級技。
心臓兵器を使う人は無意識のうちにやってはいる。極短射程で近接攻撃の威力増加程度の効果しかなっていないのが殆ど。
離れた敵に飛ばすにしても、その場で立ち止まり、力を込めて降ることでようやく飛ばせるという人もいる。そこまでやっても眷属を一撃で倒せるほどの威力を放てるのは、恐らく上位一桁%の人。
私は色々な人と仕事をしてきた。みんな口を揃えて言う。四季遥がおかしいと。でも。
「先輩のように飛んだり跳ねたりしながら眷属を真っ二つにしたいです」
私の熱意が伝わったのか、先輩は大きく頷いた。
「じゃあ。見本を見せる。感情エネルギーの流れを感じろ。こうだ」
先輩が訓練用の小型の眷属模型に向けて、剣を横振り。空気を切る音が遅れて聞こえるほどの速さの振り。飛んだ斬撃は眷属の模型を真っ二つにして宙に飛ばした。
「こんな感じだ」
「……はい」
その場で特に構えもせず、息をするように放たれる大技。私に、できるか……。
「やってみろ」
「……ん?」
待っていた次の言葉。聞こえた言葉に思わず首を傾げる。
「やってみろ」
「先輩?」
淡々と、当たり前のような顔で、この人は何を言っているのだ?
「あの……」
「……手取り足取り教えられて身に付くもんでも無いだろ、身体で覚えろ。エレメント解放と違って、今の僕のエネルギーの流れ方を思い出してもらえば、できる筈だ」
「……そうでした。先輩は、そういうタイプでした」
見たものを身体で再現して、できたら覚え込ませる。理論を頭に叩き込んだところで、実戦で使えるかは別問題。だったら最初から身体にしみ込ませるのが良い。理論はそれから考えろ。
先輩は、そういう教え方をする人だ。
構える。……駄目だ。できる気がしない。
恐らく、私ではあの出力は無理だ。エネルギーの量も、私とは桁違いだった。やろうとすれば、また、あの時のように。身の程を弁えない力を求めて。飲まれる。
思い出すのは、入隊試験の時のこと。まさに先輩の飛ぶ斬撃に追い詰められたんだ。あの威力をコントロールして見せる技量に。
遠いな。やっぱり。
それに対して私は、エレメント解放にたどり着くことで、ようやく対抗できた。けれど、飲まれた。そして、入隊する資格を勝ち取った。でも。わかっている。
先輩は、殺そうと思えば、いつでも殺せた。私は、分不相応の力に手を伸ばして、御目溢しを貰ったに過ぎない。ちゃんと、わかっている。
そう考えると、私にエレメント解放は無理なのかもしれない。でも。
「いきます」
今は無理でも、明日は。来週は。来月。来年。
「諦めるのは、全部負けてからで良い」
今はできなくても。それでも。
「明日の自分は、今日の自分より、きっと強い」
誰に負けても、昨日の自分にだけは、負けたくない。
「ったく」
倒れた更級を担いで訓練場を出る。また勢いで生きやがって。
「いきなり出力全開にする奴があるか」
暴走しかけたのを見て、すぐに気絶させた。あれなら、成功はしていただろうが、また見境なく暴れそうだった。
でも、これで少しずつ、自分の感情エネルギーを制御する感覚を掴めれば。僕よりも強くなるかもしれないな。
感情の純度は、どれだけ真っ直ぐな思いなのかが問われる。純度の高い感情はエネルギーとしての変換効率が良いのだ。それをこれだけの量。これを完璧に御して出力を高められれば。
「責任重大だな」
本当に、重いな。部下を持つって。
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