74 ミマヤの面倒な彼女

 レベッカさんを商業ギルドまで移動魔法で案内する。ここまでは予定通り。

 予定外だったのは「ありがとう、ここでいいわ」と言われてしまったこと。


「物件の確認が終わったら家まで行くから、その後で送り返してくれれば良いわ。番地だけで迷わず辿り着けるって便利ね」

「女性ひとりで危なくないでしょうか?」

「ハロンズの治安は国内最高よ、商業ギルドの人も同行してくれるし心配ないわ。でも、心配してくれてありがとう。ジョーはコリンのところに行ってあげてちょうだい。あの子今頃、首を長くして待ってるから」


 治安は最高かあ。確かに王都だし、ネージュよりも治安は更に良いんだろうな。

 俺はレベッカさんの言う通りに、コリンを迎えに行くためにネージュに再び移動した。


 コリンは鍛冶ギルドで俺を待ち構えていたらしい。

 俺が鍛冶ギルドに移動魔法で現れると、いきなり飛びついてきた。


「うぉう!?」

「ジョー! 待ってたよー!」


 俺は今日二度目の奇声を上げてしまった。俺より少し身長が低いくらいのコリンに飛びつかれると、ガチでよろけそうになるんだけどな!

 後先考えてない感じのコリンのダイブを抱き留めて、俺はふと周囲の視線に気がついた。


 妙に……にこやかだな、親方たち……。

 普段もっとしかめっ面だよな。


「良かったな、コリン。ハロンズでも達者で暮らせよ」

「はいっ! 今までお世話になりました! 時々こっちにも顔を出しますね! ジョーの移動魔法で」


 何故か湧き上がる拍手。これは「祝福ムード」って奴だ。

 俺は親方たちに手を振るコリンに腕を組まれ、そのままずるずると鍛冶ギルドから引きずり出された。


「な、なに、今の……」

「前々から親方たちには移籍するって話はしてあったんだけどさ、昨日ジョーが新しい家を買ったってレベッカさんから聞いたんだ。俺とジョーたち、入れ違いで蜜蜂亭に行ったみたいで。だから、きっと今日ジョーが迎えに来てくれると思って、鍛冶ギルドで待ってたんだよー」


 ニコニコとコリンは無垢な顔で笑う。

 そうか、事前に俺が来ることがわかってたのか。これはレベッカさんと同じケースだな。


 でもそれであれだけ拍手喝采で送り出されるものなんだろうか。

 俺は何故かコリンと腕を組んだまま、コリンのリードで歩いていた。


「じゃあ、これからコリンの家に行って、荷物をまとめる手伝いをすればいいかな?」

「荷物はまとめてあるよ。ジョーたちがネージュを発ってから少しずつまとめてて、きのうの夜から最後の仕上げをしたんだ。工具とかが多いから荷物は多いけど、ジョーの空間魔法で引っ越しは簡単だね」

「そうだね。コリンはいろいろ手際がいいなあ」

「へへへっ、俺、ずーっとこの日を楽しみに待ってたんだよ!」


 コリンの声が浮き立っている。本当に嬉しそうだ。

 やっぱり新天地が王都というのは特別だから――。


「ジョーと一緒に住めるの、すっごい嬉しい!」

「お、おう……?」


 そっちなのか。

 そっちでいいのか。


「新しい家って小さい部屋が6部屋あるんだって? 俺、ジョーの隣の部屋がいいな!」

「あ、ごめん。俺角部屋にしちゃったから、今開いてるのは反対側の角か、その隣でレヴィさんの隣の部屋なんだ」

「そうなの? ちぇー。あ、俺さ、金物の加工で火を使うことがあるから、作業場として床が石床の場所があればそこを使わせてもらえると助かるんだけど」

「確か、1階にそういう部屋が空いてたと思うよ。もし広さ的にもっと広い場所がよければ、書斎が丸々空いてるから家具を全部撤去して、床にレンガを敷いたりしたらいいと思う。壁は木じゃなかったからさ」

「ええっ、そんな贅沢させてもらっていいの!?」

「いいよ、コリンにはこれからもいろいろ作ってもらう予定だし、工房は大事だよ」

「やったー! ジョー大好きー!」


 歩きながらコリンがじゃれついてくる。……なんだか、こう……うん……この距離感がサーシャだったらいいのにな、とちょっと思ってしまった。

 すっごい思い出すぞ、「まやの面倒な彼女」って言われてた友達のこと……。

 顔立ちもどことなく似てるし、しゃべり方とか距離感とかまんまだし、異世界なのに魂の双子って奴かな? と思ってしまう。

 


 泡立て器のこととか、今後作ってもらいたい蒸し器とかの話をしているうちに俺たちはコリンの家に着いた。――って、一軒家だし!


「母さん、ただいま! 話してたジョーを連れてきたよー」

「まあまあ! あなたがジョーくん? コリンから毎日話は聞いてるわ! まあまあ、本物のジョーくん! うふふふふ! あらあら! コリンが言ってた通りだわー」

「ぅえっ! あ、初めまして。ジョーです……」


 これは酷い不意打ちだ……。

 てっきりコリンも近隣の街からネージュに働きに出てるんだと思ってたけど、まさかネージュに家族と一緒に住んでたなんて。

 ……いや、ソニアもネージュの生まれだし、いくら大都市とはいえ全員が出稼ぎな訳がないしな。


「ジョー、俺の部屋こっち!」

「あ、うん、今行くよ」


 コリンのお母さんも、雰囲気とかが友達のお母さんに似てるなあ……なんて一瞬ぼんやりしていたらコリンに呼ばれてしまった。

 呼ばれた先では木箱などに詰めた荷物が積んであって、俺はそれらを「コリンの荷物」と認識して一括で魔法収納空間に入れた。


「あら! 本当に凄いわ! 便利ねえー。あ、ジョーくん、足りるかどうかわからないけどこれも持っていって。みんなで食べてね」

「あ、もしかしてアップルパイですか?」


 コリンのお母さんがバスケットに入れて差し出したものの匂いで、俺は中身を当ててしまった。

 香ばしいバターの香りと一緒に、甘酸っぱいリンゴと、シナモンの匂いがしたのだ。コリンが前に「母さんの二つ折りアップルパイは美味しいんだよー」なんて言ったから、安易に「俺も食べてみたいなー」って言っちゃったんだよな。

 まさか、同じ都市に住んでるとは思わなくてさ……。


「そう、アップルパイ! コリンの好物なんだけどジョーくんも好きらしいって聞いたから」


 ……言ったっけ、そんなこと。食べてみたいな、とは言ったけど。

 ………………まあ、いいか。嫌いじゃないのは確かだし。


「ありがとうございます。ネージュとハロンズは遠いですが、俺が近くにいるときはちょくちょくコリンを家族の顔を見るために返すようにしますんで」

「あらあら、気にしなくていいのよー。『便りのないのはよい便り』って言うし、コリンも親元を離れて独り立ちする時が来たんだから」


 ……割りと大人数での共同生活だけどな……。

 便りのないのはよい便り、か。確かにそうなんだけど、俺はどうしてもコリンとそのお母さんに言っておきたいことがあった。


「いきなり会えなくなることもありますから。……俺がそうでしたし。だから、仲良くやっているなら尚更、時々は家族と一緒に過ごして欲しいんです」

「ジョーくんはしっかり者ね。安心してコリンを託せるわ。コリン、ジョーくんと仲良くね」

「うん、もちろんだよ! じゃあ、母さん、行ってくるねー」

「いってらっしゃい。体には気を付けるのよ。ジョーくんにあまり迷惑を掛けないようにね」

「わかってるー!」


 凄く軽い別れの言葉の後で、コリンに急かされて移動魔法のドアを出す。

 俺は別れ際にコリンのお母さんに向かって深く頭を下げた。

 


「あっ、凄いね! 高級な家っていうのが一目でわかる!」


 ハロンズの家を見てコリンは目を丸くしていた。

 そして、周辺をぐるりと回って洗濯室の床を確かめたりしている。

 この辺りの部屋が石床なんだよな。洗濯室の隣は何に使う部屋なのか俺にはわからなかったけど、現状「余ってる」認識だからいいか。

 

 コリンに部屋を見せて聞いてみたら「倉庫じゃないかな」と言われた。

 倉庫か! それは盲点だ。俺たちは冒険者だから個人の私物は少ない。その上俺が空間魔法使いだからかさばるものは全部魔法収納空間の中だ。

 でも、きっとこの建物を「家」として機能させる上で倉庫は後々必要になってくるに違いない。


「倉庫は潰さない方がいいと思うよ。あっ、外に温室があるね」

「うん、小さいけど温室があるんだ」

「……今あそこで作業したら死ぬよね」

「……死ぬね」

 

 ハロンズの夏は暑くて有名らしい……。

 だから、貴族は夏は領地に帰り、過ごしやすい春や秋が社交シーズンなのだとか。多分その調子でいくと冬も過酷なんだろうな。京都みたいに。


「温室の場所に工房を建ててもらおうか。きっと俺たちは温室は使わないだろうし。レベッカさんと相談はするけど」

「それができるまでさっきの倉庫を使わせてもらうのがいいかな! うん、そうしよう。ジョー、部屋を案内してよ! あーあ、ジョーの隣の部屋じゃないの残念だなー」


 コリンはさっくりと話をまとめ、また俺の腕を組んだ。

 そこに、凄い勢いで走ってきた何かがチョップを入れてくる。


「は、離してください! ジョーさんと腕を組んでいいのは私だけです!」

「サーシャ!? 早かったね?」


 俺とコリンの腕にチョップを入れたのは、本物の彼女の方のサーシャだった。


「私が力尽きちゃって、早めに帰ってきたんです。ジョーさん! いくら友達のコリンさんでも、やって良いことと悪いことがあります!」

「サーシャはいつもジョーと一緒にいるんだろ? このくらいいいじゃん!」

「良くありません! 全然良くありません! ずるいです!」


 俺を挟んでサーシャとコリンがフーシャー言い始めた……。


「面倒な彼女たちね……」

「片方男だけど」

「だから面倒って言ってるのよ」


 サーシャに少し遅れて帰ってきたソニアが、睨み合うサーシャとコリンを見てげんなりと呟く。


 あああああ……。

 距離感のおかしい友達と、遠慮しがちだけど嫉妬もしがちな彼女。これはかなり厄介だ……。

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