10 イケメンは残念なほどいいって婆ちゃんが言ってた
「サーシャはいい子だろう?」
「はい、凄くいい子です」
「だろう? だろう? 俺の自慢の妹なんだ!」
「ブフォッ!」
リンゴジュースを口に含み掛けていた俺は、まんまとそれを吹いてしまった。
初耳!
10日ほどサーシャと一緒にいたけど、一言もそんなこと言ってなかったぞ!?
俺は目の前のアーノルドさんを凝視してしまう。
彼の顔をじっくり見るのは初めてだ。前はいきなり絶叫からの地面に手を付いて泣き出しで、その後土下座だったから。
切れ長の目は、今は眉がてれんと下がってるから愛嬌がある。キリッとしてたら「勇者!」って顔だろう。顔の全てのパーツがいい位置にあって整っていて、間違いなく美形。
ただ、黒髪に黒目で、そこはサーシャと似ても似つかない。金髪と黒髪って同じ親から生まれるんだっけ?
それに、サーシャは終始アーノルドさんに丁寧語を使ってた。兄妹ならそんなことはあまりないはず。
と、俺がつらつら考察している間に、エールを勢いよく飲み干したアーノルドさんは爆弾宣言をしてきた。
「あ、血は繋がってないぞ。俺にとって年下の可愛い女の子は、みんな妹だ!」
「へんた……いや、なんでもないです……」
妄想妹か。「おまわりさん、こいつです」案件だった。
「サーシャにも『お兄ちゃんと呼んでくれ』と何度も頼んだんだが、毎回真顔で『アーノルドさんは私の兄ではありません』って断られて……」
「それはそうですよ。……サーシャは真面目ですから」
「そうなんだよぉぉ! だけどそれがサーシャのいいところなんだ! 丁寧語の妹、萌えるだろ? 真面目で可愛くて、しかも強い! 強すぎるけど! 清楚で可憐なプリースト! まさに完璧な守ってあげたくなる妹属性! 強すぎるけど!」
勇者は何故かジョッキを胸に抱いて悶えた。強すぎるけどって2回言ったな。確かにこの人にとってそこは問題点だ。
……なんというか、思ってたのと違う方向に500倍くらい残念な人だな。
目の前でヒートアップするアーノルドさんとは逆に俺は微妙に悟りの境地に至ってしまって、無言でリンゴジュースを飲んだ。
思い切ってエールにしておけばよかったかもしれない。これは、素面で聞く話じゃない。
「だから、ジョーくん! 俺の可愛い妹をよろしく頼む! 俺にとってサーシャをパーティーから外さなきゃいけなかったのは、とんでもなく辛いことだったんだ……。あの時のサーシャの泣き顔が
「おわう!」
急にアーノルドさんに手をがしっと掴まれて、俺は思わず奇声を上げてしまった。サーシャの奇声癖がうつってきたかも。
サーシャもだけど、この人も相当力強いな! 勇者だから力があって当然かもしれないけど、人の手を掴むときには加減して欲しい。
「サーシャを頼む。あの全世界の宝である笑顔を守って欲しい! 本当は、君の出自とかスキルとか冒険者ランクとか女性との交際歴とか男性との交際歴とか、一から十まで聞き出したいところなんだが!」
「過保護か!」
とうとう俺はツッコんでしまった。いや、さすがに俺ですら今のはツッコミを我慢できなかった。
そして勇者は、キリッと顔を引き締めて叫んだ。
「過保護で悪いか! どこの世界に、可愛い妹を平気で他の男に預けられる兄がいると言うんだ!」
ああ……駄目だこの人。完全に開き直ってる。
「その、可愛い年下の女の子は全て妹っていう図式なんですが、なんでそんなことになってるんです?」
思わずこぼしてしまった質問だったけれど、俺は後でこれを激しく後悔することになる。
変態の性癖には踏み込んだらいけなかったんだ。
キラン、とアーノルドさんの目が光って、俺はその時初めてヤバい領域に踏み込んだ事を知った。
俺の手が更にぎゅーっと握られる。凄く嫌な予感!
「俺の恋愛対象は年上。できれば10歳くらい年上の未亡人なんか最高だな! 人妻の色気と包容力に、漂う一抹の悲しさ! くーっ! たまらん。できれば髪は結い上げてて、うなじの辺りに
俺は……一体何を聞かされているんだ?
突然始まった「勇者アーノルドの性癖暴露大会」に、崇敬散っちゃうんじゃないかと俺の方が不安になる。
「恋愛対象じゃなくても、可愛い子は可愛いと思う。10歳離れた妹がいるから、余計に可愛く思うんだ。そうそう、うちの妹はマーシャといってな、ツヤッツヤの黒髪が俺とよく似てて、ちょっとおっちょこちょいで目が離せなくてこれがまた可愛いんだ! 名前が似てるせいで余計にサーシャを他人に思えなくて。
恋愛対象じゃなくても可愛いと思う。理由が『年下だから』なら、もう妹と思うしかないだろう? だから俺が可愛いと思う子は全て俺の妹だ!」
すっごい早口で言い切ったぞ、この人。しかもドヤ顔だ。
そして俺に同意を求められても困る。
とりあえずわかったのは。
勇者アーノルドは、変態チックで残念なアホの子っぽいけど、やっぱり「悪い人」じゃないってことだ……。
「アーノルドさん、ひとまず落ち着いて聞いて欲しいことがあります」
ひとしきりアーノルドさんの早口熱弁を聞いてから、俺は意を決して彼に全て打ち明けることにした。
俺の異世界転移も大概だけど、この人にとってはもっとヤバいことを大声で酒場で暴露したからな。
そもそも本人にヤバいという自覚がないのかもしれないけど。
少なくとも、「可愛い妹を頼む。本当はよく知らない男に任せたくないけど」という気持ちはひしひしと伝わってきた。
だから、この人にだけは言っておこうと思った。
「大きな声で言えない話なので、黙って聞いてもらえますか?」
「ああ? 構わないが」
アーノルドさんはスッと真顔になった。思ったよりも切り替えが早い人だ。
「実は、俺はこの世界で生まれた人間じゃありません。別の世界で生まれ育って、事故に遭って死んだことになって、女神テトゥーコのお導きでこの世界で生き直すことになったんです」
「……なんだって?」
驚愕を顔に貼り付けたアーノルドさんの声は掠れていた。大声を出さないでくれただけでもありがたい。
「それで、こっちの世界に送られたとき、目の前でアーノルドさんがちょうどサーシャをパーティー追放するところだったんです。泣いたサーシャが前を見ないで歩いてたから俺にぶつかって、それで、お互いの事情を話すことになりました。
サーシャが泣くのを我慢してたから、泣いたらいいよって言ったら思いっきり泣いてすっきりしたみたいで、俺も自分の身に起きたことを話して、それまで感情が麻痺したみたいになってたのがやっと泣けて……。俺は、彼女に心を救ってもらいました。サーシャも同じように思ったみたいです」
「そうだろうな、あの子は優しい子だから。そうだ、以前にもこんなことがあって――」
さりげなく過去のサーシャの自慢話に入ろうとするアーノルドさんを手で制して、俺は言葉を続けた。
「そうやって出会ったのも女神テトゥーコのお導きだろうということで、ひとりではギルドの依頼が受けられないからとパーティーを組んで欲しいと頼まれました。俺はテトゥーコ様から空間魔法を授かりましたが、冒険者としての実績は全くありません。今日ギルドに登録して空間魔法のおかげで星は3ですが、戦う技術もありません」
アーノルドさんが恐ろしく真剣な顔で俺を見つめている。
多分ここは、大事な妹を心から任せてもらえるかの正念場ってやつだ。
「でも、彼女の心は何があっても守りたいと思ってます。俺にとってサーシャは、この世界でただひとり特別な女の子です」
「ジョォォォくぅぅぅん!!」
サーシャより先に変態兄に告白しちゃったよと思っていたら、アーノルドさんが突然
何気に、こういうところ微妙に似てるな、この人とサーシャ。血は繋がってないのに。
「君なら! サーシャを任せられる! 俺は今、真にそう思った!! 弟よ、頼んだぞ! 俺のことはこれからはお兄ちゃんと呼んでくれ!」
「いえ、アーノルドさんは兄ではないので……」
「そうか……」
アーノルドさんがしょんぼりとした隙に、握られた手をさりげなく解く。
「ですが、この世界に知り合いも少なくて身寄りも無いので、弟のように親身に思ってもらえることはありがたく思います。これは本当です」
「そうかあああ! じゃあやっぱりお兄ちゃんと」
「それはお断りです。17にもなって他人をお兄ちゃんと呼ぶのは痛すぎる……。
それで、ひとつお願いがあるんですが、もしアーノルドさんの知り合いに空間魔法使いがいたら、紹介してもらえませんか? テトゥーコ様がぽんと与えてくれたスキルなので、知識があまりに足りないんです。サーシャの方が詳しいくらいで」
「――うーん、空間魔法か。また凄いスキルをもらったものだな。確かネージュにはジョーくん以外にはひとりしかいないはずだ。特定のパーティーに所属すると不公平になるからと、毎回雇われて仕事を受けてる。俺は顔見知り程度なんだが、良かったら紹介しよう」
「あ、ありがとうございます!」
まさか、ネージュにひとりという空間魔法の使い手と知り合いだとは。
勇者だから顔が広いだろうという適当な理由で頼んでみたけど、結果オーライだ。
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