35 どうしてホラー映画では廃墟に夜忍び込むのか
タンバー神殿へはネージュから片道約2日。
けれど、俺たちは身軽なことで距離を稼げていて、2日目の夕方には神殿を目視できる場所に辿り着いていた。
見た目は……黒いピラミッド? なんであんな構造にしたんだろうか。しかも内部は2階建てなんだよな。ピラミッド型にした意味がわからない。
俺的な感想は「石の無駄遣い」。
そして、遠目で夕方にも関わらずそんなことがはっきりわかったのは、神殿の周囲に煌々と篝火が焚かれていたからだ。
あれは……誰が焚いたんだろう?
誰か中にいるのだろうか。
それにしても――。
「すみません、僕は近寄りたくないとか言ったら……駄目ですよね」
腰が引けてるコディさん。
「なにあれ、内部どうなってるの? こんなに澱んでる神殿なんて見たことないわ」
既にげっそりしてるメリンダさん。
「酷いですね……早く原因を探って、あの穢れを祓って差し上げないと。このままではカンガ以外の都市にも影響が出てしまいます」
今日も天使なサーシャ。
「うわぁ、明らかにアレね。絶対中はうじゃうじゃよ。気合い入れて殴らないと駄目ね」
既に幽霊をぶん殴ろうとしてるソニア……。
魔法職たちの「空気読み」に対して、俺を初めとする物理攻撃組は空気が澱んでるとかさっぱりわからない。
俺は一応魔法使いだけど、魔力があるわけでもなく、霊的なこともわからない。
アーノルドさんとギャレンさん、そして俺は「見た目異様だけど空気おかしいの?」レベルの認知度。レヴィさんだけはうっすら何か違和感を感じるらしい。
「じゃ、行くか!」
そんな中、元気よく声を張ったのはアーノルドさんだった。
えええええ! これから夜になるのになんでわざわざ「死の神殿」に入ろうとしてるんだこの人!
俺には絶対わからない感性の持ち主だな、毎度毎度!
「今日はここで1泊じゃないんですか? これから夜になりますよ?」
「中でどのくらい掛かるかわからないし、あの様子なら中も灯りがあるだろう。見たところ確かに黒い犬型の護り手らしきものがいるが、あれは実体だ。俺の攻撃は普通に効く。中に物理攻撃が効かない魔物がいても、サーシャとコディで武器に祝福を掛けて、メリンダとソニアが魔法を使えば問題ない。さっさと片付けて、さっさと帰ろう。行くぞー」
サーシャの「一狩り行こうぜ」感覚、この人の影響だったのかー!!
「霊だったら夜の方が強くなるとかないんですか!?」
「多少はあるけど……このパーティーの戦力から考えると誤差の範囲内よ。そもそも、この人選なら対応可能と見定められての依頼だから大丈夫。ぱぱっとやっちゃいましょう」
メリンダさんもさらっと言うなあ。
困惑してるのは俺だけなのか!?
「あの……明日の朝になってから突入とかじゃ駄目なんですかね……?」
我ながら情けない声が出たぞ。今回ばかりは自分とは思えないほど弱々しいのがわかる。
「ジョーさん、この位置で家を出してゆっくり寝られますか? あれを見て落ち着いて寝られますか?」
「……寝られないです」
「じゃ、行きましょう」
まさに俺の今の状態は、心霊映画を触りだけ見てしまった状態!
このまま寝ようとしたら、「夜中に足を引っ張られそう」とか怯えるだろうし、見張りの番が回ってきたら泣きそうになるだろう。泣かないけども。
だったらいっそ、片付けてしまった方がいいのか……?
俺がそんなことを考えている間に、サーシャは俺の腕を組んで引きずるようにして歩き出していた。
嬉しいけど辛い!
神殿の周囲は明るく、近づくにつれて俺の目にも「護り手」の姿がはっきりとわかるようになってきた。
細い耳がピンと立っていて、すらりとした体躯の大型犬。俺にはそう見える。
ただ、ただの犬ではないなというのは、首の周りに金色の模様が入っていて、全身黒の毛を彩っていることからもわかる。
なんか、見たことある。エジプト的な何かで。
壁画の中で顔だけ横を向いてる感じで。
あれは頭が犬なだけの神様だったはずだけど。
サーシャとコディさんが補助魔法を掛け始める。呪文の詠唱が終わると、アーノルドさんは両手を挙げて剣を腰に下げたままで遺跡に歩み寄った。
「俺たちはこの神殿の穢れの原因を探り、解決しに来た。ただ戦いに来たわけじゃないんだ。入れてもらえないか?」
まさかの交渉に俺は度肝を抜かれていた。
確かに神殿の入り口を守るように両脇を固めているから、神獣的な感じで言葉が通じる可能性もあるのかもしれないけど。
「あれはアヌビス。霊界神タンバーの聖獣よ。本当ならばまず実体化していないんだけど、それだけの異変が中で起きているのは間違いないわね。神殿の入り口を守護しているのは間違いないけど、言葉が通じるほど正気を保っているかどうかは賭けね……」
戸惑う俺にメリンダさんが説明してくれた。
そうか、アヌビスか。名前は聞いたことがある。あくまで聞いたことがある、レベルだけど。
「ガルルゥ……」
2頭の聖獣は、姿勢を低くしてアーノルドさんを威嚇した。伝わってくるのはビリビリとした敵意だ。
神殿を守護するという役割だけは持ったまま、人と通じ合う正気は失ってしまったのか。
それは、なんだか悲しいな。
「駄目か、ならば仕方ないな。行くぞ、サーシャ!」
「はいっ!」
アーノルドさんの遥か後ろから、サーシャが風のように走って行く。大ぶりの剣を抜いたアーノルドさんとサーシャが1頭ずつの聖獣を相手取った。
飛びかかりながらアヌビスが吐いた火の玉を、アーノルドさんが剣で防ぐ。続く爪の攻撃も剣でパリィした。
攻撃をはね除けられたアヌビスは空中で回転すると音もなく着地した。犬の姿をしているけども、まるで猫のような身のこなしだ。
「メリンダ!」
「《
着地したアヌビスとタイミングを合わせるように、アーノルドさんが後ろに飛び退き、メリンダさんが風魔法を打つ。
メリンダさんの放った魔法は、ソニアの魔法と違って正確にアヌビスにヒットした。《
《
思わず唸ってしまうようなさすがの連携だ。メリンダさんの《
そこへアーノルドさんの剣が、狙いを過たずに振り下ろされる。
一瞬にして、聖獣の首と胴は離れて転がっていた。
そしてサーシャの方は――。
「必ずこの神殿を元の通りにしますから、どうか安らかな眠りを……」
既にアヌビスを倒して、祈りを捧げていた。
早い。やっぱり圧倒的に強い……。
神殿の入り口はぽっかりと開いていて、ひんやりとした空気が流れてくる。
先頭はアーノルドさん、その後ろにレヴィさんとサーシャ。
墓でよく見るような黒い石でできた通路を抜けると、まるで坪庭のような空間が現れた。
そこだけが土のままの地面で、澄んだ水を湛えた泉がぽつんと存在している。
重苦しい空気の中でその泉だけが、奇妙なまでに清々しい空気を纏っていた。
「さすがにここは穢れてませんね」
「これが、タンバー神殿がかつてこの地に作られた理由だそうよ。『聖なる清き泉』。サブカハというのはこの泉を指した古い言葉なんですって」
壁には等間隔にやはり篝火が焚かれているので、暗いと思うような場所はない。
だから俺にも、その泉の美しさはよくわかった。
イスワで見たような、本当に透き通った美しい水だ。聖なる清き泉という呼ばれ方もしっくりくる。
「これって、聖水的な働きとかあるのかな?」
わざわざ神殿で囲ってあるくらいだから、神秘的な何かがあるのかもしれない。俺がそれを期待して問いかけたけども、コディさんが首を振って否定を示す。
「いえ、これ自体はただの水です。神は宿っていません。――つまり昔は、清らかな湧き水がそれほどまでに貴重だったということだと思います」
「ああ、そういうことか」
だったら、と俺は泉の水をごっそりと魔法収納空間へ入れた。
さっきアヌビスが火を吐いていたから、もしかするとこの水が役に立つかもしれないと思いながら。
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