第22話 これからのこと。

 隊の部屋に机が一つ増えていた。有希の席だ。

 第二回ミーティングは、いきなり新たな隊員を迎えてのものだ。


「改めまして。望未有希です。よろしくね」


 控えめな四人分の拍手。有希は笑顔を深めた。


「さて。これから休暇だが。美鈴、美沙都。お前達はどうするんだ?」

「そうですね。今回のことで美鈴たちの犯罪歴は無くなりましたし。親に久々に顔を見せようと思います。すぐに戻ってきますけど」

「そうか。彩芽は?」

「似たようなものですね。最近、全然帰ってませんし。同じ地区内でも程よく遠いのが、足を遠のかせるのですかねぇ」

「ふっ、親孝行はしとけ」


 これから、世界は大きく変わる。

 どうなるか、わかったものじゃないしな。


「まぁとりあえず。解散だな」


 僕らに与えられた休暇は二週間。存外あっという間だったりするが。まぁ、僕も少し羽を伸ばすとしよう。


 

 

 「遥君! おはよう!」

「……休暇中だろうが。今」

「そう言いながら君も来ちゃってるじゃん。身体は良いの?」

「ただエネルギーを使い過ぎただけで、まともにダメージを受けたわけじゃなかったからな」

「ふふっ。君はそうだね。……お互い、挨拶に行くような親、いないしね」

「ふっ。そうだな」


 神の血。有希たちを生き残らせたのは、それだ。空を灰色に、大地を黒く染め、海を白くした。世界を侵食した、それだ。

 検査の結果検出されたのは、既に無害化されたそれだった。

 有希や、他の隊員の証言から考えても、それとしか証明できない。状況証拠しかない。

 神龍を復活させたのも、神獣と考えるべき。か。

 神獣は神龍と、あと、人を従えようとしていたのだろうか。


「神の血。か」

「どうしたの?」

「いや。ただの考え事だ」

 

 それよりもこれからのことだ。……来月、欧州にて表彰式ねぇ。また行くのか。でも今度は、一人で行かなくて良いのか。


「有希」

「ん?」

「……いや、何でもない」


 伝えたいことは、さっさと言った方が良い。僕はそれを学んだはずなのに。


「はぁ」


 弛んでるな。しかしながら、眷属の襲撃がスパッと止んでしまったのだ。 

 このまま、海の神魚の討伐に成功して、取り戻せたら、この組織は解体されるのだろうか。


「そしたら本当に、僕はどうやって、生きていくのだろう」


 未来が急に拓けて、なんか、寒かった。


「ゆっくり考えなよ」

「うん」


 有希はそう言って笑うけど。僕は君程、器用じゃないんだ。

 唐突に、有希がパンっと手を打った。


「そだ、髪切ってあげる」

「え、あ、あぁ。……頼む」

「あは、びっくり。素直だ」

「……いい加減邪魔だしな」


 前髪を梳いてみる。うん、鼻に触れそうだな。

 鞄からごそごそと、懐かしい散髪用のセットが出てきた。


「はい、大人しくしてくださいねぇ」

「あぁ」


 チョキチョキと音がする。髪がふさっと落ちて来た。


「随分伸びたね、ほんとに。ちゃんと切らなきゃ。眷属ばっか斬ってないでさ……なんで碌に手入れしないでサラサラなの?」

「知らん」


 それから、ハサミが髪を切り落とす音だけが、部屋に響いた。鏡は無いから、自分が今どうなっている

かはわからない。だけど大丈夫だろう。有希が髪を整えて、変な仕上がりになったことは無いのだから。


「……なぁ」


 なんか、近くで控えめな呼吸音が聞こえる。


「んー?」


 当の呼吸音を鳴らしている本人は、とぼけた声を出す。


「なんで匂いを嗅いでくる」

「ん? 忘れないように」

「なんだそれ」

「変?」

「そうは言わねぇよ」


 スッと手鏡が目の前に。そこには随分とスッキリとした印象になった自分の顔があった。


「はい、出来上がり」


 それから、ハサミを置いた有希は、ゆっくりと抱きしめてくる。抵抗はしない。

 今なら素直に言える。

 僕は、この時間が好きだ。有希を、近くに感じれる時間が、好きだ。唐突に開けた世界でも、これは変わらない。

 だから。……だから!


「有希、あのさ」

「ん?」


 ……くそっ。

 何だろう。なんでこう。こうなると、もっと相応しい場面があるのではとか、考えてしまうんだ。


「遥君?」

「……今度は。絶対に守る。だから……くっ。あー。ずっと、一緒にいてくれ」

「! ……うん。ずっと、一緒……」


 恥ずかし気な笑顔で、そっと顔を伏せて。それから、小さく頷いてくれた。

 今言えるのは、これくらいだな。


 


 「美沙都、これ、あれだよね」

「うん。あれだよ。美鈴」


 二人で扉に耳を当てながら聞いていた内容について、お互いの認識の共有。

 なんとなく、所謂、良い雰囲気? というものを美沙都が感じたみたいなので、入らなかったのだ。

 さて。あれというのは。


「告白通り越してプロポーズ」

「告白よりも難易度高そうなことやってのけてるよ、タイチョー」


 立ち上がる。挨拶してから行こうかと思ったけど、良いや。


「行くか。かーちゃんのとこ」

「うん。……彩芽先輩が、見てなくて良かった」

「見てたし、聞いてたよ」

「え?」


 その声に振り返ると、旅行鞄を携えた彩芽先輩が立っていた。その顔は、落ち着き過ぎてるくらいに落ち着いていた。


「……うん。私も、決着。つけよう」


 負け戦でも、やらなきゃいけない時が、あるんだ。やっぱり。

 向こうの気持ちが固まっているのなら。ぶつかっても、ちゃんと砕いてくれるだろう。

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