29 ソニアは剣士にクラスチェンジ……した?

 ソニアが修行している間、俺はギルドの事務を手伝ったり、大工ギルドから依頼を受けて古い建物の解体を請け負ったりしていた。

 もし解体業者のような人がいるなら、仕事を取ってしまうことになるなと思ったんだけど、解体も大工の仕事らしく、俺が空間魔法でシュパッと収納してしまえばその分他のところに手が回せるので助かるらしい。


 報酬は、普段の解体に掛かる費用の半額でもらうことにした。

 大工ギルドからすると、「期間が短縮できる分余分に払ってもいいんだぞ」ということだったけど、どうも俺は甘いというか、「いや、だってしまうだけだし」と思ってしまう。

 それに、一応「解体」という名目で収納した古屋にだって使い道がある。

 それを説明して、棟梁には納得してもらった。


 解体した建物は3軒。それの礼なのか、俺とサーシャの家の引き渡しの時にベッドを3つおまけしてくれた。


 ――しかし、なんでこんな簡単な仕事なのに、ヘイズさんはやらないんだろうなあ。

 

 

 そして、ソニアの修行10回目。


「《旋風斬ウインドカツター》!」


 ソニアの放った魔法が、的をスパッと両断した。

 ……的までの距離、5メートルだけど。

 しかも、呪文を唱えながら杖を振ってるけど、完全に剣の動きだった。

 右上から袈裟懸けに……その通りに、的も斜めに切れている。


「《暴風斬ストームブラスト》!」


 今度は杖が細かく動く。これは、あれだな、エリクさんと打ち合ってて切っ先の方でカンカンと捌いてたとき。

 ちゃんと的には小さな傷がたくさん付いている。


「《突風ガスト》!」


 最後は突きの動作だった。裂帛の気合いで剣――じゃなくて杖が的に向かって伸ばされると、ドゴン! と凄い音がして的が砕け散った。


「ソニアさん、やりましたね! ちゃんと魔法を種類別に使いこなせてます!」

「凄いよ、ソニア。……多分もっと凄いのはエリクさんだけど」

「ほんとだよ、俺頑張ったよ。まあ、10メートル離れた的にも3回に1回は当たるようになったしな。ともあれ、よくやったなソニア。お前は史上最低の弟子だが、なんとか形になったお前の努力は俺も誇りに思う! これは俺からの餞別だ」


 そう言ってエリクさんが差し出したのは――シミター。

 ひっどいジョークだな。いや、本気なのか?


「師匠、酷いわ! 私は風魔法を習いに来てるんですー! 剣士になるつもりはないって50回くらい言ったじゃないですか!」

「だけどお前あからさまに剣士向きなんだよ! いいから持っておけ! 護身用にもなるし、風魔法使いであることを隠すダミーにもなる。杖は簡単に隠せるが、これは目立つからな。人間に狙われたりしたときに、相手がお前を剣士と見るか魔法使いと見るかで距離の取り方が変わってくる」

「それは――そうかもしれないわね。わかりました。ありがたくいただきます」


 ソニアは複雑な顔でシミターを受け取った。「確かに持ったときが杖より馴染むのよね……」なんて恐ろしいことを言っている。

 エリクさんはソニアが腰にシミターを下げたのを確認して、表情を改めた。

    

「そして、最後にひとつだけ守ってもらいたいことがある」

「はい、師匠」

「魔法は至近距離から打て、0距離で打て。遠くから当てようと思うな」


 うわ……。

 魔法使いとしてあり得ない運用を指示されてるよ……。


 そう思ったのは俺だけではなくて、ソニアもサーシャも思いっきり顔に出ていた。


「結局エリクさん、ソニアさんの魔法制御をまだ認められないんですね」

「ソニアと一緒に外に行くの、ちょっと怖いな」

「風魔法使いとしての誇りはないんですか、師匠!」

「命の方が大事に決まってるだろ! じゃあ頑張れよ、お前みたいな弟子は二度と取りたくない。もう来るな!」

「ありがとうございました! こんな修行私だって二度としたくないわ!」

 

 罵り合いながら何故か抱き合って、お互いに背中を叩き合ってるソニアとエリクさん……。

 本当にこのふたりを見ていると不思議な気分になるな。


「ジョーとサーシャ! 大事なことを言い忘れるところだった! ソニアが魔法を使うときは、盾はソニアに向かって構えろ! お前らの盾はミスリルだったろ? あれならかなり防げるはずだからな!」


 エリクさんのとどめの一言に、ソニアがシミターを抜いてエリクさんに打ちかかっていった。



「もー、本当に参っちゃうわー。師匠ったら毎日毎日しつっこく『剣士になれ』って言うのよ」


 ギルドの訓練場を出た後、俺とサーシャとソニアは蜜蜂亭でプリンを食べていた。レベッカさんはあっという間にプリンをマスターして、しかも俺がカラメルも作って見せたらちゃんとカラメルプリンをお店で出してくれてるのだ。

 カラメルのほろ苦さとプリンの甘さ、そしてつるんとした喉越しがいいと、販売開始直後で既に街の話題になっている。


「でも実際、ソニアの剣捌き凄かったよ。なんて言うのかな、反射速度? エリクさんの打ち込みに的確に返してるの、剣を持って数日の人間とは思えなかった。天才的だと思ったよ」

「やだー、ジョーったら、褒めるのが上手ね。私天才? うふっ。 ――なーんて、師匠からこっそり『ソニアを剣士にしろ』なんて命令受けてないでしょうね」


 プリンをつつきながら、ソニアがちょっと俺を睨む。

 うーん、メンタルも成長したな。

 まさに、エリクさんから頼まれて「事あるごとにソニアを褒めて剣士に転向させろ。魔力量が多いからこそあいつは危ない。剣士の方がまだマシだ」って言われてるんだよ。

 結婚詐欺にはまんまと引っかかったソニアだけど、いろんな意味で地獄の特訓で、疑り深くなったらしい。


「ソニアさんの修行が長くかかったのは予定外ですけど、その間に大猪ビツグワイルドボアの納品も終わりましたし、注文してた家も出来上がりました。これで心置きなく外に行けますね! 私、さっき依頼を取ってきたんですよ」

    

 サーシャが1枚の紙をテーブルに置く。

 それは確かにギルドの依頼スペースに張り出してあったもので、ピンで留めた時の穴も開いていた。

 

 受託条件は星1から。内容は、ネージュから徒歩1日ほどの距離にあるカンガという村での害獣退治。報酬以外に、狩った獣の買い取り有り。

 確かに、星1で受けられる仕事としては手軽にお金になる方……なのかな。

 報酬以外に買い取りもあるし。


 ソニアは依頼票を見て緊張していたみたいだけど、サーシャの「大丈夫ですよ、私は星5ですから」という言葉を聞いて少し安心したようだった。

 害獣退治か。

 俺が試してみたい戦法、できるだろうか。



 テント代わりの家、水、食料、そういったものを魔法収納空間に詰めて、俺たちは翌朝ネージュを発った。


 昼を過ぎた頃、サーシャが道を逸れ始めた。何故だろうと思っていたら、林の手前でにこりと笑って彼女は立ち止まった。


「受けた依頼は害獣退治だけですが、これは自主特訓です! この辺りにちょうどいい魔物がいるんですよ」

「ええっ!?」

「そんな、サーシャが私たちを騙すなんて!」

「騙してませんよ。前から言ってたじゃないですか、特訓するって」


 そうだ……確かに言ってたよ……。

 その為のソニアの「1日修行」が、とんでもないことになったから忘れてただけでさ。


「ベネ・ディシティ・アッティンブート……」


 サーシャがいつもの補助魔法を詠唱し始める。なんでサーシャが補助魔法を?

 ……と思っていたら、5倍掛けサーシャは石を拾って林に向かって思いっきり投げた!

 バキバキと何かが折れる音がする。きっと、枯れ枝とか細い木とか、今の投石で折れたんだろうな。


「ブゥー! ブウブウ!」


 そして、何かの鳴き真似をしている。豚? 森の中に豚? まさか猪?


「プギーッ!!」


 サーシャの声に釣られたのか、林の中からでかい何かが飛び出してきた。

 まるっとした体に、凄いジャンプ力。そして、長い耳――。


「ま、まさか、これって例の殺人兎キラーラビツト!?」


 俺は慌てて盾を構えながら叫んだ。

 いや、でかい! マジででかい! 日本にいたとき世界最大のウサギっていうフレミッシュ・ジャイアントを見たことがあるけど、あれよりでかい!

 えっ、ちょっとした熊並みの大きさがあるんだけど、これって本当にウサギなのか!?


「そうです! ジョーさんは殺人兎の攻撃を盾で防いでください。ソニアさんは魔法で攻撃を!」

「ちょっ! 無理だよ! 殺人兎とソニアの魔法の両方を防ぐのは無理!」

「大丈夫です! ジョーさんならいけます!」

「待って!? なんでふたりとも私の魔法がジョーに当たることを前提に話してるのかしら!? もう、こうなったらやってやるわよ!」


 殺人兎が正面から「ブッ!」という怒りの声と共にパンチを繰り出してくる。俺はそれを盾でしっかりと防いだ。

 大丈夫、パンチはそれほど強くない。

 でも、気を付けなきゃいけないのはキックだ。ウサギの脚力って凄いものだし、テトゥーコ様も「ウサギ結構強いのよ、特にキック」と言ってたし!


 殺人兎が跳び上がり、空中で回転した。そして――ドロップキック!? 普通の蹴りじゃなくて!?


「うわっ」


 受けた瞬間、「これは無理」と判断して力の掛かる方向に盾を滑らせる。

 殺人兎のキックはなんとかやり過ごすことができた。

 

「思いっきりやっても平気そうね。ちょっと怖いけど、行くわよ、《旋風斬ウインドカツター》!」


 ソニアが俺と殺人兎の間に割り込んできて、本当に0距離で杖を振った。

 ――いや、これ、ほとんど剣だよ……。

 魔法発動の瞬間と、ざっくりと切られた殺人兎が吹っ飛んだのが同時だった、

 俺のイメージしていた「魔法」がガタガタと崩れていくな。


「やりましたよ、ソニアさん、ジョーさん!」


 サーシャの声で、俺は殺人兎に勝ったことを知った。

 俺の隣のソニアは、返り血を思いっきり浴びて物凄く嫌そうな顔をしていた。 

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