87 通りすがりのお節介
ケルボにいた一週間の間、俺は周辺の村などを回って海産物を仕入れまくっておいた。
もっと北にも行ってみたいけど、また今度だな。移動魔法でここまでは来られるんだし。
ブリやハマチ以外にもアジやイワシなど、青魚も仕入れておく。
そしてハロンズへと戻る日に、エレノアさんを宿場町まで送った後、サーシャの希望もあってレナのいる村へと行ってみた。
村の入り口に移動したんだけど、村は以前来た時よりも活気づいていた。……というか、前回がちょっと異常事態過ぎただけだよな。
子供の声がキャーキャーと楽しげに聞こえていたのでそちらに向かったら、大きな木の枝から白いハンモックのようなものが吊り下がっていて、子供たちがそれで遊んでいた。
ハンモックというか、これは形はハンモックだけど使い方はブランコだな。
色が白いのでもしやと思ったら、案の定それを揺らしているのはレナだ。
「レナさん!」
「あっ、聖女様!! と、お兄ちゃん」
俺とサーシャの好感度の間に越えられない壁を感じたけど、それは構わない。レナが平穏に暮らせてればそれでいいんだ。
レナはハンモックを揺らす手を止めてサーシャに駆け寄り、嬉しくてたまらないといった様子で抱きついた。
「元気そうで安心しました」
「子守をしてたの?」
「うん! 糸を出してハンモックを作ってね、みんなで遊んでたの」
「偉いね。ちょうどよかったよ、飴を作ってきたからみんなで食べて」
俺はケルボで安めの砂糖を使って、干し果物を入れた飴を作っていた。べっこう飴の要領で砂糖を煮詰めて飴を作り、爪楊枝のように削った棒に刺した干し果物に飴を掛けて固めるだけ。サーシャの髪の毛の色のような金色の飴はキラキラしていて綺麗だ。
「飴? わあ、嬉しい!」
子供のような笑顔でレナが飴を受け取り、大事そうに舐める。
ハンモックで遊んでいた子供たちも次々に集まってきて、俺から飴を受け取って喜んでいた。
「干し果物が入ってる!」
「甘ーい!」
子供たちは夢中になって、不格好な形の飴を舐めていた。ここまで喜んでもらえると作った甲斐がある。
「聖女様かい?」
子供の歓声で気付いたのだろう、村人が俺たちに向かって手を振ってきた。
「この前はありがとう! レナが来てくれてからいろいろと助かってるよ。アニタさんにも会いに行ってやってくれないか?」
「はい、そちらも伺います!」
俺は「飴に棒が刺さっているから、食べながら走ったりしないこと」と子供たちとレナに注意して、サーシャと一緒にアニタさんの家に向かった。
「こんにちは、アニタさん。サーシャです」
「聖女様!? こんな散らかってるところで申し訳ないけど入っておくれ」
村長の大きな家の中では、大きなテーブルでアニタさんが事務仕事のようなことをしていた。広げた書類をまとめて場所を作り、俺とサーシャに座るように勧めてくれる。
「この村の出納帳だよ。村長代理から正式に村長になったんで、過去のこういう書類の中から不正を探しててね」
うわ、何年遡らないといけないんだ? 聞くだけで大変そうだな……。
「前の村長さんは?」
「ああ、離婚して今は別の小さい家でひとりで暮らしてるよ。ひとりで何もかもやるから毎日ひーひー言ってるさ。いい薬だね」
「そ、それは……お話を聞いてた限りでは自業自得ですね……」
「急に生活が変わったりすると病気とかが心配ですね。お薬とかは足りてますか?」
俺の言ったことに比べて、サーシャは気配りが違う!
アニタさんは顔を綻ばせてサーシャを見つめた。
「薬は今のところ足りてるよ。この村のことを気に掛けてくれてありがとう」
「俺は移動魔法が使える空間魔法使いなんで、もし心許ない物とかがあったらすぐ買ってこられますよ。この辺りだと行商が来るのも大変でしょうし」
「へえ、移動魔法が! それじゃあ、お言葉に甘えて塩を買ってきて欲しいんだが、いいかね? これから猟が始まると保存肉を作るために塩がたくさん必要なんでね」
「塩ならフォーレで買い付けてきたのがたくさんありますよ。どのくらい必要ですか?」
どん、と俺は塩の詰まった樽を出してみせる。アニタさんは驚いていたけれど、さっきのレナのような笑顔を浮かべた。ちょっと面影があって、やはり血縁なんだなあとそういうところで実感する。
「そうだ、アニタさんも飴いかがですか? さっきレナや子供たちに配ってきたんです。頭を使っている時にはいいんですよ」
「へえ、干しあんずの入った飴かい! 懐かしいね、ひとついただくよ。……レナが来てから子守とかをよくやってくれててね、本当に助かってるんだ。あの子は子供の扱いがうまいよ。寝泊まりはこの家でしていてね、あたしのことをおばあちゃんと呼んでくれるんだ」
アニタさんの言葉に、俺は自然と笑みを浮かべていた。離婚した夫を追い出してここでレナと暮らすアニタさんの姿を想像すると微笑ましい。
「塩は……そうだねえ、10樽くらいあれば安心できるね。それと、酢も5樽くらいあれば」
「塩10樽に酢が5樽ですね。ちょっと手持ちでは足りないので買ってきます」
「えっ、わざわざそんな!」
「移動魔法があるので」
「そうだったね! 本当に便利で羨ましいよ。金なら今年は歴代ジジイのちょろまかしてた分があるから余ってるんだよ。ついでに砂糖も1樽お願いしていいかい」
「わかりました、行ってきます」
サーシャとアニタさんをその場に残して、俺はフォーレに戻り市場で塩を買い込んだ。塩は海の近くのこの街が今までで一番安かったから。そこからネージュのクエリー商会に移動して砂糖と酢を多めに仕入れる。理由はよくわからないけど、ハロンズよりこっちの方が若干安い。量を買うと差額が意外に響いてくるし。
その時に俺の顔を覚えていた店員さんから聞いたところによると、ルゴシ・クエリーさんのベーコン工房が本格的に稼働し始めてベーコンが出回り始めているらしい。
おっふ……そっちも行っておかないとな。
ベーコン工房の土地と建物は俺の名義だ。それをクエリーさんに貸し出してベーコン工房を運営してもらってる。
そっちにも転移すると、ちょうどその場にいたクエリーさんが突然現れた俺に驚いて転びかけていた。
「ジョーくんじゃないか! いいところに来てくれたよ!」
「ベーコン工房の完成と運営開始おめでとうございます! ベーコンください!」
「あいよ、出荷は完全にこっちの都合でやってるから、好きなだけ持って行くといいよ。それと、まだ
「大量にありますよ。足りなくなったらハロンズ近くでも狩り場があるらしいですし。中の作業場で出しますね」
「半月に一度くらい来てもらえるとありがたいんだが。肉の補充に」
「わかりました。肉はタダで渡すので、できたベーコンは1/3くらいください。ハロンズでもレベッカさんが使いたがっていますし」
「肉の仕入れがタダなのは助かるよ。今のところ、出せばすぐ完売という状態だし、従業員の給料などの経費を差し引いても凄く儲かってるからね。カンガ辺りにふたつ目の工房を作ろうと思ってるんだ」
「それはいいですね! 大街道からも近いですし、大猪とはまた違う豚のハムとかが作れるようになりそうです」
お互いに凄い勢いで喋りつつ、俺は中の巨大な作業台に大猪の肉をドンと出した。従業員さんたちは驚いていたけど、クエリーさんから俺のことは聞いているのだろう。騒いだりせずにすぐさま肉の切り分けをして塩漬けと流れるように作業が進んでいく。
「じゃあ、また来ます! 今お使いの途中なので、今度ゆっくりお話を聞かせてください」
「変わりなさそうでよかったよ。じゃあ、また」
俺は30個ほどのベーコンを魔法収納空間に入れ、今度こそアニタさんのところへ戻った。
家の隣に倉庫があるというので、そこに買ってきた塩と砂糖と酢の樽を置く。
かかった金額を正直に言ったら、いつも買っている物より安かったらしくて驚かれた。これは近隣で買うと輸送費が値段に上乗せされてるんだろうなあ。こういう調味料は重いし、作ってる街で買うより高くなるのは当たり前だろう。
多めの金額を渡そうとするアニタさんに、それは違いますと俺は馬鹿正直に答えた。
「前回のサーシャの行動が『通りすがりのお節介』だったように、今回俺がしたこともただのお節介です。お金が浮いたのは俺も驚きましたけど、考えてみれば輸送にかかるお金が浮いてるから当たり前ですね。そのお金は次回の仕入れに回してください。……あ、もし本当に結構お金に余裕があるなら、砂糖をもう1樽買いませんか? さっきレナたちが飴を凄く喜んでたので」
「ああ、そうだね! すっかり節約に慣れきってたけど、子供も大人も飴をひとつ口に放り込んでやればおとなしくなるもんさ。砂糖をもう1樽買おうか」
「はい、これは余分に仕入れてた分なので値段は同じです」
倉庫に砂糖の樽をもうひとつ出す。それでちょうど最初の想定していた予算に近くなったらしく、アニタさんは晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
「それと、これは個人的にお土産です。ネージュの工房で作ってもらってるベーコンです」
母屋に戻ってからテーブルの上に布でくるんだベーコンを出すと、アニタさんが肉の塊にとても驚いていた。それをフォローするようにサーシャが説明してくれる。
「大猪の肉を使った燻製で、ジョーさんがうんと美味しく作ってくれたんですよ。それをもっとたくさん作りたいので工房を作ったりして。ふふふ」
「もっと食べたいのはサーシャもだよね」
「だって、美味しいじゃないですか! そのまま食べても美味しいし、薄く切ってカリカリに焼いても美味しいし、細かく切って麦粥に入れても美味しくて!」
「へええ、大猪の肉の燻製ねえ! うちの村でも作れたらいい収入になるんだろうねえ」
「それは……そうですね。でも結構香辛料を使うので最初にお金が掛かりますし、ここからだと周りの街に売るのがちょっと大変かもしれません」
ベーコンがハロンズで馬鹿売れしてるのは、まず蜜蜂亭で料理として出したからだ。肉屋の店頭にいきなりこれがあっても爆発的には売れないだろう。
ここに工房を作って俺が輸送を担う手もあるけど、「俺がいないと立ちゆかない」ものはできればやりたくない。その後の影響が厳しいから。ベーコン工房に関しては軌道に乗るまでは俺の責任だとは思っている。
「この村の収入源はどういうものですか?」
爽やかな香りのお茶を飲みながらさりげなくサーシャが尋ねる。
「山で取れる山菜や動物の肉を売ったり、織物を売ったりだねえ。この辺りに生えている草の茎を加工して糸にして布に織ると、手間はちょっと掛かるが安くて丈夫な布になるんだよ。ほら、あたしが今着てるのもその布さ。夏は特に涼しくていいね」
「へええ、これが!」
材料から名前をとってスティレア織りというその布は、麻に近い感じに見える。
でも夏は特に涼しくていいって事は冬向きじゃないんだろうなあ。織物としても高級そうには見えないし。
「これってお金になるんですか?」
ド直球に聞いてみたら、アニタさんは苦笑いをした。
「うちの村の主な収入源ではあるよ。なにせ、原材料のスティレアは育てる手間いらずで勝手にボコボコ生えるからね。山に入って好きなだけ取ってくりゃいいから後は手間賃だけでいいのさ。この辺りの地域では案外広まってるもんだよ。ただ、なまじ丈夫なもんでそうそう入れ替わりがないのが問題かねえ。かといって不良品を出すわけにはいかないし」
「なかなか大変ですね……。俺に何ができるって事はないんですけど、ハロンズに布に詳しい友達がいるので少し買わせてください」
ソニアが喜ぶかなと思って、俺は布を1巻き売ってもらった。
それをお土産にして、アニタさんの家を辞す。飴は全部「子供たちに」とアニタさんのところに置いてきた。
レナとキールにも別れの挨拶をして、移動魔法のドアを出す。
それはハロンズの家に繋がっている。
これをくぐると、一月近く掛けた旅もとうとうお終いだ。
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