21 料理の神もいる

 レベッカさんの提案は、俺の負担を大幅軽減すると共に、レベッカさんの利益にもなる。クエリーさんは利益出ないけど。

 それと、もうひとつかなりとんでもない問題をクリアしていた。


 それは「商業ギルド登録」というやつだ。

 これがまた、冒険者ギルドと違って保証金を預けないといけなかったり、なかなかハードルが高い。

 俺が冒険者ギルドに登録しつつ商業ギルドにも登録すると「何やるつもりだ、こいつ」と思われるかもしれない。あと、また登録のとき「記憶喪失なんです」をやらないといけないかもしれないかも。

 正直、あれはもうやりたくないな。


「営業開始を早めて早朝営業するのは大したことじゃないのよ。そろそろ副店長にお店を任せられるようにしなきゃいけないとも思ってたしね。新規雇用もできるし。ただ、ルゴシに何もうま味がないわね」

「じゃあ、クエリーさんにはベーコンの作り方を教えますので、ベーコン工房を作ったらどうでしょうか。クエリーさんなら香辛料の入手も比較的安定してできそうですし。大猪ビツグワイルドボアの肉なら、かなり簡単に入手できる――よね? サーシャ」

「ええ、それこそガツリーの辺りが一番近いですね。大猪だけじゃなくて、猪も狩ってくれって依頼が来ることがありますよ。それと、遠いですけどロクオの辺りも大猪は多くて、確かあそこも大規模討伐がでることがあるとか。ただ、本当に遠いですけどね」

「へえ、そうなんだ。馬に乗る練習とかした方がいいのかも」

「あっ、そうですね! 荷物を持つ必要がないのでこれからは馬も移動手段としてもありですよ」

「どうでしょう、クエリーさん」


 一気に進んだ話を振られたクエリーさんは、顎を撫でながら思案していた。


「まず条件を整理しよう。どこかでベーコンを大量に作る必要がまずあるな? レベッカも言うと思うが、俺も買い取りたいし。あれを知ったらドラゴン肉に近い需要が出るぞ。

 それで、ここで麦粥を出すとすると、ベーコンの安定供給が必要になる。その工房を俺に任せてはどうか? というところだな。つまり、俺の場合は工房運営でベーコンの販売をして利益を出すということか」

「あ、はい、そうですね」


 さくっと商人脳で計算されたけど、正直俺の頭は100%は付いていけなかった。ただ「俺がいないときでもベーコンを作るために工房は必要だなあ」と思ったくらいだったんだ。


「ところで、このベーコンを作るのに原価はいくら掛かった?」


 来た! まだ計算してないやつの質問が!


「すみません、今から計算します」


 俺は香辛料を買ったときの覚え書きを取り出して、ソミュール液に必要な香辛料の価格を割り出した。後は肉に擦り込む塩は3キロくらい使ったから……。


「ええと、ベーコン100キロ作るのに、えーと……肉はほとんど無料だったからそれを計算から省くと塩と香辛料だけで……だいたい2万マギルくらいですね」

「1キロ200マギルか。うむうむ……よし、いけるな」

「あ、あと燻煙するための木材チップが必要です」

「それは端材からでもいけるだろう。香辛料の値段に比べて大したことはないさ。おい、レベッカ。1キロ当たりの販価はこんなでどうだ」

「多少高級だけど行けないわけじゃないわ。最初に掴みが欲しいわね……」


 レベッカさんとクエリーさんが商人の話をしてしまったので、俺は「厨房借ります」と声を掛けてもう一品作り始めた。

 ベーコンを厚く切って――俺は薄切りのカリカリベーコンも好きなんだけど――3枚のベーコンで囲むように卵を落とす。ジュッと音がしたら、水を入れて蓋をして蒸し焼きに。

 そう、朝の定番、蒸し焼き目玉焼き。


「サーシャ、お皿を出してくれるかな」

「はい、このくらいでいいですか?」


 俺が料理するのを見ていたサーシャが、ちょうどいい大きさの皿を4枚出してくれる。

 俺はそれにそれぞれベーコンエッグを乗せると、フォークとナイフと塩を持ってサーシャと一緒にレベッカさんとクエリーさんのところへ運んでいった。


「どうぞ、ベーコンエッグです。とりあえずちょっと塩だけ掛けて、ベーコンを黄身に絡ませて食べてみて下さい」


 実は、我が家は朝はパン食で目玉焼きの担当は俺だったのだ。何故か小学生のときから。理由は「じようが一番良いタイミングで火を止める」という反論できそうな反論できなさそうなものだった。

 確かに、母が作る目玉焼きは他のこともしながらだから焼きすぎになってることが多かったし、兄に至っては卵を綺麗に割る確率が60%という有様だった。

 だから、俺のベーコンエッグは手慣れていた。――手慣れすぎていたのだ。


「おっ!?」


 黄身の上には白と薄いピンク色が混じった膜が張られていて、白身の部分はとろりとしながらもぷりぷり、そしてベーコンは最初に焼き目が付くくらいまで焼いたから、見た目からして食欲をそそる。

 俺的には、この半熟未満の黄身をベーコンに絡ませて、それをパンに載せて食べるのが最高だと思うんだよな。 

 

「ちょっと、ジョー。あとで色々聞きたいことがあるわ。レベッカさんの目をごまかせると思わないでちょうだい?」

「えっ!?」


 まさかベーコンエッグ作ってそんなこと言われるなんて!?

 俺が「ナンデ!?」と激しく動揺していたら、レベッカさんはそっと俺に耳打ちした。


「この卵の焼き方、初めて見るわ。あなた、記憶喪失って嘘ね? 計算もかなり速いし、あまりに知識を持ちすぎてる。かなり特殊な経歴を隠すために記憶喪失なんて言ったんでしょう。別に言いふらしたりはしないから、後で事情を説明してちょうだい。――力にはなれるつもりよ」


 しまった!

 そういえば海外では片面か両面かくらいしか焼き方ないって聞いたことあるようなないような!


「は、はい……わかりました」


 俺は冷や汗をダラダラ掻きつつ3人がベーコンエッグを食べる様を見守った。

 

  

「うーん、やっぱり厚焼きベーコンをそのまま食べるのもいいですね! でも黄身に絡ませるともっと美味しくて! 凄い、今日はなんでもできそうです!」

「こんなに黄身がとろとろな目玉焼きは食べたことがないよ。ふーむ、これは作り方を聞いてもいいものかね? 家内に教えたら喜びそうだ」

「ずるい……ずるいわ、ジョー。きっと私の知らない美味しいものをたくさん知ってるのよね。でも美味しいから教えてくれれば許すわ」

「はは……」


 レベッカさんの恨み節の圧が強い。

 ビシビシ突き刺さる視線を感じながら、俺はベーコンを切って黄身に絡めて口に運ぶ。

 ああ、こんなときでもベーコンエッグは美味しいな。



 ベーコンエッグを食べ終わった後、クエリーさんとは工房のことで後日相談しましょうと言うことで別れ、俺とサーシャは蜜蜂亭の2階にあるレベッカさんの部屋に招かれていた。

 なんでも、1階は店舗で2階は寮になっているらしい。自宅から通っている人ももちろんいるが、孤児など身寄りのない人は寮を使えるんだとか。

 雇用がどうこう言ってたのはそのせいか。レベッカさんは行政がするレベルのことを個人の範囲でやっているってことだ。


 たしかに、「がめつい」とも言われるだろうし、「遣り手」とも言われるだろう、多分そこまで言われるようにならないと、回らないんだ。


「ごめんなさいね、椅子がひとつしかないのよ。店主といっても特に他の子たちと調度品を変えてないから。サーシャは私と一緒にこっちのベッドに座ってくれる?」


 俺とサーシャは言われるがままにそれぞれ椅子とベッドに腰掛けた。


「まず、人の話を聞く前に私の話をするわね。私、これでも実はプリーストなのよ。下位聖魔法止まりだけどね」

「えっ!? 初めて聞きました!」


 サーシャは素直に驚いているが、俺は耐衝撃姿勢を取り始める。

 何が来るんだ、今度は。


「私は料理の親子神・ドーイのプリースト。料理には人を幸せにする力があるという教義に則って、人を笑顔にして、笑顔の人を増やすための料理を作り続けてるの」


 親子でドーイ……というと、あの先生かな。うちの母が時々「最近ほんとお父さんの方の先生にそっくりになってきたわー」と言ってたのを覚えてる。


 ……うん今回は吹き出すほどの衝撃はなかった。よし。


「蜜蜂亭もね、手に職がない孤児を引き取ったりして料理の修業をさせて送り出す役割があるの。身元が多少不確かでも、腕が確かだったら勤め先には困らないでしょう? 大工ギルドとかでも徒弟制度でそういうことはしてるけども、大工には不向きだけど料理には向いてるって子は確実にいるの」

「そうだったんですか。なんとなくわかります。……私は料理には不向きで」

「あら、サーシャは気にすることないと思うわ。パンはパン職人に頼めっていうじゃない。この都市の中でも――いえ、国の中でもドラゴンをひとりで倒せるのなんてあなただけよ。それに、お料理ならジョーが作ってくれそうよね、ふふ」

「ああ、はい。確かにそうです。……俺は」


 サーシャ以外には口が裂けても言えないな、と思ったことを、これから3人目に話す。

 口が裂けすぎじゃないだろうか、俺。

 でも、レベッカさんはさすがというか、自分のことを先に話すことで俺の逃げ道を塞いでしまった。ここで俺だけ素性を隠すことはできない。


「これは、サーシャとアーノルドさんしか知らないことです。神殿にも報告していません。俺はこの世界ではない別の世界で生まれて育ちました。ここよりも文明が格段に発達してて、火がなくても料理が作れたり、勝手に洗濯が終わったりするような便利な世界です」


 それから俺は、父の影響で幼い頃から野外での過ごし方や燻製の作り方を習得したことや、高等教育を受けたこと、テトゥーコ様にこちらの世界に転移させてもらうときに空間魔法を会得したことなどを話した。

 ギルド登録のときに記憶喪失とごまかしたのは、出身地が書けないことで怪しまれそうになったからだ、ということも。


 俺の話を聞くにつれ、レベッカさんはどんどん表情を暗くしていった。

 俺が話し終わると、肺の空気が空になるのでは? というくらいのため息をつく。


「本当は死んでないのに、辻褄合わせのために死んだことにされた、かぁ……。なんてことかしら。それって、前の世界の神様のミスなのよね?」

「……そういえばそうですね。目の前にいきなりテトゥーコ様がいたので、ついついそっちの関係かと思ってましたけど」

「まあ、厳密にはどっちでもいいわ。どうせ私たちに知る術はないし。ともかく、事情はわかったわ。うちの子たちと同じく、ジョーも身寄りがないってことね。でも知識と技術があるからなんとなかってるし、サーシャと出会ったのも幸運ね。ひとりでドラゴンを倒せても運べないサーシャが、空間魔法使いと出会ったなんてそれこそ女神の御加護よ。それにこの子、凄くいい子だから」

「れ、レベッカさん?」


 突然レベッカさんにハグされて頭を撫でられ、サーシャが目を白黒としている。


「うふふ、ギルドの前にお店があるとね、いろんな話が聞こえてくるのよ。いろんな、ね。

 ともかく、ジョーが大変な目に遭ったのはよくわかったわ。何かあったら口裏を合わせてあげるから、私の名前を使っていいわよ。その代わり、こっちでも作れそうなレシピがあったらこれからも教えてちょうだいね」

「ありがとうございます!」


 思わぬ方向から協力者を得て、俺はただレベッカさんに頭を下げることしかできなかった。

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