28 ジョーの差し入れ日記

 ソニアの剣修行の6日目、俺はレベッカさんの店にいた。サーシャはギルドでソニアの特訓に付き合っている。

 どうせなら疲れが取れるものを差し入れしたいなと考えていて、考えていたら思い出した話があったのだ。


 プリン1個食べると、1時間の仮眠よりも血液中の疲労物質が減少するって実験結果。

 前にテレビで見たんだ。


 俺はカラメルソースを作るのが下手くそで、前に「レンジで作るカラメル」をやろうとして耐熱ガラス割って母に叱られたことがあるから、それは割愛。

 大丈夫だ、牛乳と卵と砂糖だけで充分美味しいプリンが作れる!


 茶碗蒸しと卵豆腐とプリンって、実は作り方あんまり変わらないんだよな。

 出汁もしくは牛乳と卵の比率で固さが変わるってところが一緒。蒸して作るのも一緒。

 しかも今回は更に手を抜いて「プッチンしないプリン」を作ろうとしてるので、凄く厳密に考える必要はない。

 卵と液体の比率が1対3~4くらいで混ぜ合わせればいいだけだ。


 卵1個がだいたい60gだから、牛乳は200cc。今回はこれの倍量で作る。

 泡立て器というものが存在しないっぽいので、砂糖を適当に入れてフォークでガンガン混ぜた。途中で味見をしてちょっと甘いかなと思ったけど、疲れたときには甘い方がいいかなと思ってそのまま続行。


 ざるを使って漉して卵液を滑らかにしたら、6個の器に分けて、湯を沸かした鍋の中に台を置いてそれに乗せて蒸す。湯気が落ちてこないように、蓋と鍋の間に布を挟むのと、ちょっとだけ蓋をずらして中が高温になりすぎないようにするのを忘れずに。

 

 プリンなんて久々すぎてちょっと緊張する。

 細い串を刺して、透明な液が上がってきたら蒸し上がりなんだけど、奇跡的にも一発でできた!


「おお……」


 すが立つ事もなく、滑らかな表面。思わず感動の声も出たよ。

 俺は鍋ごと水につけると、奇跡的なできあがりを観賞した。

 ちなみに、ずっと横でレベッカさんが見ていたのは言うまでもない。

 

 これなら、サーシャやソニアは喜ぶと思う。エリクさんも、多分。

 

 鍋から容器を取り出して氷水につけて冷やし、完全に冷えたなという頃にレベッカ先生のチェックが入った。

 厳かにスプーンが入れられて、無表情でレベッカさんは1口目を口にする。

 これがとんでもなく緊張するんだよな……。


「甘くて滑らかでいいわね。材料も複雑じゃないし、これで疲れが取れるなら流行りそうよ。むしろこれもイエヤッス様の神殿に持って行こうかしら」

「いいと思いますよ。俺も昔風邪を引いたらよくねだってました。つるんとして喉が痛くても食べやすいですし、卵は栄養がありますからね」

「……もしかして、嫌なことを思い出させたかしら?」

「いえ、平気です」


 俺は微笑んだ――つもり。表情筋がどこまで仕事をしてくれたかは主観ではわからない。

 レベッカさんも鋭いんだよな。

 俺は幼い頃はプリンが大好きで、市販のプッチンするプリンももちろん好きだったけども、一番好きだったのは母の作ってくれるプリンだった。

 オーブンで蒸し焼きにしたプリンも、蒸し器で作るプリンも、ゼラチンで固めるプリンも好きだった。

 残念なことに、俺では全部を再現することはできない。ゼラチンはこの世界では粉では存在してないし、どういうものから作られてるか知ってても、俺の知識のなさではちょっと作れないだろう。


 あとは、差し入れにできるものといったら――あ。


「レベッカさん、炭酸水ってありますか?」

「作れるわよ。ちょっと待ってね」


 この近くに炭酸泉とかがあったら普及してるかもと思ったんだけど、思わぬ答えが返ってきた。

 すぐにレベッカさんはジョッキに白い粉を入れ、水を入れてからレモン汁を足した。途端にシュワシュワと音がし始める。


 あ、これ知ってるぞ! 重曹とクエン酸の反応だ! そうか、それで炭酸水を作れるんだ!


「炭酸泉が湧いてるところだと胃腸にいいってよく飲まれるのよね。これでお酒を割ることが多いわよ」

「どこの世界でも大人はやることが同じだ……生姜もありますか?」

「はい、乾燥だけどね」

「おおお……思ったより何でもあるな」


 俺のイメージしてた中世ヨーロッパ、もっと不自由な感じだったんだけど。

 魔法もあるせいか、この世界は「飢饉との戦い!」「絶え間ない戦争!」みたいな感じではない。


「生姜のシロップを作ります。炭酸で割っても水で割っても美味しい飲み物になるし、寒い時はお湯で割ると体が温まる飲み物になるんですよ。我が家でも大人気で、母が夏になるとよく作ってました……それで、あまりに減りが早くて俺と兄がガバガバ飲むから、ブチ切れた母に『自分で作ってみろ』と言われて覚えたんです」

「ふふ、ジョーがそういうことを楽しそうに話せていてよかったわ。あなたの経歴を考えたら、私まで胸が塞がったもの。

 そうだ、私をお母さんと呼んでもいいのよ?」


 俺は思わず真顔でレベッカさんを見てしまった。

 いや、ありがたいことなんだろうけどさ……。なんで「お兄ちゃんと呼んでくれ」とか「お母さんと呼んでもいいのよ」とか、そういうの多いんだろうなあ。ソニアはお姉さんだし。


「レベッカさんはお母さんと呼ぶには若すぎますよ。俺の母は47歳ですから」

「あら、私と一回り以上違うのね、意外だわ」


 そんな話をしながら、俺は鍋にスライスして乾燥してある生姜と水を入れて煮込み始めた。一緒に入れるの香辛料はクローブ。砂糖をどっかり入れて、そのまま弱火でコトコトと煮込むだけで完成だ。


 シロップの部分だけを布を使って漉した後、残った生姜を自分も摘まみながらレベッカさんに差し出す。


「砂糖の量の加減で、辛口も甘口も作れます。あと、何気にこの砂糖煮にした生姜がうまいんですよ」

「辛いけど甘いわね。これも絶対風邪に効くわ! それと、乾燥させて『体が温まる菓子』って売ればこっちも売れそう」

「ああー、そういえばそういうのありましたよ。今のうちに砂糖を振りかけておきますか?」

「お願い。それを乾燥させてみるわ。まず常連さんに出してみて……」


 レベッカさんはお母さんと呼ぶには若すぎるけど、確かにこうやって話しながら料理をしていると母が側にいるようだった。


 ジンジャーシロップをレモン多めの炭酸水で割って氷を入れた物を3つと、プリンを3つ。

 我ながら今日の差し入れは頑張ったと思う。

 レベッカさんも新しいレパートリーが増えてほくほくしていた。

 


 ソニアは本当に魔法よりも剣の方が向いてるらしくて、剣の稽古を始めてからの方が「死にそうなほどぐったり」にはならなくなった。筋肉痛には苦しんでるけど。

 だから、昼は麦粥じゃなくてサンドイッチでも平気になったのだ。

 そして俺の差し入れはおやつへシフトした。


「差し入れ持ってきたので休憩にしましょう」


 俺がそう声を掛けると、サーシャとソニアとエリクさんが笑顔で振り向く。

 ソニアが風魔法を使っていたときにはボッコボコにされていた訓練場の地面だけど、エリクさんが土魔法で泣きながら均したらしい。あくまでも本人談、だ。


 平らな地面っていいなあと思いながら、テーブルセットを出してプリンとジンジャーエールを並べる。

 ジンジャーエールは大ジョッキになみなみと入れられていた。


「わあ、見たことのないお菓子です」

「ジョーって器用よね」

「いっただっきまーす!」


 意外にも余計な口を利かずに真っ先に食べ始めたのは、エリクさんだった。

 多めに一口頬張って、「んん~」と震えている。

 このおじさん、辛いものもいけるし酒も凄い飲むけど、甘いものも大好きなんだよな。本当にごく最近知ったんだけど。


「おっ、甘いな! しかも冷たくてうまい。これはきっと凍らせてもいいやつだ」

「鋭いですね、エリクさん」

「ジョーさんは一緒に食べないんですか?」

「さっきレベッカさんと一緒に試食しちゃったんだ」

「そうなんですか」


 心なしか、サーシャが残念そうだ。

 食べかけでもいいから、俺の分も持ってくれば良かったな。


「あっ、これ美味しいわね。なんていうのかしら、複雑な味だわ。ピリッとしててすっきりしてて。凄く好きよ」


 ソニアはジンジャーエールが気に入ったらしい。俺が日本で飲んでいたもののようには炭酸は強くないから、爽快感はレモンで出してみたんだけど。


「これはなんていうお菓子なんですか?」


 幸せそうにちまちまとプリンを食べながらサーシャが尋ねる。

 正式に言ったらカスタードプティングとかなんだろうけど、ここはやっぱりこう言うべきだろう。


「プリンだよ。俺の母がよく作ってくれたんだ」

「ジョーさんの思い出の味なんですね」

「そうだね」


 俺がサーシャと微笑み交わしていると――。


「ジョー、お前、記憶喪失じゃなかったのか?」


「……あ」


 エリクさんの鋭い一言。

 俺は思わずテーブルに頭を打ち付けた。


 しまった!!

 さっきレベッカさんと一緒にいたときに母の話とかしたから!



「口外しないで欲しいんですが」


 俺はベーコンのブロックを布に包んでエリクさんに渡しながら、「サーシャ以外には口が裂けても言えない」と思ったことを4人目のエリクさんと5人目のソニアに説明していた。

 元の世界で手違いで死んだことになったこと。

 こっちの世界で生き直すことになったこと。

 その時にテトゥーコ様から空間魔法を授かったこと。それと、転移者だから無詠唱で空間魔法が使えること。


 ソニアとエリクさんは呆然とそれを聞いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る