第21話 ピースが揃う。

「……有希? ……彩芽?」

 声が、聞こえた気がした。

 その声を頼りに、僕は、何かを掴んだ。掴んだそれは、僕を引っ張り上げてくれて。

「生き、てる」

 声が、上手く出せない。喉が、乾いていることに気づいた。湯呑みを差しだされる。


「さっきまで、わたしが飲んでた白湯で良かったら。ゆっくり飲んでね」


 言われた通り、ゆっくりと飲んだ。


「カハッ、ゲホッ」

「だ、大丈夫?」

「あ、あぁ。ありがとう、有希」


 ここは、入院用の個室か。


「どうして……僕は、生きてる」

「いや?」

「いや、では無いけど……よく、わからない」


 実感がない。死にかけた実感も、踏みとどまった実感も。


「ただ、何だろう。色々な奴に、呼ばれた気がした」

「そか。それだけ、遥君の帰りを待ってる人がいた、ってことだよ……って、ぜんぶ飲んじゃったか」

「悪い」


 気がつけば湯呑みは空になっていた。有希が呆れたように笑っていた。


「良いよ。どうだった?」

「ぬるま湯に美味いもマズいも無いだろ」

「そう言われればそうだね」


 記憶にある通りの有希が、そこにいた。


「本当に、有希なんだな」

「うん。そうだよ。多分」

「た、多分か……」

「私が私だって証明する。それって、とっても難しい。それは、遥君もじゃない? 今の遥君が正気だって、自分で証明できる?」

「それは、そうだな」


 でも、話していて確信できる。有希だって。目の前にいるのが、有希だって。

 また会えるなんて、話せるなんて、思っていなかった。


「う、うぐ、グスッ」

「ん? 泣いてるの?」

「泣いてねぇ」

「ふふ、泣いてんじゃん。ほら、鼻水拭いて」

「わりぃ」


 ふと、枕元に置いてあるマフラーが目に入った。


「……これ、返すよ」


 渡すと、首に巻かずに、どうしてか鼻に近づけた。


「ん……君の匂いがする。本当に、ずっと付けててくれたんだね」

「嗅ぐな」

「遥君だって嗅いでたでしょ」

「だ、誰がそれを」


 そりゃ確かに、鼻まで覆ったこと、あるけどさ。


「あ、嗅いでたんだ」

「チッ」

「ふふーん。だ」

「……他の奴らは? どうなった?」

「退役したり、一線を引いて後進の育成に回ったり、防衛隊に異動したり。そうだ、わたしね、フェンリル遊撃隊に配属になったよ」

「まじ?」

「うん。あやめちゃんが、支部長に直談判してね。また、君の部下だよ。副官は、あやめちゃんのままだけど」

「ふっ。あいつらしい。ん。また、よろしく頼む」


 言いたいこと、話したいこと、まだあるけど。


「そろそろ面会時間、終わりかな。またね……あやめちゃん、そろそろ来ると思ってたんだけどな……」


 そう言いながら、有希は扉を開けた。


「あっ」

「あっ」


 そんな間の抜けた声が二つ聞こえた。


「彩芽。どうした?」

「あ、あぁ……えっと。先輩。お、おはようございます」

「うん。おはよう」

「そ、その。け、決して、盗み聞きしていたわけではなく」

 気まずそうに眼を泳がせながら、彩芽は、どこか震えているように見えた。

「大丈夫か?」

「は、はい! その、失礼します。また、明日来ます」

「あ、待ってー。それじゃあね、遥君」

「あぁ。気をつけて帰れよ」




 それから一日検査入院して、退院することになった。


「お世話になりました」

「おう。もう来るなよ」


 医官の言葉に苦笑いしながら、扉を開けると、小柄な人影が目の前に現れた。衝突しかけたが、それは向こうがギリギリで躱してくれる。


「四季隊長。迎えに来ました」

「あぁ、美鈴。ん? 美沙都もいるな」


 廊下の曲がり角からこちらに顔だけ覗かせているが、すぐに隠れてしまう。


「美沙都?」

「美沙都は、隊長が起きたのが嬉しくて、さっきまで泣きじゃくってました」

「美鈴! い、言うなよ!」


 こちらに飛び出てきてつかつかと近づいてくる美沙都、確かに、少し目が赤い気がする。


「それを言うなら、美鈴もだろ。昨日の夜!」

「気のせい」

「タイチョーは騙せても姉を騙せると思うなよ!」

「よしよし。んじゃ、ありがとな。ほら、行こうぜ。迎えに来てもらってあれだが、荷物らしい荷物も無いんだ」

「ん。支部長室に」

「あぁ、呼び出しか。次の任務だな」

「センパイ達待ってるからいこーぜ」

「おう」

「そういえば隊長」

「なんだ?」


 美鈴が探るような目でこちらを見上げている。


「欧州本部でやるっていうパーティー。隊長の服、ドレスで良いのか? って、彩芽先輩が」

「……え?」


 本当に用意されていた。当然拒否した。というか、別にそんなもん用意しなくても僕らは軍で支給されている礼服で良い。


 



 「フェンリル遊撃隊隊長、四季遥。以下四名、ただいま参上しました」


 支部長室。ここで僕たちの次の仕事が言い渡される。まぁ、予想はできるが。


「ご苦労。英雄殿。陸の王・ベヒモス・ジェネシスの討伐による影響と予想される、地上の急速な浄化。眷属の消滅が確認されたのは既に周知。さらに、昨日、神龍、デウス・ジェネシスの再討伐も確認された。君たちの功績は、私自身も同行して確認した。これにより、我々は方針を大きく転換。海にいると予想される、神魚を捜索、討滅を目指すこととなった。これは人類生存圏防衛軍としての総意である」

「そうですね。そう考えるべきですね」

「君たちにも是非とも参加してもらいたい。フェンリル遊撃隊は今や、全世界の期待を背負っていると言っても過言ではない」

「うへぇ」

「うわぁ、遥君、嫌そうな顔」


 後ろ手を組んで、からかうような目で下から覗き込んでくる。


「実際いやだ」

「それだけのこと、したってことだよ。ほら、胸を張って」


 トントンと背中を叩いてくる。このやろ。姉振るな。


「引きこもってやる。任務の時だけ呼べ」

「だめでーす。事務作業、私がいなくなったら今度はあやめちゃんがやっているみたじゃーん」

「適材適所だ」

「わー。あやめちゃんかわいそ、お姉さんのとこにおいでー」

「えっ、えっ」


 更科が戸惑ってる。有希と支部長をきょろきょろと見比べる。


「コホン……君たちが揃うと相変わらずだな」

「あっ。すいません」


 支部長の咳払いで我に返った有希は恥ずかしそうに縮こまる。


「使える土地が増えれば、できるようになることも多い。だが、君たちはしばらく休暇だ。人員も足りているからな、交代で長期休暇を言い渡している。少しは平和を謳歌したまえ。その後のことは休暇明けに通達する。恐らく、海沿いでの水棲型の眷属の討伐になると思われるがな。以上」

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