第28話 海の上。
次の日、僕たちは船の上にいた。
作業予定地に行くまでも別件の作業があるようで、定期的に浄化網の傍に船が止まる。
「……これは?」
彩芽が浄化網から取り出された白く細い柱を指差す。
「感情エネルギーを保管する装置、実際に見たのは初めてだ」
生存圏を囲む壁にも当然使われている。浄化作業中、ずっと浄化柱に心成兵器を刺して動けないというのはあまりにも効率が悪い。だから、感情エネルギーを必要量保管する装置が作られた。
これを定期的に交換するだけで常時浄化作業を維持できる。
作業が終わり、船が動き出す。僕たちが作業予定地の安全を確保したら、浄化網を積んだ船が来る手筈だ。
両国の間でも最も狭い部分に海路を設ける手筈。作業量、必要資材、リスクから考えても妥当な判断だろう。
有希はじっと海を見下ろして、その手はマフラーを掴んでいた。
鮮やかながらも深い青。遠くに白い岸壁が見える。あそこが最終的な目的地か。
浄化網の外側に目を向ければ、白く染められた海。脱色したような、本物の海と見比べると、そんな印象だ。
うん。そうだ。この深く鮮やかな青こそが、本物の海の色なんだ。
「これが、海。本来の色」
ぽつりと零れるような声は、有希のだとすぐにわかった。今の僕に、それに応える言葉を持ち合わせていなくて、ただ、意味も無く、口を開き、意味を為さない、音。息を吐くだけの音は、風に飲まれて消えていく。
「そろそろ目的地だ」
操縦室からの声に顔を上げた。僕も僕で、気がつけば海を眺めていたらしい。
僕たちが乗っているのは小型の高速船だ。
水上戦か、経験が無いわけではない。だが、少ない。当てにするべきではない。
心成兵器を具現化する。黒よりも黒い剣が手の中に現れる。
「レーダーに感あり。五体だ。来るぞ」
「備えろ!」
ふと、彩芽から探るような視線を感じた。あ、そうだ。
「彩芽、お前のエレメント解放はいざという時まで取っておけ。下手に使うと僕たちまで感電する」
「……そうですね。控えます」
声が硬い。緊張しているのか?
「美沙都もフルパワーでの攻撃は無しだ。船が沈む」
「わーったよ。やりづらいな……」
「有希、美沙都のフォローを。彩芽は美鈴に付け」
「わかった」
「了解」
有希もなんか声が硬い。これは、早めに決めた方が良いな。長引いたらボロが出そうだ。メンタルが不安定な時の心成兵器、暴走するか鈍らになるかどっちかだ。
「くっ」
わかってはいたが、僕もまだ本調子じゃないな。回復しきっていない。
「やはりそうですか。先輩、作戦変更です」
「は?」
そう言うと彩芽は操縦室に行き、レーダーを確認する。
「有希先輩、美沙都ちゃん、魚を打ち上げます。備えて。美鈴ちゃんは撃ち漏らしがあったら
お願いします。船は丁度良いですね、ここで止めてください」
そして彩芽は。
「すぅ。よし。いける。……いきます。まずは二匹」
槍を掲げると、電撃が海に向かって走る。そして。
「……きた」
派手な水しぶきを立てて、巨大な鮭が飛び上がった。
識別名称、ビッグ・サーモン。確か、数少ない、食えるし滅茶苦茶美味い眷属じゃねぇか。
「有希先輩! 美沙都ちゃん!」
「うん」
「りょーかい!」
有希が鮭の頭を斬り飛ばし、美沙都が頭を叩き砕く。
「追加、行きます!」
さらに二匹。ん。水しぶきは三つだ。
「あっ、しまった」
三匹目も飛び上がる。電撃が三匹目にも当たったようだ。
「だいじょうぶだよ」
しかしそこは、流石有希。落ち着いて二匹仕留める。美沙都も問題無く仕留め、露払いは完了した。
「美鈴、出番なかった」
「ふふっ。お姉さんも結構やるでしょ?」
「ん。すごい」
水上戦も問題無くこなせてるな。彩芽が予想以上にエレメント解放を扱えている。
「しかし、作戦変更か」
「戦術担当官ですし。先輩、本調子じゃないですよね」
「……あぁ。なぜわかった」
「女の勘ですよ。ここからは警戒任務ですね。交代で休みましょう」
軍人という職に就いて最初にわかったことは、四季遥という人物は結構自堕落ということだ。ひと月もすれば、どっちがお目付け役かわからなくなっていた。
初日、支部長なる人物に渡された資料に書かれていた時間に間に合うように準備を整えて、彼の部屋の前で待つ。が、十分待っても出てこなかったのだ。
「……これってそういうこと……?」
その支部長から一緒に渡されていたのは、彼の部屋の合鍵らしい。仮にも殺人犯にこれを渡すというのはどういう了見だ? と思っていたけど。
鍵を開けて中に入ると、案の定、眠っていた。
「あの、起きてもらっても良いですか?」
そう声をかけると、ゆっくりと目が開く。無感情な瞳が覗く。
そう、これも最近気づいたこと。任務や仕事の中で感情を表に出さないようにしているわけじゃない。
でも、心成兵器は感情の力が重要だ。だから、うちに秘める感情はちゃんとある筈。
でも、どこか死んだ目をしている。静かに絶望を眺めている目をしている。
「おはようございます」
「んぁ? 任務の時に、起こしに来てくれ」
「……面倒見てくれるんじゃなかったのですか?」
「……あぁ、そうか、今日が初日か……体調は、どうだ?」
むくっと起き上がると目元を擦り、わたしの姿を確認。
「うん、制服似合ってるな。顔色も良い」
そこからの彼は手早い。部屋を一筆書きするように動き、五分もすれば顔を洗って朝食を食べて歯を磨いて着替えを終えてと、準備を整えていた。
「じゃあ、行くか」
「はい」
そんな感じ。
彼の実力は相当なものだと、すぐにわかることになる。そしてあのフードの男と戦っていた時、かなり手加減していたと。
複数隊の眷属相手でも、危なげなく一方的に殲滅する。わたしは後ろで撃ち漏らした敵や彼の不意を打とうとする敵を仕留めるだけだ。
淡々と、表情を乱すことなく、淡々と。
今日も急降下で彼を狙う空戦型眷属の首を刎ねた。
「サンキュ」
「うん」
でも思うよ。
君にわたしは、必要? わたしなんかのためだけに、わたしに生活合わせるのって、合理的?
そんな彼がいても、戦況は厳しいのだ。彼が何体屠ろうが、生み出され続けるんだ。当然だ。
当然、彼のことが気になった。一体どうして、そんなに強いのか。
「僕は壁の外から来たんだ」
彼から聞き出せたのはそれだけ。
定期的に行われる支部長との面談で、聞いてみると。
「最初からあれくらい戦えていた。彼が軍に入って学んだことはちょっとした連携と座学くらいだ」
「最初から、あれ、ですか?」
支部長は頷く。
「彼が壁の外からやって来たのは一年前のこと。持っていたのはラジオと、ちょっとした食糧と野宿用の荷物だけだったな」
「……巡礼者?」
「あぁ。真の巡礼者の弟子だ」
「……真の?」
「本当に理想郷を探しに行く巡礼者。その弟子だ」
支部長から聞き出せたのは、それだけ。
そんなある日のことだ。
たまたま、遥君がいない時、出撃した時のこと。
ミスした。
わたしは、一緒に出撃した人を背負って、眷属の群れから隠れる羽目になった。
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