73 類は友を呼ぶ?

 お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に……じゃないけど、食後はのんびりながらも俺たちはそれぞれの用件を済ませに動き出した。


 レヴィさんは冒険者ギルドにサーシャの神殿訪問のことで相談をしに行き、俺はレベッカさんをこの家に案内し、サーシャとソニアは防具屋に古代竜エンシェントドラゴンの皮を持ち込んでソニアの革鎧を作ってもらうことにした。

 ソニアの熱烈な要望で、ぶらぶらと歩いて小物などを扱ってる店も探すことになっていた。「そうじゃなきゃ行かないから!」って杖を向けて脅されたら、さすがのサーシャも頷くしかない。

 

 古代竜の皮は俺が持っているので、防具屋までは彼女たちに同行して、その後俺だけネージュの蜜蜂亭に向かう。移動魔法がこういう時は凄く便利だ。

 俺としては、後は大工ギルドに行きたいなあ。仔犬状態のクロが通れるようにペットドアを付けて欲しいし、多分レベッカさんも部屋の仕切りとかを注文するだろう。


 

 防具屋はティモシーたちから評判の良いところを教えてもらっていたので、店探しに困ることはなかった。番地を聞くだけで迷わずに着くのは、碁盤の目で作られた都市の一番の利点だと思う。


「じゃあ、俺はレベッカさんを迎えに行ってくるから」

「はい、行ってらっしゃい、ジョーさん」

「私たちは夕方近くまで戻らないかもしれないわ。レベッカさんとすれ違いになったら一言謝っておいてね」

「ええっ、ソニアさん、小物を見るのにどれだけ時間を掛けるつもりですか!?」

「お店を覗いて歩くのが楽しいんでしょ!? さっきの店の花瓶にしようかしら、それとも壁掛けに合わせてこっちの花瓶にしようかしら、とか悩みながら!! サーシャはもう少し余裕のある楽しみを身につけた方がいいわ!」


 ソニアの言いたいことは凄くわかる……。

 前に一緒に街を歩いたときに思ったけど、サーシャも別に買い物をしたり店を覗いたりするのが嫌いな訳じゃないんだ。

 ソニアのように悩む工程を含めて楽しむと言うより、質素倹約をポリシーにしてるから「ちょっと値が張る可愛い小物」に価値を見いだせないみたいなんだよな。

 サーシャの買い物はだいたい実用的だ。俺も人のことは全く言えないんだけど。


 ちょっとした言い合いから何故か抱き合っている女性ふたりを横目に、俺はネージュの蜜蜂亭に移動するドアを開いた。

 

「待ってたわよ、ジョー。さ、行きましょう」

「うぉう!」


 ドアの真ん前にレベッカさんがいて、思わず奇声を上げてしまった。

 時々この人の先読み能力が怖いんだよな……。


「あ、待ってください。このドアは防具屋に通じてるので」

「そうなの? 昨日話を聞いてから、早く見たくて仕方なかったのよ。思わず待ち伏せしちゃったわ」

「どうしてその待ち伏せで、俺の出てくる場所を当てられるんですか……」

「だって、ジョーは転移してくるときにいつもその場所なのよ。自分で気付いてなかったの?」


 当然のような顔をしているレベッカさんに、目から鱗が落ちた。

 確かに、俺がイメージしてるのはいつも同じ光景だから、出てくる場所も特定できるのかもしれない。

 でも、それに気付くこの人が凄いんだよな。いつもは店の中にいるのに。


 俺は改めてハロンズの家に移動魔法を繋ぎ、ドアを開けた。



「素敵! 元貴族の邸宅ってだけあるわ! 立派なお屋敷ね! すると両隣も貴族のタウンハウスってことよね。今は社交の季節じゃないから管理人しかいないかもしれないけど、ご挨拶はした方がいいわ。当然まだでしょう?」

「えっ、ご挨拶ですか……考えたこともありませんでした」


 浮き立った声色で怖いことを言ったレベッカさんに俺は思わず仰け反った。

 そういえば、日本でも引っ越し蕎麦なんてものもあるし、引っ越ししたら周囲にご挨拶は当たり前なんだろうな。

 ――どうしよう。本当に考えたこともなかった。


「考えたことなかったって顔してるわね。ジョーのその反応は想定済みよ。一番年長でもあることだし、私が『最新のお菓子』を持ってご挨拶に行くわ。昨日はもうここに泊まったのよね――あら、なかなか綺麗に掃除してあるじゃない! 昨日の子たち頑張ったのね。これなら本当にすぐ住めるわね!」

 

 ご近所に挨拶という案件で、ここは貴族層の住宅地だということに改めて気付き、俺は一気に気が重くなってしまった。レヴィさんたちは気付いてるんだろうか? ……気付いてるよなあ、当然。


「俺たち平民の冒険者ですけど、ここに住んでて平気でしょうか……」


 沈んだ声で俺が尋ねると、レベッカさんは俺の心配を消し飛ばすように俺の背中を叩き、クスリと笑った。


「自分に自信を持ちなさい、ジョー。あなたたちは神殿最高の地位にある聖女の仲間で、最高の冒険者と言える星5の評価を受けているのよ。それに30年も幽霊屋敷だったこの家をその呪縛から解放したの。周囲の人は喜んで受け入れるわ」

「そ、そんなに周囲からの評価が高いんですか? 星5冒険者って」

「あー……アーノルドたちだけ見ていたらそう思うのも仕方ないわね。ジョーの周りは特別だったのよ。

 まず、星4と星5の間には厚い壁があるの。アーノルドは勇者であり、気さくで面倒見の良い人柄で崇敬を集めていたわ。だからこそ功績を挙げてそのパーティーのメンバーと共に星5まで昇り詰めたのよ。ただ、サーシャが加入してからはパーティーとしての戦力はより上がったけれども、アーノルド自身は弱くなってしまったけどね」


 俺は頷きながらレベッカさんの言葉に耳を傾ける。

 ギルドの側に店を出してるし情報通だから、俺の知らないいろんな事情を教えてもらえるのはありがたい。


「サーシャが星2から星5への昇格最短記録と最年少記録を持ってるって話は聞いたかしら? あの子はそれだけ特別な子よ。資質もあったけれども、周囲の人に恵まれた。アーノルドと出会わなければ、あんなに早く星5にはならかったでしょうね。

 それで、星5がどれだけ特別かというと、ネージュには13人しかいなかったわ。旧アーノルドパーティーの5人と、もう1パーティーの5人、そして実質現役を退いているサーシャの前のアーノルドパーティーのプリーストと、ギルド長のデューク、それと副ギルド長のエリク。これだけなの。しかもギルド長と副ギルド長はほとんど引退と同じだから実質10人ってことね。わかる? あの大都市ネージュに、たったの10人よ。今は8人ね。二桁もいないってこと」


 マジッすかという言葉も出せないで、俺はぽかんと口を開けてレベッカさんの話を聞いていた。

 たった13人……その中の5人と俺は知り合いだったわけだ。いや、エリクさんも入れると6人か。

 

「ハロンズはどうか知らないけれど、少なくとも20人いるってことはないはずよ。わかった? あなたとサーシャ、ソニア、レヴィ、全員が星5の冒険者パーティーというのは国レベルで貴重な存在なの。しかもジョーは習得困難と言われてる移動魔法を使える、恐らく世界にたったひとりの空間魔法使いよ。

 よく覚えておいて、あなたたちの力は、決して軽く扱えるものじゃないわ。そして、自分の存在の重さを決して忘れないで」


 俺の存在は、世界にたったひとりのレベル……。

 個々人という意味では「自分は世界にたったひとり」だという考え方はしていたけども、空間魔法使いとして世界にひとりの域だったなんて。……考えてみたら伝説級だからおかしい話じゃないのか。

 

 でも、俺にはレベッカさんに言われたことの実感がない。

 俺の周りの星5の人たちはみんな強いけれども、普通に「どこにでもいる人間」で。

 一昨日会ったピーターたちも決して聖人君子ではなかったし、「当たり前の冒険者」だった。

 

「あら、考え込んじゃった? こちらの世界に来て最初に出会ったのがサーシャなのよね? 彼女自身が星5だし、周囲もそうだからジョーにとっては星5冒険者の希少性がわからなかったのね」

「――なるほど、そうですね。最初に出会ったのがサーシャだったから……。うん、そうです。俺とソニアも星5に簡単になってしまったので、星5はもっとゴロゴロいるんだと思ってました。考えてみれば、古代竜をひとりで倒せる人がそうそういるわけないですよね」

「そんなのサーシャくらいじゃない? だから彼女は本当に特別だって……」

「ソニアも倒したんですよ……。俺の中では古代竜って簡単に倒されるドラゴンなので、どれほど特別な魔物なのかわからなくて。サーシャもソニアも『ちょっとお買い物』感覚で倒してるので、本当に怖いのかわからないんです」


 話を遮るようにソニアのことを教えると、レベッカさんは目を丸くして驚いていた。

 

「ソニアも倒したの!? だから星5に一気に昇格したのね。もう、エリクったらそういうことは教えてくれないんだから! なんだかニヤけてるとは思ってたんだけど、愛弟子が古代竜をひとりで倒したらそれは誇らしいわね」

「ニヤけてたんですか……? 実際に報告したときにはすっごく引いてましたけど」

「ニヤけてたわ、ここ数日。ハロンズ本部の鼻を明かしてやるぞーってご機嫌だったし。いろんな出来事がやっと繋がったわー。そういうことだったのね……さすが暴風娘」


 そういえば、ソニアもそんな二つ名が付いてたな。ハロンズでは知られないといいけど。

 それにしても、レベッカさんから見てソニアはエリクさんの「愛弟子」なのか。口では罵り合ってたけど、なんだかんだで仲良かったからそう言われるのも自然なことなのかもしれない。



 俺がいろいろ考え込んでいるうちに、レベッカさんは1階を探検してあちこちで歓声を上げていた。やっぱり厨房が特にお気に召したらしい。最新の設備が入ったキッチンは、オーブンまで付いているからありがたい。


「さすが貴族の邸宅ね。いいわ……凄くいい。ここで料理をして、お店には運んでいくだけでもやっていけそう。でもそれだと咄嗟のことに対応できないわね……やっぱり冒険者ギルドの側に店を出したいし、突然の大量オーダーにも応えられないと。上を見たら商業ギルドに物件を見にいくわ。そっちも移動魔法をお願いできる?」

「わかりました。蜜蜂亭ハロンズ店オープンのためにお手伝いします」


 俺にとっては、星5冒険者の希少性よりもそちらの方が余程大事なことだ。

 早速レベッカさんを3階に案内して大きい寝室を見せると、心底嬉しそうにため息をついていた。


「大部屋になっちゃうので、大工ギルドに頼んで仕切りを付けて4つくらいに区切ろうかなと思ったんですが、どうでしょう?」

「ハロンズに一緒に来る子たちと昨日の夜に相談したのよ。区切るのと、大部屋風にするのとどっちがいいかって。それで、衝立でお互いのベッドだけ隠すようにして、余った場所はテーブルを置いて一緒に過ごせる空間にしましょうってことになったの。私を含めて女性3人に男性ふたりだから、男性ふたりはそっちの小さめの部屋を使わせてもらえればいいわ」


 レベッカさんは主寝室以外に子供部屋も目敏く見つけたらしい。本当に抜け目がない人だな。

 ベッドだけ衝立で仕切って、残りの場所は飾り付けて共用スペースに、か。

 リビングもあるけども、それも雰囲気が良さそうだ。

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